護衛の恋(2)忘れ得ぬこと
その後も雪江はワイアットの長期演習の度にアラベラ家を訪れている。エアロンはアラベラの健在を目にし、時折言葉を交わすだけで満足していた。アリンガム侯のことだけは気掛かりだ。アラベラに応える気はないようだが、先方が諦める気配もない。もしもこの先アラベラがその気になることがあれば、雪江との繋がりも絶たれて会えなくなるかもしれない。何度も村を訪れていれば視察が重なることもある。その時にはクルームとの会話が実りのないもので終始することを願っていた。一度目の再会時には自然と諦めることができていたのに、会えることが約束されてしまっていたからなのか、欲深さが滲み出すようで苦い思いでいる。
雪江はといえば、特にアラベラとの仲を取り持とうといったことはない。本当に村で過ごすことを楽しんでいるだけのようで気が楽だ。雪江は選んでいいと言ってくれたが、迷うべくもなかったのだから。体力が続く限り雪江の護衛でいよう、そう決意を新たにしただけだ。
「賊になる奴が多いってことは領地経営が上手くいってない証だろ? 真っ当に稼ぐ良民になりゃ、討伐で減らすよか王様に良い顔できると踏んだのさ。廃村も侯爵にとっていいことじゃなかったからね。利害の一致ってやつ」
ある日の夕食時、雪江がアラベラに、真っ当な村人になる為に領主とどう交渉をしたのか聞き出していた。
「アラベラさんが直接交渉に出向いたんですか?」
「お越しいただいたってのが正しいかな。あたしらちょっと名が知られてたからさ、お縄んなってやる代りに領主との面会要求したんだよね」
「あ、もしかしてそこで?」
「あたしみたいな女、そういないだろうからね。珍しかったんだろ」
侯爵に目を付けられたと頷くアラベラは、少しばかり渋面になっていた。その場ではそれもアラベラの有利に働いたのだという。好意の分聞く耳を持ってくれたのだと。
「やっぱり女って武器になるんですよね…」
「紙一重だからあんたには勧めらんないよ」
「う。やろうとは思いません。身の程は知ってます…会の人にも勧めませんよ。アラベラさんみたいに強くて機転がきかないとできないやつじゃないですか」
雪江は拗ねながらも神妙に頷いた。彼女は生活や仕事に慣れ余裕ができたのか、テラテオス人の人権を守る会の活動にも興味を示し始めていて、何か手助けになることはないかと無理のない範囲で情報を集めているのだ。目下の所、エアロン達は活動に加わると言い出すのではないかと心配している。出過ぎたことだから口にはしないが、興味を逸らす為にも早く懐妊しないかとさえ思ってしまう程だ。雪江が結婚してから二年になるが、その兆しがないのだ。
この頃になると毎度演習地にアリンガム候領を選ぶわけにもいかなくなっていたが、選べた時には必ずワイアットが迎えに来ている。ワイアットが用意した貸し馬に雪江が騎乗するのももう慣れたものだ。
コスタスとナレシュが雪江の周りを固めに行き、エアロンもそれに続こうとしてアラベラに呼び止められた。
「旦那にはちゃんと気持ちがあるのかい」
雪江に対して、ということだろう。エアロンは頷く。
「そうかい。ならいいけど、売られそうになったら迷わずあたしんとこ寄越しな」
数秒遅れて何を言われたのか理解する。アラベラが売られるまでの歳月は三年だった。傍目には牽制だけ見てもどんな思いからかは判らないから、彼女は自分の二の舞を危惧したのだ。エアロンも日々相変わらずの夫婦仲を見てはいても、踏み込んだ話をするわけではない。ワイアットはそんな人間ではないと思ってはいるが、彼の全てを知っているわけでもないのだ。
エアロンは頷き、射るようにように彼女の目を見た。
「二度はありません。貴女に誓って」
アラベラは軽く目を瞠った。
「馬鹿だね。そこはユキエに誓うところだろ」
軽快に笑おうとして出来損なったアラベラの苦笑いに、エアロンは口元だけの笑みを返す。間違ってはいない。彼女に誓うべきことだ。完全なる部外者であるエアロンに、贖罪などできるものではない。だからこれは贖罪ではない。彼女の心に寄り添いたいのだ。そしてそれは雪江の護衛であることと反することではない。
アラベラは眉を寄せて片方の口角を上げるという、奇妙な顔をした。




