第五章 Ⅷ
体育館地下のシェルターに避難するため、ほぼ部活動で残っていた生徒や職員達が集合しつつあった。クラス毎に整列し、居合わせた教師や教官達で手分けをし、未だ集合していない生徒を確認している。
「早く避難しなくて大丈夫なのかしら?」
喧噪のなか生田がクラスメイトと話しているのを聞きながら、一也は興味深げに周囲を伺っていた。なぜ、みなP.E.を装着し戦いに備えないのか?彼ならば生身でバグス相手に充分戦えるが、彼女達がそうでないのは判っていた。ならばP.E.を装着し、戦いに備えるべきではないのか?…教官達ならともかく、生徒達では足手まといに過ぎない事を彼は理解出来ていなかった。澄玲達の姿はまだ、そこにはなかった。と、不意に制服のポケットが震えた。C.T.を取り出す。画面にはナンシーの名が。彼は出た。
「城田です…はい…陣内さんが?…はい……はい、判りました」
ほんの三十秒余りで電話は切れた。C.T.を仕舞うと、改めて体育館内を見回した。ある人物の姿を見つける事は、彼には出来なかった。
「はい!」
一也は手を挙げた。近くにいた教官が気付き、近付いてくる。
「どうかした?」
「はい。体調が優れません。薬を服用しなければなりません」
「そうなの?薬は持っているの?」
一也はきっぱりと首を振った。
「いいえ。養護教諭助手から適量を渡される事になっています」
「そうなのね?」
「姿が見えないのですが、どこにいるかご存知ですか?」
「さぁ、保健室じゃないの?怪我をした生徒の避難誘導でもしているのかしら?」
教官にも判る筈がなかった。
「判りました、探してきます」
一礼すると、一也は素早く出入口へと踵を返した。
「あ、ちょっと、大丈夫なの!?」
そんな教官の声も完全に無視し体育館を足早に出ると、今度は走り出す。校舎の裏へと向かう傍ら、再びC.T.を取り出すとある人物をコールした。数度、呼び出し音が鳴り。
「城田です。実は頼み事があるのですが…」
裏門をで、道路を左へ。練馬駅の下を通り駅前の通りにぶつかると右折。
「…それでは、お願いします」
電話が切れる頃には、右へ斜めに入るショートカットの道を走っていた。C.T.を仕舞い、更に速度を上げた。
十分と掛からず到着したのはテーマパークだった。周囲はひっそりとしていた。客はもちろん、職員も避難を完了したのか(こういった施設には、まず間違いなく大きめのシェルターが併設されている)。ゲートは開放されたままだった。近隣住民や通りかかった人を収容するために。通過し、パーク案内である場所を探していると、上空から音が聴こえてきた。プラズマスラスタのそれをより大きくした様な、それは近づいてくる。やがて姿を現したのは、小型VTOL機だった。十九世紀ヨーロッパ風の街並みの上空に静止したそれは、やがて楕円形の胴体を建物の陰に埋没させていった。目的の場所を知った彼は、再び走り出した。
円形の大広場中央には、先程の小型VTOL機が着陸し、スローブを降ろしていた。周辺に展開した連合軍兵士達が彼を見た。
「ああ、急に済まなかったな。学校生活に支障はないかな?」
スローブの上からナンシーが声を掛けてくる。
「問題はない。それより、あれは何だ?」
スローブに近付きながら、一也は問うた。
「あれ、とは?」
「あの言葉だ。『テーマパークにおいでよ。大広場で僕と握手』という、あのふざけた言葉」
「さぁ?私は彼の言葉を復唱しただけだが?」
スローブを上がってきた一也の左肩に触れると、奥へと誘う。二人はブラックオーガの『試着室』の前へ来た。
「バグスが練馬駅まで迫っている。ここもいつ戦場になるか判らない。今回は実戦データを収集出来る貴重な機会だ。火器なしの厳しいセッティングだが、決して無理をしない様に。後退の為の余力が残っているうちに、必ず戦場を離脱し回収して貰う事。それが今回の君の仕事だ。もちろん臨時手当に危険手当も付けよう。判ったね?」
「承知した」
一つ頷く一也。ナンシーは微笑んだ。
「よし!それでは装着しようか!」
左手のノートパッドを持ち上げ、右手で操作しようとした時。遠くから炸裂音が聴えてきた。それは二度、三度と続き。少し間を置いて銃撃が続く。
「始まったか。時間がない。君が出たら、我々は移動する。回収地点は、追って指示する」
「承知した」
シャッターが開かれ、もはや愛機と言ってよい機体が姿を現す。ジャージから何から脱ぎ捨て裸になった彼が、手早く棚のインナースーツを着用してゆく。その背中を、ナンシーはじっと見詰めていた。




