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第一章 Ⅲ

 凛とした聴き慣れた女性の声が、骨伝導スピーカー越しに彼女達の注意を惹いた。

『降下後十秒以内に索敵輪形展開、十五秒以内に索敵情報集約開始。送れ』

一様に緊張した面持ちの彼女達中隊員は、素早く「了解」と返答した。要するに、輸送ドローンから降下後即座に輪を作り、発見した敵の情報を中隊長に送れ、という事なのだ。完全遮蔽のヘルメット内では、五十インチ換算の仮想スクリーンに様々な情報、映像などが表示される。今は下方にメニューバーと、複数のアイコンが表示されているのみ。それらを短時間見詰めるだけで視線が検知され選択状態となり、ポップアップメニューが表示されたり対応する機能が起動する仕組みだった。

 『了解』の声を聞きながら、城田しろた 久音ひさね、連合陸軍中尉は、メニューを視線で操作した。仮想スクリーン上に次々と中隊員十二名のステータスが、顔と共に表示される。全員が、未だ若い女性だった。その心拍数や呼吸数、脳波スペクトルなど、手早く確認してゆく。みな緊張はしているが安全域内に留まっており、作戦参加に支障のありそうな者はなかった。彼女達の兵装は、精神的な影響を少なからず受けるのだった。

「オーケー、輸送ドローンのバッチを表示」

スクリーン上に新たなウインドウが表示される。このヘルメットを装着していれば、視線と音声、どちらでもオペレーションが可能だった。彼女の全身を覆う、ハイテク素材と電子装備、各種アクチュエータで構成された現代のフルプレートアーマ、増力装置(P.E.)の一種である個人装備型装甲兵装(P.A.W.W.)と一体化されたそれには、頭部を始め全身数ヶ所に設置されたカメラや各種センサからの入力情報を元に、敵発見の警報などを表示する機能もある。彼女達は今、AI操縦の輸送ドローン、そのケージと呼ばれる狭い箱の中で静かに待機しているのだ。今、機内にいるのは全員女性であり、その理由はこのP.A.W.W.(パウ、などとも呼ばれる)の装着手イクイッパとなる資格にあった。

 新しいウインドウには、輸送ドローンへの指示が記されたスクリプトが表示されていた。その内容を簡単に説明するなら、『中隊の降下後六十秒間作戦域上空を旋回し哨戒任務を実施、のち朝霞基地へ帰投せよ』というものだった。その指示内容に問題がないのを確認し、何度かウインクするとウインドウは消えた。

『降下開始、三十秒、前』

女性の合成音声が、彼女の注意を惹いた。三十秒後、市街地で交戦状態に入った自分達を想像してみる。地上に蠢く蟻や蜘蛛型の、火星防衛軍(M.D.F.)に所属するバグスの姿まで、ありありと思い浮かべられる。それらは完全自動兵器で、M.D.F.の主戦力だった。そもそも戦場で、火星側の将兵と遭遇する可能性は非常に低く、戦う相手はもっぱらAIという事になる。

『降下開始、二十秒、前』

微かに機械音がし、体が前方へと傾斜し始めるのを感じる。ケージが降下の準備を始めたのだ。久音はマイクアイコンの一つに視線を送った。

「総員メインシステムオン。P.T.アイドリングスタート。兵装最終チェック」

P.T.とは、プラズマスラスタの事だった。部下への指示が済むと、他のアイコンへと視線を移す。現状P.A.W.W.のOSは、ごく一部の機能にのみ電力供給を行なっているが、いま視線の先にあるパワーボタン型アイコンがオンになる事で、全機能が目を覚ます。既に傾斜は停止しており、スクリーン上に開かれた最大のウインドウにはケージの縁に切り取られた、西日に照らされた市街地の俯瞰風景が表示されていた。更に、それを囲む様に五つのウインドウが現れ、上下、左右、背後の様子を映し出す。今、彼女は中空に吊られた状態だった。ケージ左右に設置された梁から伸びるアームによって。両手は、梁の先端から横に突き出したハンドルに掛けられている。P.A.W.W.の両手の平は電力線やデータ線のコネクタとなっており、中隊長権限ならば輸送ドローンの管制システムにアクセス出来た。

「オーケー。P.T.、アイドリング」

スクリーンに三つのメータが表示される。と同時に外部マイクがモータの唸り音を拾い始める。バックパックには兵装と共に三基のプラズマスラスタが、伸縮自在なアームを介し接続されている。背部兵装と衝突しないようそれらはいま、腰の辺りでアイドリングを開始していた。吸入口からコンプレッサで取り込んだ空気に高電圧を掛けてプラズマ化、ビーム砲よろしく電磁石で加速し後方へ噴射、推進力を得る。P.A.W.W.の中でも最も電力を消費する装備だが、これがなければ即応部隊の彼女達が高度四百メートルから降下し、そのまま自動兵器と戦うといった芸当は出来ない。彼女達は飛行というより、長距離跳躍の為の装置として訓練を積んできていた。弾薬のアイコンを見詰めると、装備している兵装と残弾数が表示される。彼女の装備はLM84A1とHM83A2、他にヒートナイフや対人用拳銃など。LM84A1はP.A.W.W.専用のアサルトライフル、グレネードランチャ付き。口径は8ミリで、二百発入り弾倉が装填されている。が、実際には弾倉は細く感じられる。グレネードランチャは口径五十三ミリ、複数種類の弾体が三十発余り。状況や作戦により使い分ける。HM83A2もまたP.A.W.W.専用のAMR(対物ライフル)だ。装弾数四十、口径二十ミリ。硬い装甲を貫通する事を最重要視している。前者は胸部に、後者は背部にマウントされている。標準的といってよい装備だった。

『降下開始、十秒、前。九、八』

合成音声が『五』を数えたところで。

「総員、P.T.ドライブ!」

指示と同時に、自らもアイコン操作で言葉通りにする。モータ音が一段高まり、前方への圧力を感じた。カウントダウンが『1』になる。

「総員固定解除。シュート」

言いつつハンドル横のボタンを押し込み、同時に前方へと押しやる。スクリーン上に『00:00:00』のタイムカウントが表示され、アームから解放された体は、更なる前方への圧力を感じ。取っ手を後方へ押しやる様に、滑らかに彼女は中空へと身を躍らせた。彼女に続く様に中隊員達が輸送ドローンから姿を現す。後頭部のカメラには、かつての無尾翼爆撃機状の機体が、後部を見せつつ遠ざかるのを捉えていた。同機は六十秒間、上空から自分達を見守ってくれる事になるのだ、撃墜される様な事さえなければ。


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