護衛の恋(3)ハイラムは天才なのだ
次にアラベラ家を訪れた時には大小の箱を持ったクルームと遭遇した。侯爵からの贈り物だというそれをアラベラは受け取り拒否したのだが、視察を終えクルームが村を発った後にはアラベラ宅の居間のテーブルの上に乗っていた。村長の家に置いていかれた為に、アラベラに渡さざるを得なかったのだ。クルームが持ち帰らなかった時点で受け取ったことになってしまう。
「あの野郎性懲りも無く」
「わあ凄い…流石お貴族様……」
苛々と居間を歩き回るアラベラの代わりに雪江が箱を開け、感嘆と呆れが一緒になった声をあげた。高価そうな生地の仕立ての良いドレスと、石の大きな装身具一式が出てきたのだ。
「…村じゃ身に着ける機会ないのに…売れってことじゃないですよね」
「それ着てウチに来いってことだよ」
首を傾げている雪江にアラベラが忌々しげに吐き捨てた。ハイラムが箱に蓋をして持ち上げる。
「ハイラム君?」
「売る」
「待ちな。それも受け取ったことになる」
アラベラが溜息混じりに待ったをかけた。
「…返しに行くんですか?」
おずおずと窺うように雪江が問うと、アラベラは頭痛でもするように頭を抱えて蹲み込んだ。
「あああああもうどっかに都合の良い夫でも落ちてないかねぇ!」
「侯爵に対抗できるような身分の人とかですか?」
「それじゃ同じことになるだろ。既婚者に無理強いしない程度の良識は多分あるからさ、あの人。平民で良いんだよ」
平民でいいと言うので、エアロンは村の住人を一人一人思い出し無意識に適性を考えていたのだが、次のアラベラの一言で候補の全てが脱落した。
「あたしの事情を知ってて束縛監視軟禁一切しない男なら誰でも良いんだけど」
「…ハードル高いですね」
雪江も遠回しに無理だと言っている。雪江の故郷程の治安の良さならいざ知らず、事情以外の条件を満たすのは難しい。
「都合の良い夫」
ハイラムが呟いて、エアロン達護衛をじっと見た。ナレシュは不思議そうにハイラムを見返し、コスタスがちらりとエアロンを見て素知らぬ顔で目を逸らす。雪江がハイラムの視線を追ってエアロンに行き着き、そこはかとなくそわそわしだした。エアロンは居心地の悪さを感じてハイラムの目線が届かぬ宙へと視線を逃す。
「……うん?」
アラベラが妙な空気に気付いてハイラムと護衛達を交互に見て考え込んだ。かと思えば一転、ぱっと表情を明るくさせてハイラムを見る。
「ああ! ハイラムあんた天才だよ! その手があるね! ユキエ、ちょっとあんたの護衛貸してくれないかい」
「え、えええええ!?」
雪江が狼狽してのけ反った。ハイラムは表情筋の動きは微々たるものだが、実に嬉しそうだ。
「籍だけで構わないからさ。ほら、あたし子供産めないだろ、だからどんな男と結婚しても咎められることもないんだよ」
「そ、そうなんですか? え、っと…いや、でも、あの」
雪江がちらちらとエアロンを見る。訊くに訊けないのが手にとるように判って、エアロンは目で制した。
「何を血迷っているんですか」
エアロンがアラベラへと向けた言葉が突き放すようになり、雪江がぎょっとしている。
「籍だけだよ? あたしと暮らす必要はない。あんたらはこれまで通りユキエの護衛やってればいいんだから、別に問題はないだろ」
「その状態だと視察の際にばれるんじゃないですかねぇ」
めげないアラベラに、コスタスがのんびりと問題点を指摘した。
「これからも長期演習の度にウチ来るんだろ? あたしが好きで好きで堪んなくて無理言って……ほら、なんてったっけ、ユキエ、あんたが前に言ってたヤツ。同居じゃないけど偶に一緒に暮らすヤツ」
「通い婚ですか?」
「そう、それ! それすることになったってことにすりゃいい」
「いや、え、護衛と結婚って、いや、マジで? 護衛と?」
ナレシュが事態を呑み込めずに目を白黒させている。
「マジもマジ、大マジだよ。ユキエの護衛が本分なんだから束縛監視軟禁一切できないだろ。事情だって知ってる。こんなぴったりなのがこんなに身近にいたとはね! あたしは夫の仕事に理解のある健気な妻ってわけさ!」
「健気…?」
円満解決とばかりに笑顔で両手を広げるアラベラに、ナレシュが疑わしい目を向けた。
「よしあんたは除外する!」
「なっ、べっ、べっつに構わねぇけど!?」
「あんたは一等頼りないからねぇ」
「はあ!? 言うに事欠いて…俺が一番伸びしろあるんだぞ!」
アラベラが意地の悪い笑みでナレシュを弄り出して、本題から逸れていく。
その隙に雪江が気遣うようにエアロンに、助けを求めるようにコスタスに視線を向けるので、エアロンはそれ以上反応してくれるなと片手を上げた。コスタスの苦笑いが意味深で溜息も出る。
「今すぐ決めらんないのは解ってる。けど一週間後までに考えといてくれないかい。流石にもう、躱しきる自信がないんだよ」
一頻りナレシュを揶揄った後、アラベラが箱に添えられていた招待状を摘み上げて真面目な顔で言った。




