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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
第一章
20/114

20. 誤作動級美少女


 翌日雪江が招かれたレーニアの部屋は、ネヘミヤの部屋と同じ広さだった。寝具やカーテンは薄桃色を基調とし、フリルをたっぷり使って愛らしく纏められている。ベッドやチェストの上にはぬいぐるみが所狭しと飾られていた。

 レーニアが粛々とテーブルに案内するので妙な緊張があったが、壁際の椅子の上に子供ほどある大きな熊のぬいぐるみが鎮座していて和んだ。


「可愛いものがいっぱいありますね」

「お客様がくれるの」

「お客様を大事にしているんですね」


 装身具なら身につけて客に大事にしていることを示す為に売り払ったりはできないだろうが、ぬいぐるみはそういうものではないだろう。そう思っての雪江の発言だったが、レーニアは文脈が掴めなかったように小首を傾いだ。


「ぬいぐるみを大事にしているようですから」


 雪江が補足すると、レーニアは、ああ、と思い至ったようにベッドの上のぬいぐるみに温度のない目を向けた。


「抱いていくと喜ぶのよ」

「………」


 装身具と同じ用途があったようだ。もう触れまい。雪江は気を取り直して持参した茶器で紅茶を入れ、お茶請けを用意する。


「それで、本物はどういう手練手管で男を籠絡するの」


 穢れなき乙女風のレーニアの愛らしい口から出たとは思えないあけすけな表現に、雪江の脳が誤作動を起こしそうになって目を瞑った。これは乙女ではない、これは男、これはプロ、と呪文のように念じる。


「そうですね。先ずは男性に気持ちよく語ってもらえるよう、聞き手に回ると好感触を得られることが多いようです」

「ふぅん。そこは同じなのね。それで?」

「ボディタッチも有効なようですが、露骨だと尻の軽い女だと見なされて敬遠されることもあるので、さりげなく、程々が好まれていたように思います」

「そうかしら。べたべたすると皆喜ぶわ?」

「あ。そうですよね、そういうことを目的に来店されるわけですから」


 前提を間違えた。だが前提を変えると、雪江の頭ではそう特別なことも思い浮かばない。こんなことなら風俗嬢を経験しておけば良かったかと本末転倒なことを考えかけて、レーニアが少し胡乱な目を向けていることに気付く。ないものは絞り出せないのだから、正直に話すしかない。


「私は意識して籠絡したことがないので知人の話になりますが、庇護欲をくすぐるんだそうです。普段はできることを男性の前では失敗してみせたり、物を知らないふりをして隙を作るんだとか。同性には嫌われますが、騙される男性は結構いるみたいですよ」

「じゃあ私の方向性は間違っていないのね」


 まるで答え合わせのようで、雪江には彼に教えられることはないような気がしてくる。


「本物はベッドの上ではどんなことを求められるの?」


 他に何かないものかと頭を悩ませていた雪江は固まった。

 レーニアは閨での振る舞いや性技を聞きたがった。ネヘミヤからは一度も聞かれなかった事柄にたじろいだが、レーニアの職業柄、訊かれておかしいことではない。具体的な単語が可愛らしいレーニアの口から出て来ては雪江は赤面する。自身の経験は少なく殆どが耳学問の雪江では、個別の案件にまで応対できなかった。


「その手のことに関しては此方の皆さんの方が詳しいと思います」


 とうとう雪江は白旗を上げた。


「………貴女、ネヘミヤに一体何を教えているの」


 不可解なものを見るレーニアの視線が雪江に突き刺さる。


「私はその道のプロではないので、それをお望みでしたら私ではお役に立てないかと」

「本物に近づく為のお手伝いって言ったわよね」

「はい。閨事を含まないことを言っておくべきでした。すみません」


 これは雪江の落ち度だ。事前の要望の擦り合わせが足りていなかった。一番期待していただろうことに応えられなかったのだから、首になっても文句は言えない。

 頭を下げた雪江を眺めながら、レーニアは紅茶に口をつけた。ゆっくりと二口含む時間をとって、ティーカップがソーサーに置かれる。


「いいわ。次は女しか体験できない話でも聞こうかしら。来週もまた来て」


 首にならなかった。雪江が驚いた顔で頭を上げると、にっこりと可憐な乙女が微笑んでいた。






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