ホロケウテイ
新千歳空港からバスで約一時間半。
小樽市の街中に、宿『幌京亭』はあった。
三階建てのそこは、旅館らしく入母屋屋根で出来ており、出入口には灯篭が置かれている。
立派な門をくぐると見えてくるのは、広々としたロビー。
オレンジの光で包まれ、床は暗い朱色の絨毯が敷き詰められている。
中央に置かれた上質な革のソファーが良く馴染んでいた。
一目見てわかった。
ここは、学生の泊まるような格安宿とは比べ物にならないところなのだ、と。
「すげぇな」
「おう……」
あまりの場違い感に、拓真と泰智が唖然と呟いた。
声には出さないが、私達女性陣も同じように気後れし、マヌケ顔で辺りを見回していた。
しかし、この場でただ一人、慣れた様子で佇む者がいる。
それはまぁ、言わずもがな葉月さんなのだが。
そういう場所で育ってきた彼にとっては、寧ろここは、現世の何処よりも落ち着く場所だろう。
「皆、いらっしゃい」
六人で固まっていると、作務衣姿の青年がこちらに向けて声をかけてきた。
この旅館の跡取りであり、今回の旅行の主催者、市ヶ谷翔月である。
彼の浮かべた太陽のように眩しい笑顔は、私たちの緊張を簡単に取り去ってくれた。
四方から安堵の気配が漂い、普段とは違う翔月の雰囲気をイジるくらいには、どうにか全員回復したようだ。
「お前、前から何となくそんな気はしていたけど、やっぱり金持ちのボンボンだったんだな」
翔月の両親の元へ案内されている道中で、拓真が言った。
クイッと黒縁眼鏡を押し上げて、 納得したような顔をしている。
対して翔月は、曖昧な微笑みで答えた。
「まあ、ラッキーなことにお金に関しては、不自由を感じたことは無いかな」
その言葉を元にからかいだす麗達だったが、私はその輪に入る気にはなれなかった。
なぜなら、過去に翔月があることで悩んでいたことを知っているからだ。
──あれはそう。私と翔月が高校二年生のときだった。
その頃には進路相談が始まり、生徒は各々の未来について思索する機会が増える。
私も例外なく進路に悩み、溢れるほどの選択肢に頭を抱えていた。
大人は言う。
「あなた達はこれからだからね。何にでもなれるよ」
聞き慣れすぎて、最早BGMと化している言葉だ。
今になって考えてみると、確かにその頃の自分は選び放題だったと思う。成績の許す限りではあるけれど。
しかし、選ぶ側にしてみれば、選択肢が多いことは必ずしも良い事とは言えない。
自分はどんな大人になりたいのか。
何を学んで、どんなことを極めたいのか。
少年少女は貴重な青春時代の片隅で、絶えず自問自答する。
その内で、時には努力という能力を身につけ、時には諦めを覚える。
そうして私たちは大人の階段を登って行くのだ。
小説家、太宰治がこんな言葉を残している。
『大人とは、裏切られた青年の姿である』
解釈の仕方は人それぞれであろうが、私には社会の規則に溺れ、やがてその渦の一部として順応する、そんな人間の姿が思い浮かんだ。
その過程で人は、大小様々な裏切りを受ける。
例えば、そう。家業の後継問題とか。
翔月も進路に悩んでいたが、彼の場合は、一つの選択肢しか無いことに呻吟していたのだ。
ホロケウは、もしかしたらご存知の方もいらっしゃるかも知れませんが、アイヌ語で「狼」という意味です。
そこに、私が勝手に漢字を当てはめました( ᵕᴗᵕ )
狼亭では怖いですからね笑
なんでオオカミなのかって?筆者が犬好きだからです!イヌ科バンザイ!!




