第五章 Ⅶ
今回侵攻してきたドローン編隊は大規模なものだった。そのうちの数機は対空装備を充実させており、大量の空対空ミサイルを雨霰と発射し、またフラッシュ等も大盤振る舞いだった。それでも横田をはじめ東日本中の基地を離陸した戦闘機は、少なからぬ損害を出しつつも過半数を撃墜したが、それまでに大量のバグス降下を許してしまったのだった。作戦域は埼玉の和光市から練馬区、豊島区にまで及んだ。当然朝霞基地のみでは対処しきれず、石川や青森の機動歩兵大隊に応援要請が出された。
『一年三ヶ月ぶりの規模による侵攻よ。各員気を引き締めて。連絡を密に、連携に注意を払う事』
スーザンの通信が全大隊員に送られる。やがて、三機の輸送ドローンは彼女達を大空に解き放った。
作戦指揮所に降りた晴美は、巨大スクリーン上に刻一刻と変化してゆく戦況を、むっつりと注視していた。第101機甲師団を中心とする朝霞基地の主力は、和光市のバグス制圧に掛かりきりだった。日本でも有数の研究施設を防御すべく装輪戦闘車や対空戦車等を展開しつつ、バグスの掃討も行なっていたのだ。板橋や練馬は、作戦域の拡大阻止もままならない。増援が来るとはいえ、タイムラグは止むを得ない。しかし、彼が何より気にしていたのは、練馬駅周辺が作戦域に入った事だった。市街の防犯カメラや交通管制システム等の映像から、アントとスパイダーの一団が駅方面に向かっているのは判った。となれば、当然あの学校にも被害の及ぶ危険性が高いと判断出来た。幸い、と呼ぶべきか、その学校は軍備の規定に抵触しない程度の火器を保有してはいたが、精々が足止め程度の威力しかない。しかし、そこには尋常ならざる力を持つ少年が在籍しているのだ。彼に力を借りる事は可能ではないか?ただし、一学生に力を借りた事が露呈してはならない。彼にはP.A.W.W.を装着して貰う事になるが、連合軍制式の物であってはならない。そもそも、彼の能力を存分に発揮出来る機体でなければ意味がない。
「…そうだな」
低く呟くと、傍らの副司令に声を掛けた。
「すまないが、少々外す」
「はっ!基地司令、退室!」
敬礼をした副司令の声を背中に聞きつつ、薄暗い室内を出て行く。
廊下に出た晴美は、上着のポケットからC.T.を取り出した。作戦指揮所内では電波はカットされる。情報漏洩防止の為だった。電源を入れ、電話帳からナンシーを選びコールした。数度の呼び出し音ののち、彼女は出た。
「ナンシー君か?私だが、今良いかな?」
『はい、司令?どんなご用でしょうか?』
ナンシーの声は少々驚いていた。
「今がどういう状況か、判っているかな?」
『はい。近くまで、バグスが侵攻中とか』
だからこそ驚いているのだ。こんな風に電話を掛けていられる余裕はない筈なのだから。
「ふむ。現状、練馬駅周辺まで作戦域となっている」
『え、そんな!』
その意味に、もちろん彼女は直ぐ気付いた。一也の顔が思い浮かぶ。
「間もなく増援が到着するだろう。だが、手が回りそうにない。そこで、提案なのだが」
『提案、ですか?』
「そう。命令は出来ない内容なので。可及的速やかに判断を願いたい」
『はい、何でしょうか!?』
彼女の声は焦燥に震えていた。一也の身に何かあれば、せっかく軌道に乗っている開発計画が頓挫しかねない。が、何より彼という存在が失われると考えただけで、涙が溢れてきそうだった。
「とにかく、この状況を彼に打開して貰いたい、と私は考えているのだが。学校にも多少なりと火器類は配備されていると思うが、アントすらまともに撃破出来るかは怪しい。そこで貴女達の機体で、彼に足止めをさせて貰いたいのだが」
『え?しかしまだ実戦配備のテスト運用も』
「試験投入という事で、問題ないと考えるが。既に実働部隊との連携訓練等も行なっているのだから。そちらにしても、貴重な実戦データの収集を可能とする好機と考えるが」
『はぁ。まぁ、そうですが』
毎週末、午後から行なっていた事を、連携訓練と言ってしまえるか微妙にも思えたが、それをさて置けば何より実戦データの収集機会は、後発組には得がたいものだった。
「これから言う事を、彼に伝えて貰いたい。宜しいか?」
『はい』
それから晴美が口にした、なぞなぞめいた伝言をナンシーはしっかりと記憶に刻んだのだった。




