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第五章 Ⅴ

 休憩は終了した。休憩中、落ち込んでいる飛鳥を必死に慰める三和の有様を冷ややかに横目で眺めながら、唯は作戦を練っていた。三回戦は自分の攻撃から始まるが、飛鳥の有様を見るに、自分も三分間彼を追いかけ回すハメになるだろう。それは願い下げだった。二回戦でも、彼は全く疲労した様子を見せていない。ここでストレート三連敗は、特待生としての沽券に関わる。むしろ、ここで一勝でもしておけば、たとえ引き分けだったとしても自分の株は大いに上がる筈だ。ならば、少しルールを変えさせて貰おう。

「教官!」

勢いよく挙手した。

「何、高宮さん?」

河澄が振り返る。

「はい。三回戦は、私の防御ではいけないでしょうか?城田君は一対三での戦いを強いられています。ここで攻撃に回って、三本目を取れ次第終われるのなら、彼の負担軽減にもなると思います」

自分でこの形式に追い込んでおいて、しれっ、と言ってのける。

「なるほど。そうね、どうかしら、城田君?」

一つ頷き、河澄は一也へと視線を向けた。彼にとって、それはさしたるルール変更とも思われなかった。

「結構です」

頷きつつ返答すると、河澄は頷き返し。

「了解したわ。それでは、両者位置に着いて」

バイザーを閉じた一也と唯はフィールド内の、それぞれのスタートポジションに着いた。

「ルール変更を適用。三回戦、攻撃は城田君、回避は高宮さん。始め!」

河澄の声と同時に、二人は上昇していった。と、クルリ、と唯は一也に背を向けた。生徒用バックパックでは、高度を維持しつつ横から回り込むのは困難だった。自然、上か下から彼女の前方に回り込む事になる。ルール変更の提案と共に考えていた作戦だった。一也にいったんフィールドを割らせ、一勝をもぎ取るのが狙いだった。上か下か、とにかく前方に回り込んできた彼を、あくまで偶然であるかの様に押し出してしまうのだ。タイミングを見計らい、彼の機体にキックをかます。彼の上半身を仰け反らせられれば、後は勝手に後退するだろう。そしてフィールドを割るに違いない。回避側の彼女が彼に触れるのは反則だが、機動の為の姿勢変更の途中だった、とでも言えば通るだろう。そうなれば、最悪でも引き分けに持ち込める成算が立つ。問題は、そのタイミングをいかに見計らうか。背を向けてから、彼女は視線を後部カメラのウィンドウに、耳を外部スピーカーに集中していた。一旦大きく高度を取った彼の機体が、下降気味に真一文字に突進してくる様が見え、その主にプラズマスラスタの駆動音が聞こえてくる。ウィンドウの中で、それは上方に消えた。上からか、と思い、どれ程で降下してくるか計算し始める。上を見てはいけない。あくまで偶然でなければ。と、外部スピーカーからギャラリーの、波の様などよめきが聴こえてきた。それはプラズマスラスタの駆動音をかき消した。え、何?と、彼女の思考に空白が生まれた。その数瞬後、今度はブザー音が、仮想スクリーンには『You Lose』の文字が。タッチパネルに触れられたのだ。頭部カメラは、一也の機体を捉えていた。

「そこまで!両者とも降りてきなさい」

河澄の指示には従わざるを得ない。始め、より十秒余りの出来事だった。

 いったい、一也は何をしたのか?上昇したのち、伸身の前方一回転半回転捻りを決めたのだ。プラズマスラスタの挙動を排除する為、前方一回転の際には一旦オフにしていた。半回転捻りで再度オンにした時、駆動のタイムラグにより下方に彼女を通り越してしまったが、彼女は固まったままだったのでタッチパネルに容易にタッチ出来た。前方を通過する彼に、彼女は気付かなかった。

「まだまだか」

と、一人反省の一也だったが、ギャラリーにしてみれば初めての技を見られ大興奮だった。

 バイザーを開き最初のスタートポジションに戻った二人を渋い表情で見較べ、河澄は口を開いた。

「…三点先取で、城田君の勝利とします」

勝利宣言の数瞬後、拍手が巻き起こった。光理が、精一杯に両手を打ち合わせていた。それに少し遅れ澄玲が、麻寿美が、しようがなさげに亜矢が。やがてそれは一部を除くギャラリー達に伝播し、大きな波となった。由紀が満面の笑みで、一也に歩み寄る。

「全く、大したものだわ!ワンサイドゲームになったわね」

「そうでしょうか?」

「あら、何か不満なの?」

「反省点はありますが…特待生とは、この程度なのでしょうか?」

「あら、随分と高望みなのね!一年生なら、あんなものだと思うけれど。まぁ、貴方を除いてね。少なくとも、朱雀院さんは申し分なかったと思うわ。高宮さんは…正直、よく判らないけれど。何か作戦があったのかしらね?出来れば、もう少し、粘って欲しかったわ」

三人で何事か話し合っている飛鳥達を後目に、由紀は言った。

「そうですか」

「まぁ、いずれ上級生とも競技の場で当たる事になるでしょう。その時には、もっと満足出来ると思うわ!」

左手で彼の右肩を叩く。

「楽しみにしています」

「そうそう、その意気!さぁ、早く解除してきたら?」

と、飛鳥の大きな声が聞こえてきた。

「三多教官、発言宜しいでしょうか?」

「何、朱雀院さん?」

河澄の応じる声。そちらを見遣ると、少し涙目の飛鳥がこちらを睨み付けている。

「今回の負けは受け入れます。ですが、これでは井波さんの出番がありません!これでは彼女だけが仲間外れの様になってしまいます」

「なるほど、それで?」

「そこで、彼女にもチャンスを与えて欲しいのですが」

その提案に、ギャラリーが湧き上がる。

「何、勝敗にかかわらずもう一試合したい、という事?」

問う河澄に。

「いいえ。城田さんの実力はよく判りました。井波さんでも歯が立たないでしょう。そこで提案なのですが」

今度は、澄玲達の方に視線を向け。

「救難活動部の残りの一年生達と井波さん一人、ではどうでしょうか?」

余りに唐突な提案に、その場がどよめく。

「へ、何言い出すの!?」

澄玲が素っ頓狂な声を上げる。なぜ自分達が巻き込まれなければならないのか?麻寿美と亜矢も、困惑気味に飛鳥達と一也を見較べている。

「朱雀院さん、何を言い出すの?植阪さん達はまだ基礎コースの履修も完了していないのよ?P.E.の装着なんて、まだ先なの。たとえ一対三でも、そんな生徒達と特待生なんて、無意味としか言い様がないと思います」

由紀の反論にも、飛鳥は引く様子を見せない。

「それはもちろんです。勝敗など判りきっているのですから、あくまでエキシビジョン、まぁ、井波さんの為の余興とお考え下さい」

この言い草には、澄玲達はカチン、ときた。自分達が完敗した腹いせに私達を引っ張り出したいのだろうが、全く理屈になっていない。そもそも喧嘩をふっかけてきたのはそちらではないか?いじめっ子の様な真似をしようと公言して、恥ずかしくはないのか?

「それでも問題があるわ。もし二学期で良いのならまだしも、今学期中に、というのでは、実習カリキュラムから逸脱する事になるの。それは容認出来ないわ」

一年の一学期は座学優先という事で、実習は二学期以降に回されているのだ。P.E.装着の経験の有無にかかわらず、学校内のスタートラインは同じなのだ(もちろん例外もある訳だが)。

「お言葉ですが、私達も一年生ですが?」

「貴女達は特待生でしょう?彼女達とは条件が」

「下路教官」

不意に、河澄が会話に割り込んだ。

「はい、三多教官?」

訝しげに、由紀が視線を向ける。

「そちらは優秀な生徒を迎えられて、全くもって羨ましい限りです。不甲斐なくも、我が実戦射撃部の完敗です。実のところ、城田君の才能は、我が部でこそ有意義なのではないか、と認識しました」

その言い草に、ギャラリーの中からどよめきが起こる。半ば公然と引き抜きに言及した様なものなのだ。

「三多教官、貴女!」

「まぁまぁ、そんな恐い顔をなさらずに。それ程優秀な部員に先輩、顧問が揃ったなら、そうですね、一週間もあればP.E.未経験者をそれなりに仕上げる事も可能なのではないか、と思う訳です」

彼女の主張は合理性に乏しいと言わざるを得ない。いかにイクイッパとして優秀だろうと、一也が澄玲達を上手く指導出来るかは別であり、むしろ普通に考えれば出来ない可能性の方が高いのだ。そう、普通に考えたならば。

「それにしても、実習カリキュラムを無視する訳には!」

由紀は尚も食い下がるが。

「文科省の通達の中には、P.E.実習に関して部活動が授業に先行する事を規制する類のものはなかった筈ですが。部活動で未習熟な学生が事故等を起こす危険性を回避する為の、本来は自主規制に過ぎません。連絡会で申し合わせた為に、全国で実施されている、というだけで」

「植阪さん達は、正しく未習熟なのです」

「ですが、当部の様に多数の新入部員を擁するならともかく、そちらは三名でしょう?貴女と城田君、優しい先輩がマンツーマンで指導出来るのでは?」

どこまでも嫌みたらしい河澄。一年間、この教官と付き合うのかと、澄玲はうんざりした。何が気に入らないのか知らないが、この偏向ぶりは問題ではないのか?

「三多教官は、一週間で植阪さん達がP.E.を装着出来る様に、と要求しているのですか?」

不意に口を開いた一也に、その場に居合わせた者達の視線が集中する。

「そうね。別に出来ないなら出来ない、で構わないのよ?まぁ、一種の余興の様なものだし」

本来、教育の一環である筈の部活動で、あろう事か飛鳥に続き余興ときた。それならば、今日の模擬戦も余興か。

「…判りました。私としては、受けても構いませんが」

怒って良い筈の一也は、しかし淡々と了承した。

「城田君!?」

「下路教官、これは部活動をレベルアップする好機と考えますが。もちろん一週間、P.E.三機を優先的に融通して貰える筈ですし。細心の注意をもって、この一週間を有効活用すべきでは?」

機数に制限のある生徒用P.E.を三機、一週間毎日使用出来るのは、確かに魅力的ではあった。もしそのしわ寄せを被るとすれば、それは実戦射撃部だろう。

「そ、そうね。城田君の意見は判ったわ。それで、下路教官は?」

頬を多少引き攣らせつつ、由紀に訊ねる。

「…そうですね。判りました、一週間後をお楽しみに」

河澄に向け、皮肉げな笑みを浮かべる。

「そうですか。それでは、一週間後、井波さんと救難活動部一年生三人との模擬戦を行ないます。さぁ、部活動に戻って!」

河澄が宣言する。お開きとなり、ギャラリー達は小声で私語を交わしつつ立ち上がり、各々の活動に戻って行った。

「はぁ。城田君、ご苦労様。解除したら、シャワー室を使って。ところで、本当に大丈夫?植阪さん達を看られるの?」

「少し考えている事があるので、試してみたいのですが」

「そう?では、まず解除してきて。部活動を始めているから」

「はい」

一つ頷くと、踵を返し『試着室』へと歩いて行く。由紀は残った部員達へと向かった。

「状況は判っているわね?時間がないわ、さっさと基礎コースを修了しましょう?土日の活動申請も出しておくわ。競技は地上での『タッチ・オワ・ドッジ』になると思うから、とりあえず三分間、歩き続けられる様になるのを目標にしましょう」

言いながら、内心由紀は溜息をついた。全くの初心者イクイッパが三分間、生徒用P.E.で動き続ける事の困難さなど、身をもって知っていた。ある程度用途の限定された民生用の機体ならばいざ知らず、この学校が所有しているのは自由度の高い、すなわちイクイッパの練度次第で一也の様なマネも出来てしまうものなのだ。機体がイクイッパの心身に高い負荷を掛け、故障を引き起こす事態も、過去に数えきれぬ程報告されてきた。だからこそ、細心の注意を払っての指導が必要とされるのだ。

「判った?それなら立って。部活動開始よ!」

数度手を叩く。澄玲達は立ち上がり、いつものポジションへ移動していった。


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