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第一章 Ⅳ

 高度二百メートル余りで久音は上体を反らした。それに反応して、プラズマスラスタのアームが作動する。中空で彼女を立たせる様に三基を配置した。続く中隊員達も立ち上がり、中隊長を中心に、半径四百メートル余りの輪形を形成した。指令通り十秒余り。そのままホバリングを行う。

「総員、情報集約開始」

指令より間もなく、隊員達からの映像情報が続々と送信されてくる。更には輸送ドローンからの映像も。それらは自動的にグループ分けされ、コードが割り振られた。

「…作戦域は狭めね?」

あちらこちらで火の手が上がっているが、敵の行動は鈍い。この日本国は東京都板橋区小豆沢あずきざわが攻撃目標ではなく、AIは行動指標の策定に手間取っているのかも知れない。そもそも朝霞基地を目指していたらしき輸送ドローン編隊のうち一機が、航空部隊の迎撃で作戦続行不可能となり、捨てる様に投下したのだ(その輸送ドローンも、結局は荒川に墜落したらしいが)。目下、敵編隊は航空部隊の尽力により墜落、あるいは陸上兵器バグスを投棄し帰投していた。彼女達の他にも、その後始末に奔走している部隊があった。

「アルファはA1からA4、ブラボーはC1、チャーリーはB1、B2を。支援が必要なら、遅滞なく要請すること。送れ」

地上で暴れているバグスのグループ毎に、装備を勘案し対処する小隊を割り振る。

『了解!』

エコーの様な返答のあと、中隊員達は小隊単位で散開した。前傾姿勢を取ればアームが動き、プラズマスラスタを傾斜した方向へ前進させる。上体を捻れば、捻るスピードに合わせ左右への針路変更も自在だった。一中隊は三個小隊プラス一機、一小隊は二個分隊、一分隊は二機より構成される。中隊長は各小隊を指揮しつつ作戦域の観測、必要に応じ支援、他部隊や基地との情報交換等を行なう。徐々に降下しつつ左腕を掲げた。

「テイクオフ、ドローン1、2」

左腕のマウントに装着された、昔の丸眼鏡を思わせる全長五センチ、全幅十センチ程の機械。二つ並ぶそれらの、レンズに相当する円盤が、縁を残し三十近い扇状の板に別れ傾斜、瞬時にダクテッドファンへと変貌し回転を開始する。板の隙間から流れ込む空気が、マウントから解放されるやそれらを中空へと軽やかに持ち上げた。ヘルメット内では、ドローンの映像ウインドウと仮想コントローラが仮想スクリーン上に表示された。視線でそれらを操作し、部隊の目の届かないところまで移動させる。やがて、十年程前に再開発された公園に聳える、地上三十階建ての複合商業施設屋上に着地した。通信端末(C.T.)を通じ、この小豆沢界隈は非戦闘員の避難があらかた済んでいる様だった。毎年三ヶ月に一度、最低でも一回は参加せねばならない避難訓練で、シェルターや緊急避難場所へと、C.T.頼りに辿り着くスキルは皆持っているのだ。シェルターは五十年ほど前、人類全体が発狂しかけた(考え方によっては、その九十年近くも前に人類は発狂していたのかも知れないが)時期に制定された法律により、急速に整備が進められたものだった。実を言えば、彼女の足元に広がる公園の地下もシェルターとなっていた。そして当然、その周辺には警察官の姿もあった。P.A.W.W.に一見似た、法執行機関向け装備(L.E.E.)を装着した機動警察隊員が、そこここに散見される。L.E.E.は警察向けだけあってP.A.W.W.に比べ諸性能面で制約がある。プラズマスラスタも装備してはいるがその数も出力も制限され、高所からの降下やちょっとした跳躍が精々だった。当然、装備も近接用のスタンワンド、防弾シールドや拳銃程度。ある程度の耐衝撃、耐弾性能はあるので、対人では被弾をもろともせず肉薄、制圧する事が任務だった。こちらの中身も、やはり殆どが女性だと久音は承知していた。男性警察官はパワーアシスト機能のない、あるいは限定的な防護装備を着用するのが精々なのだと。それはひとえに、P.E.のジェネレータに起因する問題なのだと。

『フライング・オーガリーダよりゴブリンリーダ』

不意に通信が入り、仮想スクリーンに彼女より少し年上の女性の顔を切り取ったウインドウが表示される。柔らかい声に似つかわしい、優しげな西洋系の顔立ち。彼女の上官、連合軍第101装甲師団第411機動歩兵大隊長スーザン・小杉少佐だった。久音はこのファンタジックなコールサインが少々こそばゆかった。

「ゴブリンリーダよりフライング・オーガリーダ」

『そっちの状況は?対処は可能?』

「はい。アントとスパイダーが多少多めですが、タランチュラが二機のみですので」

スクリーン上には、隊員達のカメラ映像、その一部が表示されている。アントは六脚、全長六メートル、全幅二メートル程の無人兵器で、頭部、胴体部、腹部の三パーツで構成され、それぞれが連結部で繋がれている。頭部前方には八ミリ口径のガトリングガン一丁と、胴体部上方に十ミリ機関銃一丁を搭載した回転式銃座。兵器体系の中では、ちょうど攻撃ドローンやP.A.W.W.の様な軽装甲で機動性に優れた敵に対応する重装歩兵の様な位置付けだった。防御力こそそこそこあるが集団で運用されるのが前提のため、分断された状態で兵装のない後方に一旦着地してはまた跳躍し上方から攻撃、という中隊員の戦法に振り回されている。中隊員達は分隊単位で一人が牽制しつつ、もう一人が回転銃座を優先的に二十ミリ弾で潰してゆく。このタイプは腹部の燃料電池から胴体部、頭部への電力線が連結部を通っている。電源が何重もの隔壁で防御されている事を考えれば、効率的に撃破するには連結部を破壊するのがベストだった。連結部は防護板で覆われているが、姿勢によって露出する事になる。バディシステムを取る二人のうち一人が誘導役、一人がとどめ役を臨機応変に担う。回転式銃座を失ったアントは、頭部のガトリングガンで応戦しようと、前脚を伸ばし頭部のみならず胴体部を大きく上方へと仰け反らす。下方の護りは比較的手薄な連結部は、とどめ役には簡単な狙い目だった。もちろん、いつもこうスマートに行く訳でもないが。時にAIは、彼女達を無視し周辺を手当たり次第攻撃する様な事もあった。そうなれば、兵装及び脚部あるいは電源を破壊するまで止まらない。また、さほど例はないが、自爆攻撃用の爆薬を搭載している可能性もあった。スパイダーはより大型で八脚、全長十メートル、全幅四メートル余り。頭部、胴体部、腹部とその連結部、という構成は変わらないが、主任務が異なる。三十ミリ機関砲、八連装対戦車ミサイル、十二発の地対空ミサイル等、まともに被弾すればいかなP.A.W.W.といえど無傷では済まない。戦術も当然変わってくる。まずは頭部の機関砲を潰す。対戦車ミサイルの誘導方式はカメラとレーザーの併用だが、レーザー発振器は機関砲と兼用だった。八連装対戦車ミサイルランチャは胴体部に格納されており、ランチャのカメラはAIが判断した敵をマーキング、ミサイルに情報を入力する。レーザーが使えないとなれば当然カメラ頼みとなるが、これをフラッシュで潰すのだ。フラッシュとはミサイル攪乱兵器で、強烈な閃光と電磁パルスでカメラの撮像素子と電子装置を攪乱する。本来ミサイルを回避する為のものだが、それを攻撃に使用する。グレネードランチャに装填されており、P.A.W.W.側も影響を受けかねないため、使用時には規定以上の距離を取らねばならない。ミサイルランチャを潰すには上方からが有効だが、腹部VLSに収納された地対空ミサイルに留意しておく必要がある。最も、こちらは十キロ以上離れた航空機やミサイルが標的なので、近すぎれば誘導も働かず躱すのは容易いが。それでも近接信管が作動しないとも限らない。それはともかく。これを相手にする分隊は、攻撃部位を分担して潰し、協同で地対空ミサイルを二十ミリ弾で破壊した。そこへグレネードの炸薬弾を叩き込み、ミサイルを誘爆させられればジェネレータごと爆破出来るが、そうでなければ二十ミリ弾で連結部を破壊しとどめを刺す。ここまで、基本的には銃器で対処可能だった。問題は、最大級のタランチュラだった。全長十八メートル、全幅六メートル余り。一際巨大で防御力の高いこの無人兵器は、広域破壊を主任務としていた。アントやスパイダーに護衛されつつ地対地ミサイルで破壊活動を行なう。頭部の十ミリ機関銃回転式銃座に八ミリガトリングガン、胴体には十二発の地対空ミサイル、そして腹部に納まる十六発もの地対地ミサイル。有効射程は半径五十キロメートル余り、まともに爆発すれば十階建て程度の建物は倒壊するだろう。


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