表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/64

堂々巡り

 ──また一日が終わっていく。

 夕間ゆうまれ独特のうら寂しさは、どの世界においても同じらしい。

 地平に沈む夕陽が、虫の鳴き声と相まってさらに儚さを増している。


(あれは……せみだったかな? 夏にだけ姿を現すという)


 私は宿の広縁から、現世の景色をぼんやりと眺めていた。

 カナカナと鳴く虫の声と、いとまを告げるカラスの声。

 たとえ故郷に四季が存在しなくても、風物詩なるものは自然と心の琴線に触れる。


 もしかすると、幼少期に読んでいた和歌集の影響かもしれない。

 月に一度、一族の者が人の願いを集めに現世へ赴くのだが、その際に現地の物を持ち帰ってくることがあって、和歌集もその一つだった。


 多くの場合は医療道具や生活道具で、ゆえに常世は中途半端な発展を遂げていたりする。

 これは余談なのだが、そういった【仕入れ物】を見る度に何か言いたげな顔をする結奈さんを見るのが、私の密かな楽しみだったりする。


(とても可愛らしい反応をするものだから、ついからかいたくなってしまう。バレたら怒られてしまうかな)


「なあ」


 ぼんやりと物思いにふけていた私は、卒然と降ってきた声に顔を上げた。

 見ると、不機嫌そうな表情をうかべた翔月さんが、こちらをじとりと見下ろしていた。


「お前、神崎とどういう関係なんだよ」


 一瞬、何を言われたのか分からなくて目を瞬かせる。


「神崎……あぁ、結奈さんですか」


 ひとつ遅れて返答すると、翔月さんは更に不機嫌そうに顔を歪めた。


「で、どうなの? 」


 どうなのと言われても困る。

 彼女は過去に囚われていた私を救い出してくれた恩人であり、愛弟子でもある。大切な人だ。

 もし彼女の身に危険が迫ったら、たとえそこが火の中でも水の中でも、私は身を呈して守るだろう。


 けれど、そんな結奈さんとの関係を名付けることは難しい。

 師弟関係にしては近く、家族と呼ぶには遠い関係。

 友人と表現するのも何か違う。


「どういう関係なのでしょうか」


 質問に質問で返してしまったが、翔月さんは大して気にした様子は無かった。

 ただ少しだけ眉を寄せて、それから鋭く目を細める。


「だったら良いよな、俺が神崎をもらっても。明日、神崎に告白するから」


「それは……」


 告白と言われて、「何を? 」などと尋ねるような愚かな真似はしない。

 彼の結奈さんに向ける視線を見れは嫌というほど分かる。


 とくに今日の湖での一件では、それどころか私の存在が邪魔であるということにも気づいてしまった。

 気を利かせてくれた結奈さんには申し訳ないが、やはり着いてくるべきではなかったのだ。


 あまりにも動揺してしまったため、気を落ち着けようとその場を離れたが、小舟に乗って楽しそうに談笑する結奈さんを目にして、更に胸がざわついて混乱した。


 どうして私は、その光景を見て嫌だと感じたのだろうか。

 結奈さんの笑顔はいつだって自分の心を和ませてくれたのに。

 あの笑顔を向けられるたび、私の空っぽの心に温かいものが降り積もっていくような気がしていた。

 それなのに、一体どうして……。

 黙り込んだ私に、翔月さんが何やら確信めいた顔をした。


「やっぱお前……いや、なんでもないわ」


 首を振ってから、翔月さんは和座にゆったりと腰を下ろした。

 拓真さんたちが売店に行っているため、部屋の中には時計の進む音しか聞こえない。


 なんとなく気まずくなって、主室の座卓に置いてあった茶道具でお茶をれ始めた。

 カチコチと無機質に響く音の中に、柔らかく流れるお湯の音が加わる。

 湯冷ましから湯呑み、そして急須へとお湯を移し替え、薬湯を煎じる要領で蒸らしていく。


 じっと耳をすませると、茶葉の膨らむ音が微かに聞こえた。

 湯を吸って、ゆっくりと開き始める葉とともに、甘く芳ばしい香りが漂ってくる。

 頃合いを見て、二人分の湯のみにお茶を注いだ。


(よろ)しければどうぞ」


「おー、サンキュ」


 そんな短い会話だけで、後はお互い黙って湯呑みに口をつけた。

 やはり、どういうわけか気まずい空気が流れる。

 ──と、不意に向かいから驚いたような声が上がった。


「うわっ、めちゃくちゃ旨いな! 」


 視線を戻すと、翔月さんが声同様に驚いた表情を浮かべていた。


「手際も良かったし、もしかして茶道とかやってた人? いや、むしろプロの方!? 」


 ぐっと前のめりになる翔月さんに圧倒されつつ、私は首を横に振った。


「いえ、独学です」


「はー! もっと凄いわ」

 

 手放しに褒められ、素直に嬉しくなった。

 正直な話、薬師を始めてから今までの数年間、ここまで仕事から離れたことはなかったので、腕が落ちていないかと心配だったのだ。


(とはいえ、常世に帰ったところで薬師を続けられるどうかは分からないけれど。レオドール様が送ってくださった手紙から察するに、あちらの状況はかなり悪いようだから。神様との交渉を待たずして帰る可能性も覚悟しておかなければ……)


 そう考えると、この旅行は戦い前の骨休めに思えてきた。

 おそらく、常世に戻れば、私は五芒星の門を閉じるために古今東西を巡らなければいけないだろう。

 それが唯一の世界の崩壊を止める手段なのだ。


(これを交渉材料にして、なんとか呪いの発動を止めてもらえたら良いけれど)


 目線を下げると、湯呑みの中でゆらりと若草色の水面が揺れていた。

 それがまるで、自分の真意と違うと主張しているように見えて、心にドロリとしたものが湧き上がる。


(嘘つき。本当は生きたいなんて思っていないくせに)


 小さく響く心の声に、否定しようとして出来なかった。

 たしかに、自分はあの事件以来、生きたいと思ったことがなかった。

 神崎さんご夫婦の娘を無事に現世へ送り返したら、死んでしまおうと思っていた。


 それがいつの間にか、生き残る道を探すようになってしまった。

 どうして今更生きたいと思いはじめたのか、そしていつ頃からそう思いはじめたのか、私はとっくに分かっている。


(そう思わせてくださったことに、とても感謝をしている。けれど、何故だろうか。そこから先の感情を知ることが怖い。知ってしまったら後戻りができないような気がする)


 そうしてまた、弱腰な自分に嫌気がさした。


『だったら良いよな、俺が神崎をもらっても』


 翔月さんの言葉が、脳内で反芻(はんすう)される。

 その理由さえも考えてはいけない気がして、私は心の中のモヤモヤと一緒に頭の隅へと追いやった。

少し前進したかしら?

個人的には煎茶を淹れる場面が好きですね。(聞いてない)

葉月さん視点だとカタカナをなるべく入れたくないので、そういう難しさが楽しかったりします(◦ˉ ˘ ˉ◦)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ