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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
番外編
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休暇計画(3)抜き打ち


 雪江は農作業を教えてもらおうと思ったのだが、アラベラの畑は収穫を殆ど終えてしまっていて、撒く、耕す、植える、管理、収穫、後始末、と簡潔に説明されて終わってしまった。


「芽さえ出りゃ、後は大体水やり草むしりと病気対策くらいだからね。庭はあるんだろ? 自分で育ててりゃ、大体解ってくるよ」


 自然が相手だから実践形式がいいのだろうことは解った。

 村での生活は朝は早いがのんびりとしている。農閑期のアラベラ家では搾乳用の山羊や鶏といった家畜の世話が主な仕事となっていて、家事も分担するから尚更だ。ハイラムの他にも偶に加わるアラベラや護衛達と一緒に食事を作るのが、雪江は楽しい。獲ってきた猪や鹿を捌くのは護衛達が手伝う。これだけは雪江はまだ加われていない。血抜きを終えた状態で運ばれてくるのだが、その魂を失った目によって、ラウシム山付近の森で見た光景を連想してしまうのだ。顔色が悪かったらしく、手伝おうとすると護衛達に止められた。彼らは雪江の心まで護ってくれるらしい。


「……凄く、手持ち無沙汰に見えるんですが」


 何れにしても、雪江が護衛達にそう訴える程長閑な暮らしである。


「ええ。随分と楽をさせてもらってます」


 言外に、休暇をとって村の外に遊びに行ってもいいんですよ、と告げたのだが、納屋の前で雪江と一緒にしゃがみ込み、夕食に使う豆の筋をとっているコスタスが柔らかく微笑んで受け流した。


「農村の生活は自然と筋力が鍛えられていいですね」


 斧を仕舞いに来たエアロンは、早々と向こう半年分の薪を用意できる勢いだ。彼も雪江の言いたいことを解っていてしらばくれている。少し離れた場所でハイラムに剣の稽古をつけているナレシュはとても楽しそうだ。


「いいんですけどね。皆さんがそれでいいんなら」


 また傷付くと言われかねないので強くも言えず、雪江は一つ息を吐くことで拗ねそうになる気持ちを逃す。エアロンは何食わぬ顔、コスタスは少し可笑しそうな顔をしている。自然に囲まれているからなのかナレシュは伸び伸びとしていて、コスタスもいつも以上に穏やかな顔に見える。おそらく息抜きにはなっているのだ。エアロンはアラベラと、前回できなかった積もる話も少しずつできているようだった。これで良いのだろう。


「悪いんだけどさ、視察の奴にちょっと挨拶だけしてもらえるかい」


 村長の家に呼ばれていたアラベラが、弱ったような顔で戻って来た。稽古の中断を示すようにハイラムが振り下ろした木剣を片手で握って止め、ナレシュが直ぐ様反応した。


「なんでだよ、部外者には会わせないようにするって約束だろ」


 アラベラの提示した対策に含まれていたことだ。


「だから悪いと思ってるよ。けどこればっかりはね。抜き打ちに当たっちまったからしょうがない」

「承服しかねます」


 エアロンが詳細を促すこともなく断ち切った。


「いつも来る奴だから素性はしっかりしてる。視察って言ったろ。あたし達が悪さしてないか見に来てるんだ。外の奴が居るのに隠し立てしたら疑われちまうよ」

「いやそれ侯爵の関係者でしょう。尚更駄目ですって」


 平民は貴族に目を付けられたら抗う術が殆どない。最大の自衛は関わらないことだ。コスタスも首を振る。雪江もそれは聞かされているから不用意なことをしたくはないのだが、相手が貴族なら、アラベラだって抗える立場ではない。村の存在を許す条件なのだから、尚更突っぱねられるものではないだろう。さりとて護衛達は雪江の安全が第一だから、頷きようがないのも解る。どうしたものかと、アラベラと護衛達の間で雪江の視線が彷徨う。


「奥様が来てるって嗅ぎつけて来たんじゃないか、その抜き打ち」


 ナレシュが不機嫌に顔を顰めている。


「そうだとしても大丈夫だよ。ここの侯爵様は必要分子供こさえてる。部下にも女の扱いは徹底してて、そういう意味じゃまともな人だ。攫いに来たわけじゃない」

「でも侯爵夫人は亡くなってたよな」

「まあね。ただまあ、そっちのことなら対象はあたしだから」

「それはどういう」


 エアロンが弾かれたように眉を持ち上げた。


「愛人にって話があってね」

「妻ではなく?」


 やりとりを見ながら考えを巡らせていた雪江も、驚きで声をあげた。


「あたしは子が産めないからね」


 あっけらかんと告げられて雪江は絶句する。エアロンは微かに眉を寄せ、瞳を揺らした。ナレシュやコスタスはそれで全てを察したようにあっさりと納得している。納得の理由が解らない雪江は視線だけ動かしてそれぞれの顔を見比べたが、内容が内容だけに質問が躊躇われた。明かすことに苦のない様子から、産めないことに関してはアラベラの中でもう決着がついているものと推測できるが、何を訊いても無神経になる気がした。


「子が産めないのに平民を娶る利はないんだよ」


 雪江の様子を目に留めてアラベラが説明してくれる。あまりにも普通のことのように言うので、雪江は価値観の溝の深さを感じた。


「…だからといって承服はできませんよ」


 まだ少し眉が寄ったまま、エアロンが話を戻した。


「だよねぇ」


 アラベラは困ったように吐息して雪江を見る。


「…侯爵ご本人じゃないんですよね? じゃあ、挨拶だけなら」

「奥様」


 三人分の咎める視線が刺さり、雪江は怯んで少し仰け反った。


「だってこれ、私の我儘ですよ。アラベラさんが来てほしいって言ったわけじゃない。協力してくれてるからって、村の存亡に関わることまで強いるのは完全に行き過ぎです」


 雪江の為に安住の地を捨てろというのは、流石に横暴だ。三人共黙った。それでも頷いてはくれない。


「………もう来てる」


 通りを見ていたハイラムがぽつりと言った。畑の向こうの小さな影だったが、農作物は刈り取った後だから遮るものがない。向こうからも此方の人数を把握できる距離だった。






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