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神屋敷の几帳の先

 神屋敷の最奥の間。

 広々とした畳部屋のそこは、神が他者と面会する際に使用する場所だ。

 政府側は神以外に干渉できず、また謁見者側も2人までしか入ることが許されない。

 武器の持ち込みは当然不可。

 様々な制約によって成り立ち、双方の発言は慎重に。


「そんな神聖な場に、何故あなた方が居るんです? 」


 非難を帯びたタウフィークの声が、大した声量でもないのに大きく響く。

 目線の先には、神様とタウフィーク達の間に立つ、和装の男達。

 政府や取り巻きと呼ばれる彼らは、本来ならここに居るはずのない存在だ。

 そう指摘すると、タウフィークの真正面に立つ男が肩を竦めた。


「伝令によって事態は把握している。そして、今回の事件が神だけでは手に余るということも知っている。だから特別に、我々も同席させてもらうことになった」


「手に余るだって? 全知全能と謳われる神が? 」


 几帳の裏にいるであろう神に向けて目を細める。

 しかし、返答はない。

 代わりに答えたのは、やはり政府の者だった。


「神は確かに全てを知り、全てを可能とする。けれど、そんな神にも手に負えぬ事はある。それが何か、副族長殿には分かるだろう? 何しろ、最も身近にいるのだから」


 質問の意味を理解しきれず、タウフィークは眉を寄せた。

 身近にいる、神をも困らせる存在。

 そんなものが本当にあるのだろうか。

 困惑するタウフィークを、男は暗い瞳で見据えた。


「偽神だよ」


 その言葉に納得するとともに、話が見えなくて首を傾げる。


「偽神は確かに厄介です。けれど、今回の事件とは関係がないでしょう? 」

「関係がない……ね。本当にそうだろうか」

「……何が言いたい」


 ピリピリと肌を刺すような空気が漂い、二人は鋭く睨み合う。

 余裕綽々しゃくしゃくとしている男に、タウフィークとハサンは胸をざわつかせた。


「先日、結びの門に不審な人影が目撃された。我々はその妖が今回の事件の犯人だと、そう思っている。特徴は白銀の長髪、尖った獣耳と大きな尾。深緑の神力。ここまで来れば、あなた方の頭に思い浮かぶ人物がいるだろう? 」


「それは……」


 それは霊狐の、それも族長の証を持つ者の特徴だ。

 そう思い当たって、しかし、と思考を霧散させる。

 この世に存在している霊狐は、もう葉月以外に居ないのだ。


 そして葉月は今現世にいるのだから、その人影は別の妖だ。

 そう言おうとして、タウフィークは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


(目の前にいる男は、葉月の一族を壊滅させた一味だ。そんなやつに、葉月の今の居場所を教えるのはリスクが大きすぎる)


 自分から墓穴を掘るような真似はしたくない。

 口を一文字に結び、押し黙ったタウフィークに、男は小さく舌打ちをした。

 タウフィークに答える気がないと分かったのだろう。

 男は気持ちを切り替えるように一度目を閉じ、肩を竦めて見せた。


「その無言は肯定と捉えて良いのだな」

「先程から固有名詞を避けているように感じますが、それはわざとですか? 」


 上辺だけの会話が気持ち悪い。

 言葉だけが迷走して、いまいち話が進まない。

 はっきり言えと遠回しに指摘して、タウフィークは相手の反応を見る。

 すると、別段に焦る様子はなく、あちらもタウフィークに探るような視線を向けていた。


「では、はっきり言わせてもらおうか。今回の事件の犯人は、霊狐唯一の生き残りである、葉月殿だ。彼は何らかの理由により、月結びについて知る必要があり、この屋敷へ侵入。見張りのアルミラージを昏倒させた後に逃走した」


 スラスラと述べられるそれは、憶測であるが故にツッコミどころ満載だ。

 証拠がない、動機がない。

 この発言は全くもって意味をなさなかった。


 このまま話していても、会話が平行線のまま終わるだけだ。

 ──仕方がない。

 タウフィークは無意味なそれを利用して、葉月の無実を証明することに方向転換した。


「残念ながら、月結びの書を盗んだのは葉月ではありません。犯人は既に我々が捕え、事情聴取も終えています。そもそも、俺たちがこうやって神様の元へ訪れたのは、今回の事件の詳細を報告するためです」


「ならば早く報告するが良い。神もお暇ではないのだ」


 あまりにも徹底された態度に、タウフィークは渋々報告を始めることにした。

 葉月の無罪主張も含め、黒幕であろう組織についてもしっかりと伝える。

 その間、政府は一言も口を挟むことなく黙聴していた。


 全ての報告が終わり、今後の動きについて述べていたとき。

 そう、ちょうど神様に意見を求めていたそのときに、タウフィークはとある真実にたどり着いた。

 真実というにはあまりにも荒唐無稽で、とてもじゃないが信じられない。

 けれど、その推測が間違っているとは、タウフィークには到底思えなかった。


「こういう指示を出そうと考えております。何かご不明な点及びご指示がございましたら、是非ともお聞かせください」


 タウフィークのその言葉に、神様は何も答えなかった。

 いいや、違う。

 答えなかったのではなくて、答えられなかったのだ。


 予兆はあった。

 厳密に決められた規則を破り、神様の前に立ふさがる和装の男たちと、これまで一度も話に入ってこない神様。

 違和感を感じてはいたのだ。

 しかし、それは有り得ないと、無意識下で考えを消去していた。


(だけどこれは……確かめる他無いな)


 すっと目を細めて、タウフィークは素早く視線を左右させた。

 そして大きく息を吐いた、次の瞬間。

 勢いよくタウフィークは地面を蹴った。


 ぼんやりと隣で話を聞いていたハサンと、話を進めようとしていた政府の者たちが驚きに目を見開く。

 そして、慌てて取り抑えようとする男達を、持ち前の俊敏さと動体視力で交わし、ついに目的の場所へとたどり着いた。


 目の前にあるのは、白の生地に黄と緋色の七変化ランタナの模様が入った上質な几帳。

 厚めの生地に手をかけて、タウフィークはゴクリと喉を鳴らした。


(もし俺の推理があっていたら、大変なことになるぞ)


 震える指先に力を注ぎ、ギュッと強く几帳の端を掴む。

 そして、後ろから迫る政府の者たちを振り切るように、タウフィークは勢いよく几帳を薙ぎ払った。


 ──嗚呼。

 そう声を漏らしたのは、誰だっただろうか。

 几帳を開けた先には、立派な椅子が鎮座していた。

 ただ、それだけ。

 無人のそこを目にして、タウフィークはぞわりと肌が泡立つのを感じた。

あと1話だけタウフィークさん側のお話です。

少し話が分かりにくくなっているかもしれませんので、次回にまとめようと思います。

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