休暇計画(5)いいんですよ
演習を終えたスカイラー小隊と共に無事帰宅した雪江は、ワイアットと協議の末、今後も長期演習時は村に滞在することを決めた。
ある日の午後、庭で乾いた洗濯物を洗濯籠に入れている雪江にエアロンが一人で歩み寄って来た。
「奥様。俺のことは気にしないでください」
「なんの話ですか」
雪江はきょとんとする。
「コスタスから聞きました」
エアロンは長期演習時の決定の理由に、自分のことが含まれているのではないかと聞いたことを説明した。
「私だってアラベラさんやハイラム君に会いたいんです。何もエアロンさんの為だけってわけじゃないですよ。皆さんの息抜きにも、多少はなっていたように見えましたし」
「………それなら、いいのですが」
複雑な顔で雪江の言を受け入れるエアロンに、何かしらの懸念が残っているのが判って雪江は眉を下げた。
「私、貴方達にとって何が良いのかは判らないです。休暇のことだって、自分の基準で押し付けがましかったなって、反省してます。余計なお世話になるようなことはしたくないんですけど、でも。心配事があるって知ってるのに妨害するようなこともしたくないんです」
「妨害…? 奥様は特に何も」
「馬に蹴られたくないだけなので、それこそエアロンさんは気にしないでください」
積極的に邪魔をしたことにはならないだろうが、何もしないでいると恋路を断つことになるかもしれないのだ。寝覚めが悪すぎる。雪江は異論は受け付けないとばかりにエアロンの言葉を遮って、洗濯籠を持ち家の中に入る。馬の意味を理解したエアロンが慌てて後を追ってきた。
「ちょっと待ってください奥様。色恋とかではないです」
エアロンが狼狽る様は初めてで、雪江は驚いて振り返った。
「別に咎めたりはしませんよ?」
そんな話の流れには全くなっていないから、彼の必死さは不自然に映った。我に返ったようにエアロンは表情を引き締め直す。
「俺達にそういった事柄は歓迎されません」
エアロンの硬い表情からは恐れのようなものも見受けられて、単純に気持ちを知られるのが恥ずかしい、という次元ではないことが察せられた。俺達とは、護衛のことを指し示しているのだろう。雪江は女性と間違いを起こさないという話を思い出した。信用問題だろうか。ならば職を失うことへの恐れや、世間からの謗りへの警戒なのかもしれない。
実のところ、彼がアラベラに抱く感情がどういう種類のものかは確信ではなかった。だがおそらくこれは雪江の見当は当たっている。
「護衛の中には恋人がいる人もいると聞きました」
「それは相手が男だからです」
「女性だと駄目なんですか?」
雪江は意地の悪い質問をしている自覚はある。だが推測ばかりでは適切な会話ができない。
「女性は子を…」
エアロンは言葉を切ったが、雪江は言いたいことが解った。おそらく此方では女性は子を産まなければならないから、自宮者が相手では障りがあるのだ。アラベラはそれに当てはまらないと思い出したのだろう、エアロンは視線を彷徨わせた後、言い直した。
「女性に手を出す護衛は信用されないんです」
「相手が私でなければワットは気にしないと思います。なので。うちでずっと雇えば問題ないと思います」
困惑したようにエアロンの瞳が揺れた。
「…それが許されるのだとしても、色恋にうつつを抜かして奥様を疎かにするかもしれません」
まるでいけない事だと言って欲しいようだった。ずっとそう思って生きてきたのなら、急に考えを変えることは難しいのかもしれない。雪江には彼が、駄目な理由ばかり探しているように見えた。
「それはないです」
「俺が言い切れないんですよ」
「それでもあり得ません」
途方に暮れたような顔をしたエアロンに、雪江は気が抜けたように笑った。
「だって、あんなにアラベラさんのこと気にしてたのに、警護に支障はなかったじゃないですか」
実証済みなのだ。目はアラベラに向けていた筈なのに、ハイラムが誤って飛ばした木剣を雪江に届く前に叩き落としたりしていた。雪江は草食動物の目でも持っているのかと戦慄したものだ。双方が同時に危機的状況に陥ったとしたらその時のことまでは判らないが、そうならない限り雪江を最優先にするのではないかと思う。
「…不安にさせるようなことをして、申し訳ありませんでした」
エアロンは悔やむように目を伏せた。雪江は首を振る。咎める意図で口にしたのではない。
「凄く優秀なんだなって思っただけですよ。それにエアロンさんは真面目で、融通が利きません」
「…は?」
「つまりですね、どっちも中途半端になるようなら、どっちかを選ぶと思うんです。そういう信用の仕方を、私はしてます。アラベラさんを選んだら、そりゃ、寂しいですけど。でも祝福しますよ。私の護衛の幸せですもん」
一瞬ぽかんとしたエアロンは口を引き結んで、真意を探るような目をした。
「だからね。自分に正直になってもいいんです。お婿に行く気になってもいいんです。玉砕したって、帰ってくればいいだけです。エアロンさんには私がいるんだから、大丈夫じゃないですか」
雪江はアラベラの気持ちも判らないのに無責任な発破をかけたいわけではない。ただ、エアロンの気持ちが雇用に影響しないと示したかった。窮屈すぎる彼らの生き方に気付いてしまったら、近くでそれを見続けるのは辛いのだ。
暫く瞳を揺らしていたエアロンの顔が歪む。
「……俺は奥様の護衛になれて、幸せ者ですね」
エアロンはどうするとも言わなかったが、滲むように微笑んだ。
「そうなら私も嬉しいです」
だから雪江も、ただ微笑み合わせた。




