21. ポンコツ曹長、ドン引き曹長
「なぁ、ワット。お前休暇の意味知ってる? 結構な頻度で此処来てるけどなんなの?」
ワイアットは観劇デート以来、午前中の数時間を国営農場で過ごしていた。私服のまま騎馬で農場を見回り、昼食前に帰ってゆく。仕事の邪魔にはなっていないが、隊員一同気味が悪いと思っていた。
ワイアットが厩舎に馬を休めに来たところで、一同を代表して同階級で小隊長同士、気安い仲のカーステンが問い質しに来た。
「見回りだ」
「奥さんと上手くいってないなら俺に紹介しろ」
カーステンはワイアットの答えを無視してずばり核心をついた。素直な要求にワイアットも素直に嫌な顔をした。
「与えられた課題を考えているだけだ」
「ほう。どんな課題だ。教えろよ、一緒に考えてやるから。贈り物の内容か?」
「お前に解ることなら俺も悩んだりしない」
単純な好奇心しかないのがわかるから、ワイアットは組まれた肩を直ぐ様邪険に払った。
第一、カーステンも恋人がいたことはない。男の恋人を作ってもさして噂にはならないが、相手が女となればその日のうちに中隊中に知れ渡る。だからたとえ彼が中隊一の優男と言われるような外見でも、女受けする甘いマスクだと言われていても、そんな噂一つなければ経験値は新兵と思って良い。カーステンに相談するくらいなら中隊長に相談する。
ワイアットはブルルと鼻を鳴らした馬を引いて洗い場に繋ぎ、鞍を外しにかかる。馬を撫でる時の方がカーステンを見る目より格段に優しい。
「そんなことないだろ、俺ほど恋愛劇観てきた男はこの隊にはいないぞ。一番頼りになるぞ」
「あれは所詮は創作だろう」
「ばっかお前、ホールデン夫人が監修してる脚本は真に迫ってるって評判なんだぞ」
「誰にだ」
「俺に」
ワイアットは胡乱な眼差しを投げた。
「いや待てって、女性にも評判だって! 確か中隊長の奥さんもホールデン夫人のやつは評価してた筈だ。この辺で専用の劇場持ってんのあそこの劇団だけだぞ、女性客の動員数も一番だしな。俺はそういう舞台を観に行ってるんだ」
カーステンは得意げな顔をしている。
雪江と行った演劇のチケットはセオドアに譲って貰ったものだ。おそらくルクレティアと行く予定のものだったのだろう。女性の監修というのはホールデン夫人だったのかもしれない。ワイアットは内容は覚えていないが、観劇の後、雪江が違和感が無かったと言っていたのを思い出す。
ワイアットはじっとカーステンを見た。
「カーステン」
「なんだ」
「愛とはなんだ」
「………うん?」
「拘りと愛は違うのか」
「………哲学か?」
「結婚で愛は証明できないのか」
「………………お前、思った以上にポンコツだな」
唖然としたカーステンにワイアットは舌打ちした。その白茶けた柔らかな髪を毟ってやろうかと思うが馬が待っている。ワイアットはホースを手に取り馬体に向き直った。
「違う違う、なんで俺が役立たずみたいな空気になってんの。これお前がやべぇって話だぞ」
尻尾を洗うべく移動するワイアットの後を、木製の柵越しにカーステンが追う。
「いいか、愛のない結婚なんて世の中一杯あるんだぞ。二年前の初公演以来人気が衰えず、今尚公演中の『ハンナの結婚』が解りやすい。幼い頃に決められた許嫁との愛のない関係に悩んでいたハンナが、大商人の息子に見初められるんだが───」
カーステンは延々と劇の内容を語りだした。その間にワイアットは黙々と馬体を水洗いし、水切りをして拭き終えていた。
「つまりハンナは三度の結婚で愛されず死ぬという話か」
「情緒のねぇまとめ方すんな!」
「何故そんな話が人気なんだ」
「お前つべこべ言わず観に行けよ、観れば解る。ハンナが可哀想でさぁ、俺なら絶対あんな風に嘆かせない! 泣かせない! ってなるから! ハンナ役がこれまた儚げでぐっとくるんだ」
「………」
「あれを観た野郎どもは思うんだよ。どこかで愛のない結婚に傷つき苦しむハンナがいたら、必ず手を差し伸べようと」
ワイアットは略奪婚絡みの事件が急に増えたのは二年前だったことを思い出した。良好な関係を築いている夫婦にはさぞ迷惑な演目に違いない。
拳を握り、空の向こうでも見るような眼差しで力説しているカーステンを残し、ワイアットは馬を引いて馬房へ向かう。
「だからな、ワット!」
馬を馬房に入れ扉に鍵をかけた瞬間、ワイアットはカーステンにがっしりと肩を組まれた。忘れられていなかったようだ。
「お前の奥さんがハンナになる前に俺に紹介しいててててていってぇって!!」
ワイアットはならずものを捕縛する時のように容赦無くカーステンの手を捻り上げた。




