13. 決壊
訪ねた家は大きかった。二階の窓が横に三つ並んでいる。おそらく裏にも同じだけの窓があるだろう。部屋数が多いことが窺えた。
「ふ、普通のご家庭ですか。これ」
「子供が四人いるからな」
ぽかんとした雪江に答えるワイアットは常態だ。門の中に立っていた護衛が取り次ぎ、程なく家主が出てきた。
「やぁ、いらっしゃい」
雪江にも聞き覚えのある声だった。本部では視界が殆どなかったから顔は初めて見るが、騒がしい中紳士的に対応してくれた年嵩の男だ。
榛色の髪を綺麗に撫でつけて、髪と同じ色の目に眼鏡をかけている。しっかりした顔の骨格の割りに目元が優しくて親しみやすい。ワイアットと並んでも遜色ない偉丈夫なのに、シャツとベストをきっちり着こなす姿は文人と言われても違和感のない、柔らかい空気を持っている。
「待ってたよ。僕はセオドア・ティーグ。気軽にセオドアと呼んで」
「雪江です。トコ・プルウィットを教えてくださって、ありがとうございました。良いお店ですね、マダムも凄く親切でとても気に入りました」
「役に立ったなら何よりだよ。さぁ入って。ルーシーが君に会うのを楽しみにしてたんだ」
門を潜ると、雪江一行は家の外周をぐるりと回って庭に通された。
「ルーシー、来たよ!」
セオドアの声に、白いテーブルセットで茶器を用意していた婦人が顔を上げる。
「貴女がユキエね! ルクレティアよ、ルーシーでいいわ。今日は天気がいいからお庭にしたの。座って座って!」
ルクレティアは振り返るなり、大きな笑みで雪江を手招いた。
狐色の大きな吊り目に高い鼻梁、高い頬骨に大きな口。鮮やかな茜色の髪を顎のラインで切り揃えた、快活な印象を与える雰囲気美人だ。雪江と比べると肩幅があり、背も高くて豊満だ。雪江もそれなりに胸もお尻もあるが、並ぶと華奢に見えてしまう。
民族は明らかに違うのに、同じ世界の人間だと思うと雪江は胸がいっぱいになる。
「ルーシー、さ…」
雪江はルクレティアしか見えていなくて、セオドアが「君はこっちだよ」とワイアットを連れて家の中に消えたことには気付かなかった。
「ルーシーさん、これ、子供達に人気だっていう焼き菓子屋さんのマフィンなんですけど、良かったら」
「ありが…ユキエ!?」
雪江は胸がいっぱいになり過ぎて、包みを渡しながら涙が溢れてきた。
「ごめんなさい、こんなつもりじゃ…私、自分がこんなにストレスに弱いと思わなかっ…だって、テラテ…ルーシーさ…」
「いいわ、沢山泣いて。この際だから全部出し切っちゃいましょ」
ルクレティアは包みをテーブルに置いた。要領を得なくなりつつある雪江を抱き締めて、宥めるように背中を撫でる。その撫でる手の優しさに、包み込む人の温もりに安堵して、雪江は子供のように泣いた。