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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
第一章
19/114

19. 棚ぼた三大美姫


「元気ないね」


 雪江が紅茶とお茶請けを用意して席につくなり、ネヘミヤが言った。今日のネヘミヤは化粧はまだだが髪は綺麗に梳かれていて、どの角度から見ても麗しい。


「そんなに判りやすい?」

「あんまり。私の観察眼が鋭いんだよ……なにそれどういう気持ちの顔」

「…仕事中なのに情けないな、って思ってる顔」


 両手で頬の筋肉を持ち上げようと揉んでる顔だ。


「良い心がけだけど私の前でそういうプロ意識いらない。全部見せて」

「………成る程丸裸とはこういうこと…」

「そんなこと言ったっけ?まぁでもそうだね、何をどんな風に感じ取っているのか、ありのままのユキエちゃんを見せてくれていいんだよ」


 ネヘミヤは菩薩のような慈悲深い微笑みを浮かべて両腕を開き、受け止める体勢をとった。ちょっと濃いめの菩薩の顔だが、美人だから雪江は見惚れてしまう。勿論飛び込んだりはしない。


「私も大人だからありのままはちょっと難しいです」


 雪江が神妙な顔を作ると、ネヘミヤはあはは、と軽く笑った。


「で? 旦那と何があったの」

「なんで特定してるの」

「そっちじゃどうか知らないけど、ユマラテアドの女の世界は狭いからね。ユキエちゃんだって今、ここと家往復してるだけなんだから、私でなきゃ原因は一つしかないでしょ」


 言い当てられてしまっては誤魔化すのも難しい。雪江は紅茶を一口含んでゆっくりと息を吐き出す。


「何があったってわけじゃないの。薄々感じてたことが確信になって、勝手にがっかりしてるだけ」

「何を確信したの」

「うーん…決着がついてから話そうかな。役に立ちそうな話じゃないし」

「そんなの話してみないとわかんないだろ。何を拾ってどう料理するか決めるのは私なんだからさ」


 雪江は線引きが難しいな、と思った。まだじくじくと痛みを訴えているような繊細な部分は仕舞っておきたいのだ。だがネヘミヤはきっと、それをも欲している。これが下卑た好奇心なら切り捨てられるが仕事だから悩ましい。


「そうだ、この間演劇観てきたの。凄く面白かった」

「露骨に話逸らしたね! まあいいや。何観てきたの、感想聞かせて」


 まだ三度しか会っていないのにすっかり友達とお茶会をしている感覚になっていた。それでいて部屋を出る時にはしっかり日給を貰えるのだが、雪江はあまり労働した気分にはならない。時折女性目線を意識して話すのが唯一仕事を感じられる部分だ。

 始めたばかりだから手応えを求めるのはまだ早いが、契約期間が決まっていない仕事である。いつ首を切られてもおかしくない上に、ワイアットと護衛の存在がないと安全確保もままならない、とても不安定な収入源だ。それ故に選択肢だなどと、大見得を切った自覚はある。きっと自分以上にワイアットは解っているのだと思うと、恥ずかしい限りだ。まずはネヘミヤという稼ぎ頭の信頼を得て、実績を作り、徐々に顧客を増やしていくしかない。

 この日は美容の件で魔法医を呼んでるとのことで、一時間早めに上がることになった。




「ねぇ貴女、名前はなんていうの?」


 雪江が一階に降りると、透明感のある声が上から降ってきた。

 見上げると、階段の踊り場に銀髪の美少女が立っている。翡翠色の大きな垂れ目に長い睫毛が物憂げに影を作り、小さく上品な唇は綺麗な薄桃色に色付いている。頬がふっくらとしていてどことなく幼い印象を活かして敢えてなのか、胸の膨らみは控えめだ。幾重にも重なったフリルが下半身の体型を隠し、緩く巻かれてボリュームのある長い銀髪が彼の小柄さをより強調していた。その可憐さに見惚れるように雪江は目を細める。


「雪江です」

「私はレーニアよ」


 どこかで聞いた名だと思ったら、ネヘミヤが教えてくれた檳榔館の三大美姫のうちの一人だ。


「こんにちは、初めまして。煩くしてしまってごめんなさい」


 化粧以外の身支度は整っているから寝起きではないのだろうが、護衛を連れた複数の足音は彼の居室まで届いていたのかもしれない。レーニアは謝罪に反応することもなく雪江を上から下までじろじろと眺めている。


「普通ね」

「親しみやすいでしょう」


 娼館内の評価はもう解っているので、雪江は微笑み返した。レーニアは虚を衝かれたように長い睫毛で瞬く。


「…そうね。そうとも言うわね」


 呟くようにして頷いたレーニアは、また考え込むように沈黙した。特に用は無かったのかと雪江が別れの挨拶をしようとした時、レーニアが階段を下り始めた。


「ネヘミヤのとこ、週三なんでしょ? 空いてる日、週一でいいから私のところに来てくれない?」


 普通の見た目でがっかりするのか、皆ひと目見にきて興味を失っていたものだが、彼は違うらしい。収入を増やしたい雪江には願ってもないことだ。


「是非。詳細を詰めたいので応接室へお願いできますか?」


 嬉しさが過度に溢れ出てしまわないように営業スマイルを貼り付けて、ワイアットの待つ部屋に誘導する。自分の目だけでなく、信用できる人間に品定めをしてもらうくらいの慎重さは身につきつつあった。






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