1. 始まりは断りもなくやって来る
雪江は頭の中を何か柔らかいもので探られる感触で目が覚めた。昇り始めた太陽の光がカーテンの隙間から差し込んで、部屋がうっすらと明るい。覚醒しきっていない頭でもいつもの起床時間より少し早いことはなんとなく分かる。不快な目覚めだ。
時刻を確認しようと上体を起こした瞬間、ベッドが消失し体の支えを失った。咄嗟に身を固くし目を瞑る。直ぐにお尻を支える物質の感覚が戻ってきた。そっと目を開けると、確かにそこはベッドの上だった。だが見覚えのないヘッドボードと見覚えのないシーツ、そして驚愕に見開かれた一対の濃藍の目と目が合う。見知らぬ男の腹部に馬乗りになっていた。
「ひぇっ」
雪江は驚きで寝起きとは思えない機敏さで飛び退き、その拍子にベッドから転がり落ちる。
「御免なさい、失礼しました…!」
雪江は昨夜、間違いなく自分の部屋で寝た。男性を連れ込んだ覚えもない。混乱のあまり謝罪と共に扉に向けて駆け出した。
取っ手を握ったと同時、後ろから伸びてきた大きな手でその手を掴まれる。
「待て! 外に出たら犯られるぞ!」
「えっ? やられ…? …殺る!? 殺される!?」
「違う、犯される」
「なんで!?」
「夫の居ないテラテオス人は早い者勝ちなんだ」
「!?」
自分の世界を示す名称が聞こえた。雪江はテラテオスの人間だが、テラテオス人同士で日常会話に出てくることはまずない。態々呼び分けるということは────
「まさかここ……ユマラテアド?」
男を見上げる雪江の顔から血の気が引いた。