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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
番外編
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護衛の恋(6)落としどころ


 晩餐の席では馴れ初めが話題の中心になる。旧知の仲だったことや、アラベラの事情を知っても変わらぬ態度を好ましく思ったこと、子を成せぬ者同士の心情の近さなど、虚実交えエアロンでなければならないことをさりげなく強調する話をアラベラが仕立て上げる。


「然し護衛を続けるのでは心許ないな。一年の半分も共に暮らせないではないか」

「あたしが求めているのは庇護じゃないんです。侯爵様もご存知でしょう。途中で仕事を投げ出すような男だったらあたしは惚れてません」

「やれやれ、実に羨ましい男だな。カーニー君、真に護るべき相手がここに居るのに、少々不実ではないかね」


 痛いところを突いてくる。侯爵は心配の素振りで探りを入れているのだ。


「彼女は俺にとって護衛という職がどういうものかを理解してくれているんです。だからこそ俺も彼女に応えたいと思いました」


 聞こえの良い言葉を並べながら、あり得ないなと、エアロンの心は冷えている。

 多くの自宮者が護衛であり続けているのは、なにも植え付けられた使命感をそのまま誇りに思っているという素直な理由だけでは無い。男の象徴と尊厳を失った自分達が、何も欠けた所のない完全な男を公然とねじ伏せることができるからだ。その時ばかりは彼らよりも優れた雄であると錯覚できて、鬱屈としたものが晴れた気になる。女性に信用されているのは完全な男のお前達ではなく、自宮者である自分達なのだと昏い優越感がある。捻れたそれらの認識が理解されることはないだろう。何よりエアロン自身が理解を求めてはいない。歪んでいる自覚があるが故に、それを覗かれることに恐れもある。だからどのみちこの嘘が事実になることはないのだ。だが護衛の生など想像したこともないだろう相手には見抜かれない確信もあった。


「将来的なことは考えております。彼女の体力が衰える頃には俺も職を辞す歳になっているでしょう。その時には彼女を護ることに専念するつもりでいます」


 喩え嘘であろうとも、今この時求められているのはアラベラの夫だ。妻に手出しする男に対して好意的である必要はない。幾ばくかの敵意を冷えた眼差しに乗せて、侯爵の目を真っ直ぐに見る。侯爵は目を細めてそれを受け止めた。


「ふむ。ではそれまでの間は私が目を光らせているとしようか」


 敵意は本物であったからか、嘘と断じられることはなかった。









「あんの粘着野郎! どうしたら諦めるんだ!」


 宿泊にと宛てがわれた一室で、アラベラは枕を壁に投げつけ拳を握り締めて悔しがった。


「一般的な結婚の形から外れていますから、あれ以上は無理でしょう。程良い形に持っていけたと思いますが」


 領主が目をかけているという事実はこの上ない抑止になるのだから、利用しない手もないのだ。その他大勢の男への牽制は侯爵が、侯爵への牽制はエアロンが担えばアラベラは安全でいられる。最適な状況だ。


「いやだからってさ。あいつはあたしのこと多少は知ってるから、普通の結婚なんかしたらそれこそ偽装を疑われる」


 アラベラは苛々と歩き回る。エアロンはそれを邪魔しないように壁際に下がった。


「だいたい、普通じゃなかったら効果薄くなるってどういう理屈なんだよ。何が駄目だって? 産めないんだからいいだろうよ! 自宮してるから駄目なんてこたぁないだろ、立派なモン付いてたところで駄目な奴ぁ駄目だよ!」


 何か別のものに対しての怒りも一緒くたに連なり出てきたようで、エアロンは瞬いた。彼女が自分達を対等に見ているかのようで、少なからず動揺する。


「…この場合重要なのは、侯爵がどういう価値観で物事を判断しているのかです」

「ああ、ああ、そうだよご尤もだよ! 正しすぎて腹立つね!」


 エアロンが動揺を押し殺して指摘すれば、実に正直な八つ当たりが返ってきて気が抜ける。可愛らしい人だと、つい笑みが呼気となってとなって漏れた。アラベラはそれに気付くと、決まり悪いように息を吐いてベッドに腰を下ろす。


「悪い状況ではないと思いますが…何故そんなに毛嫌いしているんですか」

「利用してやろうとは思うよ。けどさ。あんたも話してて解っただろ、あいつぁあたしの気持ちなんてお構いなしなんだよ。珍しい生き物を手に入れる過程を楽しんでるだけだ。どこを突けば断れなくなるのか知ってて高みから見下ろしてやがる。ああいうのが一番嫌いだよ」


 安住の地を得る為の取引が対等ではなかっただろうことは想像に難くない。取引に乗る素振りでアラベラ一味を誘き出し、闇に葬ったところで侯爵は咎められることもなかっただろう。今尚約束を反故にしないのは領主としての良心か、アラベラへの尽きぬ興味故かはエアロンには判断が難しいところだ。


「そういうことでしたら、侯爵が興味を失わないことには何をしても無駄なのでは」

「だからさ。他人の物になって手に入らないって理解したら興味がなくなるんじゃないかと…思ったんだけどさぁ…!」


 アラベラは両手で顔を覆って嘆いた。


「当てが外れましたね」

「言うな! よしわかった明日侯爵の前でめちゃくちゃいちゃつこう!」

「……自棄にならないでください。その方向でいくなら初めから見せつけておくべきでした」


 エアロンにそんなことができるかはさて置き、不自然極まりない。


「今回はこれで良しとしましょう。明日は朝食前に発つんですから、もう寝てください」


 今宵はもう頭が働かないだろうと、エアロンは話を切り上げ扉に向かった。侯爵のような一筋縄ではいかない人間を相手に、即日劇的な効果を望むものではない。


「どこ行くんだい」

「廊下で不寝番をします」

「一緒に寝ないと疑われるだろ」

「敵地で安心して眠っている方が不自然ですよ。それに侯爵には不実を指摘されてますから、そうではないことを見せる必要があります」


 緊急事態でもないのにアラベラと共寝など、エアロンにできるものではない。尤もらしい理由で言いくるめて、防具を身に付けたまま客室を出た。


 その後侯爵からの理由のない誘いは減った。偶には顔を見たいというだけで誘われることもあるが、露骨な態度は鳴りを潜めたという。視察に来るクルームも目を光らせながらも大人しくしているようで、アラベラは幾分心安くなったようだった。






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