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第一章 Ⅴ

 ウインドウの中のスーザンは、口元を少し緩めた。西洋人の血が混じった彫りの深い顔立ち。美人と言って良いだろう。

『そう。状況終了を確認したら、こちらに合流を』

「そちらはいかがですか?」

スクリーン上でタランチュラと交戦しているブラボー、第二小隊員は、基本的に地上で距離を取りつつ、プラズマスラスタのもたらす機動力で攪乱を試みながら銃撃を行なっているが、停止させられる程のダメージを与えられていない。巨体に似つかわしい防御力を誇り、特に胴体部の電源を保護する外鈑に穴を開けられるのは対戦車ミサイル、ATM014ジャベリンぐらいのものだが、それとても攻撃箇所は限定的だった。戦車や戦闘車に比べ、P.A.W.W.で対処するには結構な厳しい制約がある。機動性や柔軟性と重装甲、重武装のトレードオフの結果がP.A.W.W.なのだ。

『作戦域が広がった上に、緊急避難警報発令が遅れて。釘付けしておくのが精一杯なのよ』

大隊長の表情が曇る。いずれ基地から増援が到着するにせよ、それまでは即応部隊として自分達のみで敵の行動を制限し、可能な限りこれを撃破せねばならない。しかも、長時間稼働を継続するのは困難な理由があった。

「了解しました。状況終了確認後、直ちに合流します」

『負担を掛けるわね、副長…ところで、弟さんの病院は大丈夫そう?』

久音の眉がピクリ、震えた。状況中にプライベートな会話は厳に慎まなければならない。いや、これはギリギリセーフか?

「はい。作戦域からは外れていますので。被害報告はないと考えますが?」

『ないわ。けれど、タランチュラの射程内だし、とにかく攻撃させない様に注意をして』

「了解です。ですが、設定された攻撃目標以外にミサイル攻撃を行なった例は、なかったと考えますが?自爆攻撃は別として」

『そうね。けれど、あちらのAIがどういう判断を下すか、私達はそのプロセスを解析出来ている訳ではないし。撃破時にはコントロールユニットは自壊してしまうのだから。たとえ入手出来たとしても、またアップデートされてしまうのがオチでしょうし』

「はい。一刻も早く工場基地ファクベースを叩かなければ、いたちごっこです」

いまいましいことに、M.D.F.の地球侵攻兵器、ファクベースは、地球の資源を掘削し、バグス等の兵器を製造、各地へ派遣しているのだ。

『撃滅作戦に志願したいの?』

大隊長のその一言に、久音の表情は曇った。

「それは…軍命とあれば、従いますが」

胸の中に、少年の顔が浮かび上がった。彼女の弟にして唯一の肉親、城田一也しろたかずや。生まれつき病弱で、十六年余りの人生、その半分以上を病院で過ごしてきた彼は、今もそこから十キロと離れていない区立病院に入院中だった。三年余り前に両親を亡くしてからは、更に生気が薄れている様な気がして、久音はなかなか会えないながらも気を掛けない日はないのだ。出来れば日本を離れたくはない、というのが偽らざる心情だった。知らず、その病院の方へと顔を向ける。北西方向に聳える高層マンション群がウインドウ内に表示された。かつて団地だった一帯が、二十年ほど前に再開発を終え生まれ変わったのだ。その地下にもまた、シェルターが新設されていた。

『そう、必要なら話し合いましょう。今は作戦に集中して』

「了解」

交信が切れる。と、すぐさま中隊員から通信が入った。隊員の画像が大きくなる。

『ブラボー1よりゴブリンリーダ!』

「ゴブリンリータよりブラボー1。どうしたの?」

その中隊員はタランチュラに対処していたブラボー、第二小隊の小隊長だった。

『弾薬が尽きかけています!ジャベリンもうち尽くしました!』

「了解。戦況は?」

プラズマスラスタ起動の操作をしつつ訊ねる。三基が急速に息を吹き返し、上体を仰け反らすや彼女の体を軽々と中空に浮かべる。

『一機は機能停止しました。防御力が高く、ジャベリンを使用してもなかなか停まらず』

「そう。新兵装が必要かしらね」

前傾姿勢を取り、現場へと向かう、と。

『あぁっ!』

小隊長の小さな悲鳴。

「どうしたの!」

『現在交戦中の一機が、SSMの発射準備体勢に!』

その通信に、ライブ映像へと目を走らせる。確かに、件のタランチュラは全ての脚を大きく広げ、連結部を伸ばし腹部を地面に着けた。地対地ミサイル発射の兆候だった。VLS発射口が一斉に開かれようとしていた。対空砲火の激しさに、接近もままならない様子だった。現場到着まで一分程度と久音は計算していたが、間に合いそうになかった。噴射煙が発射口を覆い尽くしてゆく。

「まずい!ゴブリンリーダより総員、SSMに対しフラッシュを使用する、留意せよ!SSM迎撃を最優先、送れ!」

『了解!』

一斉に返答があり、続々と隊員達が上昇してくる。市街地の破壊能力という点で言えば、未だ稼働中のバグスを残してでも、地対地ミサイルへの対処の方が重要なのだ。胸のマウントに固定されたLM84A1のグリップを握る。とたん固定が解除されサイトウインドウが仮想スクリーン上に開き、照準用カメラの映像がクロスターゲットと共に表示される。

「セレクト、フラッシュ。ダブル!」

それはアサルトライフルへの指示だった。少しの間があり、ウインドウの右上隅にアイコンが表示、点滅される。クロスターゲットが、高さ数十メートル余りのビル群の谷間から飛び出してくる様を捉えた。

「シュート!」

声が途切れるより前に、グレネードランチャより通常の二倍の火薬で発射されたフラッシュが、未だ誘導状態でない地対地ミサイル目掛け銃口を飛び出す。P.A.W.W.の銃器で使用される火薬は液体であり、また通常の様に弾丸と一体となってもいない。薬莢という物は存在しないのだ。電気発火式で、全ての電気はP.A.W.W.から供給され、二倍、三倍と過充填が可能なのだ。もちろんやり過ぎれば火薬の消費が多くなり、また銃器の故障にも繋がるが。

「シャッタオン、カメラ、オール!」

右へ上体を捻りつつコマンドを口にする。彼女はUターンした。フラッシュ使用時には規定の距離を取る決まりがあった。彼女はその距離内に入っていたのだ。P.A.W.W.の電子装備は高度な防磁措置を施されてはいるが、フラッシュの電磁バルスの影響が全くない訳ではない。最悪の場合、故障や暴走の可能性があるのだった。カメラも撮像素子保護のためシャッタが閉じられ、仮想スクリーン上は真っ暗となっている。だが、弾体が炸裂したのはウインドウ表示の僅かな乱れで知れた。再び右へ上体を捻りつつ。

「シャッタオフ、カメラ、オール!」

映像が復活する。中隊員達のライブ映像では、地対地ミサイルの迎撃状況が確認出来た。

「アルファ1よりゴブリンリーダ、敵SSM二発の自爆を確認、一発を撃破!」

アルファ、第一小隊長の報告が入った。自爆は、起爆システムが誤作動したのだろう。少ないな、と内心臍を噛む。更に続々と迎撃状況が上がってくる。それらを総括すると、十六発中十三発が撃破、自爆、一発が埼玉方面へと飛び去っていった。方角からして、攻撃目標の情報が壊れたのか。もはや追撃は不可能だった。

「ゴブリンリーダよりフライング・オーガリーダ、SSMが一発、埼玉方面へ飛翔中。誘導能力を失ったものと思われる」

『了解。防空部隊への迎撃を申請する』

大隊長との交信が終了したとたん。再び爆発音が聴こえた。

『チャーリー3よりゴブリンリーダ、一発撃破、一発、失敗しました!』

包囲網を抜かれたら、P.A.W.W.では追撃不可能なのだ。

「何ですって!?」

『SSMはE7地区方面へ向かいました!』

「!」

久音は絶句した。それこそ高層マンションの方角であり、彼女の弟が入院している区立病院はその目と鼻の先だった。最悪な事には、その地区には未だ緊急避難警報が発令されてはいないのだった。


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