一緒に乗るのは?
「あのさ、昼飯を食べる前に行きたいところがあるんだけど」
雑貨屋さんを出て、どこでお昼ご飯を食べるか話し始めた頃に、翔月が言った。
緊張した面持ちの彼に、なぜだか心臓が小さく跳ねる。
彼の様子に気圧されて、私たちは一も二もなく頷いた。
飲食店の立ち並ぶ通りから離れてラベンダー畑を横切る。
ちょうどお昼時なので、人通りはまばらだ。
そこから少し行くと、小さな森が見えてきた。
木製の指標が一本立っていて、公園やら釣り堀のある方角を教えてくれている。
穴場なのか時間帯のせいなのか、やはりこの辺りも人気がなかった。
森の麓から離れるにつれて、ラベンダーの香りが薄らいで、周囲の温度がいくらか下がったように感じた。
木々から湧き出るマイナスイオンのせいか、それとも目的地である湖畔のせいか。
季節を忘れそうなほどひんやりとしたそこを、私たちは歩いていく。
「もうそろそろ着くぞ」
スマホに表示されたマップをぐるぐると回しながら、翔月が言う。
その仕草を見て、私は思わず笑みをこぼした。
(こうやって地図を見る人って、大抵が方向音痴なんだよねぇ。……私を含め)
自分の進行方向を瞬時に把握出来ないのだから仕方ない。
むしろ地図が読めるだけ及第点だと思うのは、私だけだろうか。
そんなことを考えながら歩くこと数十分。
私たちは目の前に広がる光景に、感嘆の息をはいた。
エメラルドグリーンの湖の美しさもさる事ながら、純白のハスの花が水面に浮かぶ様は、さながら一幅の絵のようだ。
そう、これはまるで──
「モネの『睡蓮』みたい」
「モネの『睡蓮』だな」
何気なく呟いた言葉が翔月の声とピッタリ重なって、私はその方向に顔を向けた。
翔月自身もほとんど無意識に言ったようで、驚いた表情を浮かべている。
「ちゅ、中学のときに美術の授業で習ったもんね! 」
何となく気まずくなった私は、慌てて言い募った。
誰かとハモることなんて良くあることだが、ときにそれは意味を成すこともある。
「えっと……そろそろ戻る? 」
空気を読んだ明日香が、言いにくそうに口を開いた。
「お腹も空いたし」
付け加えるように麗も言う。
二人の気遣いにありがたく思いつつ、私も便乗しようとしたとき。
「いや、せっかく来たんだし、あそこのボート乗ろうぜ」
泰智が一点を指さしながら言った。
見ると、昔ながらの手漕ぎボートが数艇、ぷかぷかと係留していた。
セリやバイケイソウなどの小花が周りに咲き誇り、異国の地にやってきたような錯覚に陥った。
「……でも二人乗りじゃない。奇数だから、一人余るわよ? 」
ふと気づいたように麗が言い、拓真と泰智が苦虫を噛みつぶしたような顔になる。
(そっか、本当は六人で来るつもりだったもんね)
おそらく、翔月たちは前々から予定を立てていた。
けれど予期せぬ旅仲間が増えてしまったため、現在進行形で計画が頓挫しかけているのだ。
(うーん、色々と考えてくれていたのを知っている手前、じゃあ帰ろうって言いにくいなぁ)
三者三様に頭を抱えていたとき、ついと一つの手か上がった。
葉月さんだ。
「あの……私は少し疲れたので、近くの長椅子で休んでいます。皆さんで楽しんできてください」
そう言って微笑んだ葉月さんの顔色は、たしかに若干血色が悪かった。
笑顔も少しぎこちなくて、私の胸が嫌な音を立てる。
現世に来てあまり時間が経っていないのに、遠出の、しかも初対面の人達に囲まれてお泊まりだなんて、よく考えたら負担が大きすぎる。
それなのに私はまた、葉月さんの優しさに甘えてしまった。
「私も! 私も休んでる! 」
心配で居てもたってもいられず、私はハイハイと手を挙げた。
だが、それで話がまとまるはずもない。
「ばっか、それじゃあまた奇数になるだろ! 」
「いや、でも…………」
翔月が私の頭を小突いてそう言うので、どうしたら良いのか分からなくなって焦った。
葉月さんは相変わらず「みんなでどうぞ」と言っているし、拓真たちは早く行こうと急かしてくる。
「ほら、葉月くんもそう言っている事だし、二人は中学の思い出でも語りながら楽しんで来いよ。俺たちは俺たちで適当に割り振るからさ」
泰智と拓真がボート乗り場に足を向けた。
それと同時に、葉月さんもベンチのある方へと歩き出す。
(ふらついたりしてないし、大丈夫だよね? )
そう自分に言い聞かせても、やはり不安で。
前を歩く皆を追いつつ、私は徐々に遠ざかる葉月さんの背中をじっと見つめていた。
いつだって心は、頭より先に物事をつかんでいる。
──トーマス・カーライル
追伸 背景描写ばかりでごめんなさい_(´ཫ`* _)⌒)_




