護衛の恋(4)突発護衛会議
就寝前のエアロンの部屋に、護衛の三人が集まった。
「なあどうするんだ? 結婚なんかして良いもんなのか? いや、俺は頼まれてないからどうでもいいんだけどさ」
小さな机の下から引っ張り出した丸椅子に座り、ナレシュが困惑も露わに問いかける。どうでもいいと言いつつも二人の動向を気にするのは、苦手な相手であろうとも女性が助けを求めていれば捨て置けないのだ。
「良い悪いで言えば、アラベラさんの言う通りだから悪くはないんだけどね」
ベッドに腰掛けているコスタスは、答えながらも視線はエアロンに向けている。エアロンは窓辺に立って腕を組み、真っ黒な森を睨むように見ていた。
「他の奴らの迷惑になんねぇ?」
「どうかなぁ、ちょっと特殊だからね。護衛対象に手を出すのとは訳が違うだろう? 何かあっても実態がないんだからどうとでも誤魔化しはきくしさ。まあ大丈夫なんじゃないかな、なあエアロン」
話を振られても、それに合わせてナレシュの視線を感じてもエアロンは無言でいる。コスタスが立ち上がり、エアロンの隣に並んだ。
「お前が嫌なら俺が貸すことになるけど、いいの?」
「…貸すことが前提なのか」
「あれ? 違った? お前は助けになりたいんだと思ってたんだけど。奥様は絶対助けたいと思ってるだろうから、俺は協力するよ」
コスタスの見透かすような言い方にエアロンは少しばかり苛立った。横目で見ると、コスタスは澄まし顔で窓に映るエアロンの顔を見ていた。エアロンは瞬間的に渋面になって視線を正面に逃す。
「人助けとはいえ、軽々しく女性の籍を汚して良いものではないだろう」
「うわー」
間髪入れずコスタスの口から抑揚のない声が出てきた。
「そっち? 当人は微塵も気にしてないのに。大体結婚離婚なんて簡単に繰り返してるでしょ女性は。もしかして言い訳?」
エアロンは図星を指されて黙する。直ぐに答えを出せない言い訳だった。あり得ない話が降って湧いて動揺しているのだ。助けたくないわけがない。だが紙面上だけとはいえ近しくなるのだ。心が乱れもする。なんのことはない、手続きをするだけだ。それだけのことなのに大それたことをしようとしている気分になる。さりとてコスタスにその役目を譲れるかと言われても、それはそれで心穏やかでいられないのだから始末が悪かった。同じ立場の人間だからかもしれない。これが普通の男との普通の結婚であるならば、交わらない世界の出来事として今まで通り何食わぬ顔で祝福の言葉でも述べられただろう。
「お前さ」
目を細めたコスタスが言いさして黙り、天井を見上げた。何事か考え込み、また窓越しのエアロンへ向けて口を開く。
「気が変わった。俺断るよ」
「なん…?」
「よく考えたら奥様に頼まれたわけじゃないからね。頼みたくてもやり方がやり方だから俺達に気を遣うでしょ、あの人は」
雪江は私的なことを強要したりはしないだろう。そこはコスタスと見解が一致するが、それだけとも思えずエアロンは訝しげに隣を見た。
「…何か余計な気」
「ナレシュ、寝るぞ。明日も早い」
コスタスはエアロンの声が聞こえていないかのように踵を返した。
「え、ああ、うん。いや、良いのかよ、エアロンも断ったら終わりだぞ?」
「いいのいいの。エアロンが断ったら終わりだけどね」
コスタスが態々繰り返し、ナレシュを押しながら出て行く。エアロンは呼び止める言葉も見つけられず、額を押さえて呻いた。




