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第四章 Ⅵ

 救難活動部の部室は実技場西側、ボルダリングの壁の横にあり、狭く感じられた。実際に扉を開けて見渡してみれば、内部は倉庫の様で更に狭苦しく感じられる。中央のテーブルを挟んで両壁際に据えられた金属棚には人形や、その他よく判らない機械等が置かれている。更に部屋の隅には、あの背負子の様なバックパックも何台か置かれていた。同部には優先して使用出来るP.E.は割り当てられていない為に、部活動で使用出来る機体が割り振られる毎に装着後、部室まで来て背負子を装着するのだ。テーブルの向こうには、戸惑いを隠しきれない表情の光理が着席していた。

 ノック音が聴こえた時、テーブルの奥側で光理はノートパッドに向けられていた面を上げた。そこには憂鬱が張り付いていた。一也に入部を断わられたあと、彼女なりに更に動いてはみた。部に所属していない下級生達にも何人か声を掛けてみたが芳しい成果はなく。ならば幽霊部員に、と、あれこれと手を尽くし(教室に張り付く、メッセージを複数回送る、等)コンタクトを試みたが、悉く避けられていた。顧問にしてからが、既に諦めムードを醸し出していた。それでも彼女は、自分の代で部を終わらせたくないと、新たな勧誘相手を探していたのだった。そんな自分の胸中にも、諦めムードが広がりつつあるのを痛感しながら。

「一年の城田です」

その声に一時、光理の表情が和らぐ。しかしすぐに、それは困惑に取って代わられた。あれほど取り付く島もなく入部を断わっておきながら、今更何の用件だろう?

「あ、はい、どうぞ」

それだけ答えるのが精一杯だった。

「失礼します」

扉が開き、入って来たのが一也だけでない事に、困惑は更に深まった。

「失礼します」

「この前はどうも」

麻寿美と澄玲も会釈しつつ入ってくる。事情が呑み込めないながらも、光理は立ち上がった。

「救難活動部へようこそ。何かご用?」

右側を示しつつ。四脚の折り畳み椅子があった。三人は奥から一也、麻寿美、澄玲の順に着席した。光理の着席を待ち、一也は静かに切り出した。

「実は、入部の件ですが。この三人で話し合った結果、全員で、という結果になりました」

思いも掛けない申し出に、目元に困惑を残しながらも光理の口元は微笑みを形作った。

「あら、そうなの?」

「はい。それで、この条件で良ければ入部を希望したいのですが」

何がどうなって、二週間余りの間にこうなったかは想像もつかないが、もちろん彼女にとっては願ってもない話だった。

「それはもちろん構わないのだけれど。城田君はともかく、あの、二人はP.E.の経験は?」

先日話をした時には名乗っていなかったのを、澄玲達は思い出した。暫し視線を交わし。

「植阪澄玲です。経験はないです」

「朝野、麻寿美です。同じくありません」

「そうなの。では、夏休みの基礎コースからね?」

「それなんですが」

麻寿美が大きく身を乗り出した。顔立ちに不釣り合いと思える様な積極性に光理は違和感を覚えた。

「な、何、朝野、さん?」

「今のうちから、P.E.の扱いに慣れておきたいのですが」

真剣な表情の麻寿美に、しかし光理は難しい表情をした。

「うーん、それはちょっと。部活動も授業カリキュラムに従属するから、経験のある子でも一般の一年生は一学期、基本的に体力作りや座学、それと先輩達の実技を見学している事だけなの。まして基礎コースもまだ、となると」

「そう、ですか」

伏し目がちに、麻寿美は身を引いた。

「あ、でもね!P.E.を扱わないなら、基礎コースで学ぶ事は全て教えられるわ!その習熟度次第ではね、顧問が認めれば夏休みの基礎コースは免除になるの」

取り繕う様な光理の言葉も、麻寿美を元気づける事はなかった。彼女は夏休みが基礎コースで潰れる事を嫌っている訳ではないのだ。澄玲の苦手な、重い空気が漂い始めた。しかし、麻寿美と同じ立場の彼女にはここで口にすべき言葉が思い浮かばない。ハラハラと、周囲を見回していると。

「…今のうちに基礎コースを履修しておけるのは好都合だ。座学はともかく、P.E.をまともに扱うには、心と体をコントロール出来る事が重要だ。これはそう簡単に身に付くものではない。今のうちに体得しておければ、二学期からはすぐにでもP.E.が装着出来る様になれるかも知れない」

一也が述べたその内容は、殆どが機動歩兵隊員からの受け売りだった。ブラックオーガを短時間で稼働させられる所まで持っていった彼には、今一つピンと来なかったが。それでも、そういうものなのだろうと理解していた。光理が瞳を煌めかせる。

「そう、城田君の言う通りだわ!さすがは特待生、良い事言うわね!」

「そうか」

一也は相変わらず淡泊だった。

「朝野さん、P.E.に関しては顧問と私、そして城田君とで精一杯サポートするわ。それは約束します。それでね。この前お話ししたかも知れないけれど、この部でP.E.を扱うのは、全活動の半分未満なの。その前に、生身で色々と覚えて貰わなければならない知識や技術があるから。それでね」

光理は一旦言葉を切ると、三人を見較べた。

「私達がこれから学んでゆく知識や技術は、部の名前からも判る通り全て、救助を必要としている人の生命に直接、関わる事なの。だからもし、面白半分で部活動に参加するのなら、幽霊部員でも構わないから二度と参加しないで、お願いだから」

室内に沈黙が落ちてきた。壁向こうからの部活動の音が、嫌に大きく響いてくる。一也は一人、なるほど、それなら部活動をしなくて良いのか、などと考えた。魔王だった時には、彼の場合間接的にだが多数の人命を奪ったのだ。それを今更、人を救う術を身に付けてどうするのか?と、そこで、造物主とやらのアドバイスが脳裏を過ぎる。それまでの自分と、正反対の事をしてみる。そうだ、だから自分はあのアントを破壊したのではなかったか?あれで何かが判ったのか?何とも言えない。ならば、続ければ何かが見えてくるのか?

「どう?まぁ、あまり深刻に考えないで。私も先輩の受け売りだから。でもね、いつも肝に銘じているの」

「なるほど、同類か」

機動歩兵の受け売り、というのが同じだと、単純に感じたのだが。

「え?」

「ふむ?いや」

光理の驚いた様子に、何かまずい事を言ったか、と、一也は誤魔化した。

「…判りました。部活動には真剣に取り組んでゆきます」

意を決した様に、麻寿美が頷く。

「有難う。植阪さんは?」

「は、はい。頑張ります!」

これまでの印象からは想像も出来ない、光理の見せた凄味とも言うべきものに気圧されながら、澄玲も。

「そう、頑張って。それで、城田君は?」

一也に光を放つ様な双眸を向けてくる。返答はもはや決まっていた。

「…二人に同じく」

一つ頷く。光理は満面の笑顔で、頷き返した。

「有難う!では、入部の手続きね。各人のC.T.を出して、学校アプリを起動して…出来た?部活動のアイコンがあるでしょ?それを押して、『部活動』の入力フィールドに触れるとプルダウンメニューが出るから、『救難活動部』を選んで、そう、あとは、『入部』ボタンを押すだけ。隣の『退部』ボタンは、今は無効になっているけれど、こちらで退部の手続きをすると有効になるわ。まぁ、そうならない事をお願いね」

光理は笑顔だが、どことなく恐い。三人が入部希望手続きを済ませたのをノートパッド上に確認すると、光理は入部を認める処理を行なった。これで晴れて三人は救難活動部新入部員となったのだ。この通知は、同時に顧問のところにも飛んでいる筈だった。ノートパッドを置き、光理は改めて三人を見較べた。

「さて。それじゃ、本格的な活動は明日から、という事にして、どう、今日はちょっと見学してみない?ああ、城田君はP.E.装着でお願い出来るかしら?一緒にクライミングをしてみない?多分、今からでももう一機くらい調達出来ると思うから」

「良いのか?一年生は」

言い掛けた一也を、P.E.使用追加のアサイン処理をノートパッド上でしつつ、首を振り黙らせる。

「君は特待生でしょ?他のクラスの特待生達はもう普通に装着して部活動に参加しているわ。それだけの実力があると認定されているって事だから」

「そうなのか?」

「さ、確保出来たわ。それじゃ、行きましょうか!」

ノートパッドを置くと、光理は元気よく立ち上がったのだった。


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