休暇計画(4)スルー
浅黄色の髪をした細身の男が、体格の良い二人の男を背後に従えるようにしてやってきた。
「女性でしたか」
先頭の男が雪江と護衛達をしげしげと眺める。背中に物差しでも入っているかのように背筋が真っ直ぐ伸びていて、廉価な生地を使った旅装でもどこか品が良い。
「以前誘拐された時にアラベラさんに助けていただいて、それが縁で夫が留守の間身を寄せさせていただいているんです」
「ああ、第二師団のスカイラー曹長の奥様?」
「はい。雪江と申します」
ミケル・クルームと名乗ったその男は侯爵の従者ということだが、その地位がどういうものかが雪江には判らない。どちらにしても丁寧な応対をすれば間違いはないだろうと、お辞儀をする。アラベラが雪江を拐ってきたわけではないことを理解してもらえればいいのだ。クルームも事件のことを知っているのなら話が早い。余計な誤解は生まれまいと安堵の心地だ。
「そんなに怖い目で見ないでください。その節はスカイラー曹長に良い機会を作っていただきましたからね。流石に身内の方への無体は侯爵様が許しませんよ」
雪江の緩んだ空気に反して警戒の濃い護衛達を見て、クルームは愛想笑いをした。
「然し残念ですね。実に友好的な関係に見える」
悪さを推奨しているかのようなクルームの探りの入れ方に、アラベラはうんざりしたように息を吐き出した。
「ええ、ご覧の通りです。口裏をあわせたりはしてません。本当に客人ですよ。なんなら、スカイラーさんが迎えに来る日に立ち会っていただいても結構です。漸く手に入れた平穏な暮らしを、自分で壊すようなことをするわけがないでしょう」
「旦那様のお側に侍ればもっと良い暮らしができるのですがね」
「籠の鳥は性に合わないと、再三申し上げている筈ですが」
「女心は変わりやすいと言いますから、定期的に確認しませんと」
「女だからって皆が皆、庇護を求めていると思ったら大間違いですよ」
「そんなところも旦那様は気に入っておられるのです」
アラベラとクルームの会話が徐々に定型文の応酬の如き滑らかさになっていって、雪江は呆気にとられていた。不快感を隠さずクルームを睨みつけているハイラムに近寄って、そっと耳打ちする。
「もしかしてこのやりとり、いつもしてるの?」
「馬鹿の一つ覚え。しつこい」
ハイラムは頷いた。ひいてはクルームの背後にいる侯爵に対しての言になる。おそらく貴族に対してそんな口を利いてはいけない。ハイラムが相当腹を立てていることは伝わった。クルームは雪江のことには殆ど触れず、念のためと言って家や納屋、厩舎などを調べて帰って行った。
「権力に物を言わせない貴族っているんですね」
クルームはしつこいのかもしれないが、無理強いをするようではなくて、雪江は胸を撫で下ろした。
「そりゃいるさ。だからってお近付きにはなりたくないんだけどねぇ。侯爵はどうか知らないけど、あいつはあたしが行き場を失えば侯爵頼ると思ってる節があってさ。厄介なんだよね」
アラベラは気疲れを逃すように深く息を吐き出した。
それからエアロンの様子が変わった。いつも通り雪江に目が届く範囲から外れたりはしないが、アラベラを目で追う時間が増えたのだ。それで警護に支障が出るわけではないので問題はないのだが、エアロンが胸の内に何かしらを溜め込んでいるのは明らかだった。子供か愛人の件で思うところがあるのだろうと雪江は思う。周囲に人がいては話せないこともあるだろうから、ハイラムにも協力してもらってさりげなくアラベラと二人だけの時間を作るようにしていた。
込み入った話ができたのか、やがてエアロンが警護中にアラベラに意識を向ける時間は減った。代わりに思索している時間が増え、アラベラを視界に入れる時の眼差しに苦さの混じる熱があることに雪江は気付いた。いつからそうだったのかは判らない。注意して見ていないと判らないくらい微なものだったから、隠したい感情でもあるのだろう。
雪江は収穫後に残った茎や葉を熊手で集める手を止め、隣の畑で同じ作業をしているエアロンを見た。
「奥様、大丈夫ですよ。エアロンは奥様の護衛であることを忘れていませんし、アラベラさんに護りは必要ありません」
低い位置から安心させるような声が聞こえて、雪江は視線を下げた。足元では、集められた物を木製のコンテナに詰めていたコスタスが見上げていた。雪江の様子が不安げに見えたようだ。護りに就いては意見が分かれる。強引な手段に出られていないとはいえ、望まぬ相手に目を付けられている状態なのだから。
「いえ、違うんです。もしかしたら、ですけど。エアロンさんはこの村で暮らしたいんじゃないかなって思って」
雪江は言い直したが、似たような意味合いになってしまった。コスタスは軽く眉をあげ、エアロンへと視線を流す。
「うーん……どうですかねぇ。そう思っていたとしても、奥様に置いていかれたら結構な深さで傷付くと思いますよ」
「置いていきたいわけじゃないですよ!?」
雪江は慌て、コスタスは可笑しそうに笑った。
「冗談です。護衛としての矜恃がありますからね、まあ難しいところです」
その言い方に、何となくコスタスも察しているような気がした。
「…置いていきたいわけじゃないんですけど。次もきっと、ここに来るのがいいんでしょうね」
私的なことに不必要に干渉したいわけではない。ただ、護衛達には休暇がないのだから、雪江がここに来なければエアロンもアラベラに会えず、これきりになってしまう。それは良くない気がした。雪江のコスタスを見る目が恨めしげになる。
「貴方達が素直に休暇をとってくれれば、こういうことも考えずに済むんですけど」
「お気遣いは嬉しいです」
コスタスは降参を示すように両手を上げた。ポーズだけなのが丸わかりで、優しげな笑顔に雪江の恨めしさがいや増した。




