23. 職安もいける
ネヘミヤとの間でも仕事の話が話題となる。
「髪結いって、ここで需要ある?」
「あるけど、見習いの子が世話してくれるから仕事にはならないかな。お金とるならよっぽど特別な技能でもないと。どうしたの」
「うん…。この仕事って、ネヘミヤだから成立してるんだなって実感しちゃって。ご新規開拓するなら何か専門の知識とか技能とか必要だと思ったの」
「レーニア?」
話してないのにもう伝わっている。仕事を受けたことは隠すことでもないので、雪江は頷いた。ネヘミヤはテーブルに片頬杖をつき、面白くないような顔をした。
「レーニアねぇ……ユキエちゃんさ、気をつけなよ。男娼簡単に信用したり判断委ねたり、…私は嬉しかったけど、本来しちゃいけないことだよ。娼館で商売してくつもりなら、もうちょっと強かさ身につけなきゃやばいよ」
「ありがとう。そういうのはネヘミヤから学べばいいのかな」
本来ならばそんな忠告をする必要のない関係である筈なのに、ネヘミヤは教えてくれる。ワイアットは骨抜きにする常套手段だとは言うけれど、ネヘミヤは違うと思うのだ。ほっこりとして、雪江の目元が緩む。
「そういうとこ!」
ネヘミヤが整った顔で惜し気もなく顰めっ面をするものだから、雪江はついつい笑った。
回を重ねるごとにネヘミヤもいろんな表情を見せるようになっている。雪江はレーニアの仕事を受けたことで、もう一つ確信したことがある。ネヘミヤは仕事を簡単にしてくれている。友達のように気楽にできるのはひとえに彼の人柄と話術のなせる技なのだ。求めるものを引き出す為とはいえ、土台が無ければこうも続きはしないだろう。
「ネヘミヤは気も遣っていてくれていたのね」
「なに、急に」
「だってネヘミヤは私に閨事を聞き出そうとしないでしょう。売り上げに直結するのに」
「そんなん当たり前だよ。男心がわかんない女に聞いても無駄だろ」
「そっち!?」
ネヘミヤはけらけらと笑った。
「まぁそれは冗談として。性技の方は男が喜ぶことは知ってるしね。実地で学ぶもんだし、素人に訊くことなんてないよ。それよりも女演じる方が大変だしさ。私が求めてるのはそっちって言ったでしょ?」
半目ながらも雪江は頷き、兼ねてから疑問に思っていたことを聞いてみた。
「こういうとこって、夢も売ってるわけでしょう。より本物に近づくと夢は見られないのではないの? 本物の女って、男にとって凄く面倒なこともあるって聞いたことあるよ?」
「あー…、ねー…?」
ネヘミヤは護衛達を見て同意を求めるような空気を醸したが、彼らはなんの反応も示さない。
「勿論、適度に理想を混ぜるし、理想だけの完全な夢を見たい客にはそうするよ? でも客の中には妻帯者もいてさ。彼らは本物を知ってる。そういう客も夢を見に来るけど、あまりにも本物とかけ離れてたら興醒めなわけ。中には本当に本物っぽく化けてるのか見極めてやろうっていう意地悪な奴もいるしね。そういう客に売りを否定されちゃったら評判ガタ落ちなんだよ。この程度なら檳榔館じゃなくてもいいよね、ってなるだろ」
「………深い」
雪江は思わず唸った。雪江の想像が及びもつかない多様性の世界だ。彼は夢を売りながら戦っている。
「そう、深くて難しいんだよー。解ってくれた?」
「うん。頭が下がります。ネヘミヤは格好良いね」
雪江の採用を含め、ネヘミヤは需要に応える為にあらゆる努力をしているのだ。雪江が溜息混じりに尊敬の念を吐き出すと、ネヘミヤは目を見開いて数瞬止まり、口をひき結んで照れ臭そうに顔を逸らした。ほんのり嬉しそうなのが、美人なのに可愛らしい。雪江は心温まったところで気合を入れ直す。
「私も頑張ろう…」
自分に価値があろうがなかろうが、生きていくのなら頑張るしかないのだ。今までそうしてきたように。何があったところで、生き方を変えられるような柔軟性は雪江にはない。
新規開拓の為の技能は何が良いか、初等教育を受けていない者も多いから本当に教師をやってみてはどうか、などと、この日はすっかり雪江の仕事の相談になっていた。
日給をバスケットに仕舞い、部屋を出たところで雪江は呼び止められた。
「こないだ言ったこと、本気にしていいよ」
「この間?」
「旦那と駄目になったら、いつでも私のとこにおいで。ユキエちゃん一人ぐらい、余裕で養えるくらい稼いでるよ、私」
「あはは、ありがとう、覚えとく」
茶目っ気たっぷりに片目を瞑って見せるネヘミヤは、気遣いの人だと雪江は思う。重くなりがちの内容を軽めに料理してくれるから、雪江も笑って受け止められるのだ。




