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第五章 Ⅸ

 シェルター内は生徒や教師達の囁き声が聞えてくる他は静かだった。教官達は全員P.E.を装着しに出て行った。現在当校に勤務するP.E.教官は十七名。副担任でない者達は、日頃学校所有の全P.E.の保守、点検、管理や、授業における補助、部活動の顧問等を行なっている。校内には九名残っていたが、彼女達は生徒達を体育館へ移動させると後を先生達に任せ、全P.E.を地下一階へエレベータで退避させると自分達は不測の事態に備え(もはや不測ではないが)、地下でP.E.を装着、体育館に上がっていった。P.E.用の銃架、防弾ブロックと共に。降下したバグスの一部が練馬駅に接近中である事は、既に校長経由で通報されていた。緊急事態に際会し、学校の施設、財産、生徒等を保護する為の独自の、必要最低限の装備を保有し、またそれらを行使する事は、国立ならではで認められているのだ。P.E.自体が非常に高価な資産であり、それに劣らずそれらのイクイッパとなってゆく生徒達も同様だった。と、それはともかく。必要最低限の装備として銃架に並べられているのは、口径二十五ミリのAMRだった。P.A.W.W.のそれと異なるのは通常の銃弾と同様な形状の徹甲弾で、カートリッジタイプ、粉末火薬な事だろう。装弾数は少なめ、反動は大きめであり、P.E.を装着しても扱い易いとは言えない。照準にしても、スコープカメラからケーブルをP.E.頭部のアダプタに接続しなければならない旧式だった。どこまでバグスに通用するか、誰にも判らなかった。

「良い?私達の第一目標は、敵を体育館に近寄らせない事。一名は体育館内で待機、他は臨時のバディを組み、周辺を警戒する。迎撃は必ず二脚を使用し、伏射で行う事」

河澄は次々と指示を出していった。こういった事態での指揮権移行順序が、経歴等を元に決められている。連合軍到着までの自衛の為、という条件付きで実質的な戦闘行為を認める法律が成立したのは、火星との戦争が勃発する直前だった。今日の状況を見越しての事だったか。また、同様の権限を持つ教育機関が存在するのは、何も日本に限った事ではなかった。抜き打ちを含め年数回の『備品チェック』にもパスし、東京、京都の両校は独自の力を保有し続けているのだった。

 カチャカチャと、重なり合う複数の機械の駆動音を、P.E.の外部マイクは拾った。河澄達は校庭へと集合した。五十メートル以上も向こう、閉じられた正門の向こうにバグス達の姿が見えた。

「来たわ。迎撃準備!」

緊張した河澄の声と共に、P.E.は一斉にその場に伏せた。目の前には高さ三十センチ、幅四十センチ程の台形状の防弾ブロックが、三つを一ユニットとして並んでいる。それらは体育館前に五つ、並べられていた。その隙間から銃口を突き出すと、AMRの二脚が展開し(ケーブル経由で展開指示を発したのだ)、地面を捉える。伏射姿勢で、校門の向こうに照準を合わせる。緊張の数瞬が流れ。ロケットモータ音ののち校門で爆炎が炸裂した。スパイダーが対戦車ミサイルを使用したのだ。高熱に炙られ多少変色しながらも、校門は健在だった。学校の壁や門は、高い耐衝撃、耐熱性を誇る。これもまた、当校がただの教育機関とは一線を画す事を示していた。攻撃手段を迷っていたのか多少の間を置き、更に二発。校門は歪みはじめ、蝶番が門柱から外れ始めた。スパイダーは、対戦車ミサイルを収納すると校門に体当たりを始めた。

「撃てッ!」

校門が校庭側に倒れるや、河澄の号令一下、校庭へと雪崩れ込んでくるバグスに対し射撃が開始された。

 対戦車ミサイルの炸裂音は、シェルターまで届いた。体育座りした生徒達が何名か、悲鳴を上げる。緊張と不安の漲る空気が重くのし掛かるなか、飛鳥は別の事に心を苛まれていた。それは、これまで目を背けてきた事実についてで、彼女のプライドに関わる問題だった。中間考査でベストテン入りを阻んだあの少年に、何としてでも意趣返しをしてやりたい。勉強でなら、まだ可能性はあるかも知れないが、P.E.ではどうだ?確かに多少は出来る様だが、男子が自分より上とは思えない。そんな、幼稚な発想が発端だった。唯の提案に乗って挑発を仕掛け、模擬戦に漕ぎ着けたというのに。その結果は惨敗だった。こちらの攻撃は悉く読まれ、躱された。あの身のこなし。生徒用P.E.の限界を知り抜いた上で出来るギリギリのコントロール。イクイッパとして、自分より少なくともワンランクは上だと思い知らされた。その極めつけが、唯との三回戦で見せた前方一回転宙返り半回転捻りだった。あそこまで綺麗なフォームで、完璧なタイミングで(一也にすれば異議があるだろうが)、あの技を極めてみせる自信などない。このまま行けば、卒業するまで自分はよくて二位止まりだろう。いやいや、あれはあくまで限定的な状況での話で、総合的には…悲観と楽観が、グルグルと頭を駆け巡る。しかし生来の性格が、それに非情な審判を下した。『自分では、彼に勝てない』。右手の拳を硬く、握り締める。自分は何をやっても一位にはなれないというのか?暗澹たる思いが湧き上がってくる。

「何なの…ホント、何なの」

譫言の様に繰り返した。入学時には、自分の進む先には光が満ちていた筈だった。あの姉でさえ歩めなかっただろう道へと踏み出せた、と。その光は、しかし今や跡形もなく消え失せようとしている。ならばいっそ、新たな道を探すか?しかし、それは逃走でしかない。きっとあの人達は、失望の目を向けてくるだろう。特にあの姉は!手強い相手が現れたらすぐに逃げ出す惰弱者と、嘲笑するに違いない。それだけは我慢がならない。この場所で、自分の証を立てなければ!

「朱雀院さん」

ミネラルウォーター入りのコップを二つ手にした三和が、傍らに中腰となって一つを差し出してくる。上げた視線を暫し留めた後、ゆっくりと受け取った。

「大丈夫ですか?」

コップをゆっくりと傾ける飛鳥の面を覗き込む。飲み干した飛鳥は、小さく溜息をついた。

「…私は一体、何をしているのかしら?」

これは良くない、と三和は気付いた。飛鳥は家族、特に兄姉に対する大きなコンプレックスを抱えている。それが今、彼女の心を蝕み始めているのを見て取ったのだ。ここは別の話題で頭を切り換えさせなければ。

「あの、恐いですね」

「そうね」

「いつまで、続くんでしょう」

「連合軍の到着まででしょ。それまで教官達がどうにかするわ」

「そうですか」

それきり会話は途切れる。何か、他の話題はないか?頭をフル回転させると。ふっ、と、ウォーターサーバに並んでいるとき耳にした、教師達の会話が脳裏に浮かんだ。

「そういえば、城田さんですけれど」

「何?」

飛鳥の視線が険しくなる。一瞬、三和は怖じ気づいた。

「いえ…その、体調が良くないらしくて。養護教諭助手の方と、病院に向かったらしいのですけれど。この状況で、無事なのでしょうかね?」

「そう…!?」

素っ気なく逸らされた飛鳥の双眸に、不意に光が宿る。そうだ、彼は肉体に『爆弾』を抱えているらしいのだ。ならば、自分にもチャンスはあるのではないか?他人の病気に期待するなど情けない?しかし今、自分はここにいる。今ここで出来る事が、何かある筈だ。せめて自分の優秀性をアピール出来る様な何かが。たとえ直接、戦えなくとも出来る何かが。曲がりなりにも自分達は特待生なのだ…その後暫しの逡巡ののち、彼女は三和に向き直った。

「ねぇ、協力して欲しい事があるの」

「…何でしょうか?」

飛鳥の面に、明らかに良からぬ企みの色を見て取りながら、三和は訊ねない訳にゆかなかった。

「それは」

三和の左耳に顔を寄せ、飛鳥は自分の考えを口にした。とたん、三和の表情が不安に曇る。

「しかし、それは…」

「大丈夫よ!さっそく高宮さんも誘いましょう!」

三和を一顧だにせず、飛鳥は立ち上がったのだった。暫しの逡巡ののち、小さく溜息をつくと三和もまた立ち上がり、三組の方へと歩き出した。

 話を聞いた唯は、しかし明らかに乗り気ではなかった。声のトーンをぐっと抑え、飛鳥に問う。

「その。お言葉ですけれど、それって私達がやるべき事でしょうかね?」

内心、面倒臭いお嬢様だなー、と舌打ちしながら、唯は言葉を続けた。

「もし必要なら、教官達から指示がある筈でしょ?そもそも、たとえあったとして、三年とか四年がすべき事じゃないんですか?」

これぞ正論。しかし、飛鳥が正論などで満足する筈はないのだ。こちらも同様の音量で反論する。

「今はピンチなのよ!?この学校は何?こういうピンチから人々を救う、そういう人材を育成する場所でしょう?私達も、その一員でしょう?」

「いや、あの。もしここで勝手に出て行って、もし死んだりしたら、人材育成どころじゃないですよね?学校の監督責任も問われるでしょうし」

ホント面倒臭い、と思いつつ、唯は学校の責任問題に話を持っていった。この学校を卒業したいなら、これで思い留まる筈だった。

「そうです。学校に迷惑を掛ける事になりますから」

日頃は決して馬が合うとは言えない唯の、その主張に、しかしここでは三和も尻馬に乗る。

「P.E.を装着するんだから、そうそう死傷などしないわ」

「いや、だったら機動歩兵に死傷者なんか出ない筈でしょう?とにかく。教官の指示もなしにP.E.を装着して外に出るなんて、最悪退学ものですよ?せっかく特待生にもなれたっていうのに、正直勘弁して貰えませんか?」

貴女達にとっては痛くも痒くもないんでしょうけど、と胸中で付け加える唯。これで関係が壊れたとしても、自分にとって最大の利益が何かを考えるなら切り捨てもやむなし、と割り切る。飛鳥は少なからず動揺していたが。

「そう、よく判ったわ」

ふらつき気味に立ち上がると、静かに三和を見下ろす。感情を失った双眸。それを見せられたら、三和には付いて行かない、という選択肢はやはりあり得ない。立ち上がると、プイ、と飛鳥は前を向き直り、立ち話をしている先生達へ近付いていった。


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