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第四章 Ⅴ

 昼食時。勉強会グループの三人は、食堂の片隅のテーブルを占め食事を摂っていた。

「とりあえず、三人とも定期試験デビューは上手くいったみたいだから乾杯しましょ?」

澄玲の発案で、彼女と一つ頷いた麻寿美がそれぞれ購買で購入した清涼飲料のパックを掲げる。一也も二人に倣い購入していたが、意味が判らず二人の様子をただ見詰めていると。

「ふふふ、城田君も、私達と同じ様にして」

小さく笑いつつ、麻寿美が促す。今ひとつ事情が呑み込めないながら、一也もパックを右手で掲げた。

「良い?それじゃ、中間試験終了と、三人の健闘を祝って、カンパーイ!」

澄玲の音頭に合わせ麻寿美も小さく呟く。パック同士がかち合わされるが、一也はただ固まったままだった。

「城田君も、カンパーイ!」

促す様に麻寿美がかち合わせてくると、一也は小さく「乾杯」と呟いた。麻寿美達がパックを口に運ぶのに合わせ、清涼飲料を少し、口に含む。パックをテーブルに置き拍手をする二人に、一也も合わせワンテンポ遅れて小さく手を叩いていると。テーブルの上に三つ、影が射した。

「なになに、試験結果がちょっと良かったぐらいで盛り上がっちゃってるの!?」

ダサ、と哄笑混じりに、一年生の女子生徒が三人を見回してくる。

「?何だ?」

一也は三人を見た。いま声を掛けてきた生徒に、腕を組み挑戦的な視線を向けてくる生徒と、その背後でおろおろと両者を見較べている生徒。三人を見た麻寿美の視線が、下がり気味になる。

「あれ、遅れてきた特待生には判らない?私は一年三組の高宮たかみや ゆい。こちらが一年一組の朱雀院飛鳥さんと、井波三和さん。みんな特待生よ」

大袈裟な手振りで、声を掛けてきた生徒が紹介する。特待生、という部分で声を一トーン上げた。

「そうか、丁寧に有難う」

礼儀正しく、小さく会釈をしてみせる一也。唯は肩透かしを食らった様に白けた表情をした。

「城田さん、よね?貴方、勉強の方も結構やるようね?」

交代に、今度は飛鳥が口を開いた。

「この三人で勉強会をした成果だ。特に、ともっちには世話になった」

麻寿美を指さしながらの一也の言葉に、困惑の表情を浮かべつつ麻寿美は心なしか頬を赤らめた。

「ともっち?朝野さん、そんな呼ばれ方しているの?仲が良いのね。だったら代わりに、運動やP.E.の扱いは城田さんのお世話になったら?きっと、助けがいるんじゃないかしら?」

麻寿美は一時、視線を上げた一也を見遣り、また下げてしまう。

「ふむ、我に出来る事なら構わないが?」

飛鳥の言葉に隠された棘に気付かず、一也は麻寿美を見遣りつつ簡単に請け合った。

「あら、余裕ね?『タッチ・オワ・ドッジ』、見せて貰ったわよ。確かに、大したものだったわ。でもね、特待生なら一般生徒に対して、あの程度の差は当然なの。その点は弁えているかしら?」

「当然?つまり、貴女も一般生徒と行なえば、あの程度は容易いのか?」

「もちろん!そうね、例えば…朝野さん、それとも、ともっちの方が良いかしら?貴女は基礎コースから始めなければならないから夏休みは大変でしょうけれど、二学期になったら是非とも模擬戦のお相手をしてね?特待生というものを良く理解させて差し上げるわ」

入学までにP.E.の扱い経験がない生徒達を集め、夏休み中に二週間余りの講習が行なわれるのだが、これを基礎コースと呼んでいた。

「そうか。それまでに教えれば良いのか?」

「そうね。まぁ、朝野さんに教える価値があるかどうか、は判らないけれど。勉強は出来ても運動は残念な様だし、B.E.適合値にしても合格ラインギリギリだったとか。落胆しなければ良いわね」

入学試験の結果等は非公開だが、どういう訳か情報が生徒間で流れるのだった。

「そうなのか?」

彼にしてみれば、B.E.を見る限り飛鳥達と麻寿美に大差があるとは思えなかった。彼はもちろん知らないが、B.E.適合値は特待生で百以上、一般生徒では八十~九十九の範囲とされている。二度計測し算出した平均値がどちらに含まれるかで、生徒達の将来は変わってくるのだ。進学や就職、特に就職の点で有利なのはもちろん、特待生で居続けられる限り、学校は一定額の奨励金を月毎に積み立ててゆく。それは卒業時点で与えられる事になっていた。これはたとえ退学となっても消えず、だから上手くすれば借金を抱えるどころか手元に残った奨励金で人生の再出発も可能だった。もちろん在学中に特待生となる可能性もあるが、進級する毎にハードルは格段に高くなるためめったにない。逆に在学中に特待生資格を失えば、奨励金は消えなくとももちろん積み増しはされない。ちなみに一也のB.E.適合値は百六十を越えており(これでもかなり苦労して抑えた結果だが)、機動歩兵隊員の平均が百三十前後なのを考えても、よほどのやらかしをしない限りは(もちろん学業成績を維持出来る事も求められるが)特待生でいられ続ける筈だった。

「まぁ、貴方がどうして特待生になれたか不思議だけれど、同じ特待生同士、これから何度もクラスを代表して相対する事があるでしょう。是非ともそれを少しでも長く楽しみたいわ。だから退学になったりしないでね。ちゃんと、付いてきて欲しいものだわ」

「もちろんだ。卒業する為に入学したのだからな」

言って、力強く頷く一也。飛鳥は少々鼻白んだ。彼に皮肉は通用しないのだ。

「あらそう。それでは、これでお暇するわ。食事中にお邪魔様」

言って踵を返す。それに続く唯は、一也に一瞥くれると、ふんっ、という風に向き直った。最後に三和が、ご免なさい、とばかりに深々と頭を下げ、最後尾に続いた。嵐が去り、それまで固唾を呑み事の成り行きを見守っていた生徒達の話し声が、少しずつ戻ってくる。

「何なのあれ、ホント、何なの!?」

怒りに声を震わせたのは澄玲だった。楽しい一時を台無しにされたのだ。しかも幼馴染みを侮辱された。本来ならば、本人に直接怒りをぶつけられれば良かったのだろうが。特待生という言葉の重みに臆したのか。そんな自分が情けなく、うっすらと涙すら浮かべる。

「どうしたのだ?」

初めて見る澄玲の表情に、一也は興味を覚えた。

「どうした!?城田君判ってるの、あの特待生達にバカにされたのよ!?それも、ともっちまで巻き添えにして!」

テーブルの上で固めた両手の拳が震える。しかし一也の表情は微塵も揺るがない。

「バカにされる謂れはないが。いずれは優劣も明確になるだろう。その時を楽しみにしよう」

自信に満ちた様な一也の言葉。それは澄玲と麻寿美には頼もしく、実際には未知の相手に対する興味の表明に過ぎないのだが。何度も言う通り、彼は既に機動歩兵一個小隊相手に互角以上に渡り合う技量を身に付けているのだ。それも、より扱いの困難な機体を用いて。機体性能による所はあるにせよ、少なくとも教官を含め、この学校中に彼とさしで互角に渡り合えるイクイッパなど皆無なのだ。彼がそれに気付くまで、さして時間は必要としないだろう。

「…城田君、良いかな?」

それまで沈黙を守ってきた麻寿美が口を開いた。どことなく思い詰めた様な響きがあった。

「ふむ、何か?」

「さっき言っていた事、本気?」

「ふむ、何の事だ?」

「P.E.の扱いを教えてくれる、って」

「ああ、そうか。我に出来うる限りは」

「そう。ならお願い、手伝ってくれる?」

澄玲は瞠目した。麻寿美がこれほど真剣に、自分以外の誰かに願い事をする様を目にした事がなかったのだ。

「ふむ、構わないが。しかし、そうなると基礎コースの後、という事になるか?」

そう言う一也に、麻寿美はきっぱりと首を振った。

「一学期中からじゃないと遅いと思う。朱雀院さんに少しでも早く追いつきたいの。もちろん、簡単じゃないでしょうけれど。とにかく、早く始めないと。だから、あの話、私は受ける」

あの話、とは、食堂までの道すがら話していた事だと、澄玲は気付いた。

「え、救難活動部に入るの?」

麻寿美は小さく頷いた。一也は僅かに、嫌そうな顔をした。そもそも澄玲達を巻き込んだのは、部活動を回避する為なのだ?

「部活動をする必要があるのか?」

「そう。そうでないと、この時期にP.E.は扱えないでしょう?そもそも教官の監督下でなければならないし。その点、救難活動部ならクリア出来るわ。天野先輩なら、きちんと面倒を見てくれると思う」

言って、一也へと視線を移す。

「こういう事だから、私は救難活動部入部の件、OKだよ。あちらがどうかは判らないけれど、話してみる。あとは植阪さんだけれど」

そう水を向けられ、澄玲は内心頭を抱えた。いつものフワリとした雰囲気が払拭されるほど、飛鳥の侮辱に業腹なのだ。こうなれば梃子でも動かない事は重々承知していた。事ここに到り、自分だけのらくらと逃げる訳にはいかない。

「うぅ、判った。ともっちがそこまで真剣なら、私もOK」

そして二人の視線は一也に集中した。彼にしてみれば想定外であり心外だったが、自分の提示した条件が満足された以上、少なくとも光理に入部希望の件を話さなければならないのだろう。あとは麻寿美達の入部が認められない可能性に賭けるしかないが。

「…ふむ、二人が同意ならば、放課後にでも話をしに行くか」

「そうだね。部室を調べておかないと」

真剣な目差しで麻寿美は頷いた。部室はサーバにアクセスすればすぐに判る。とはいえP.E.関連ならば実技場に併設されているのだ、あとは直接向かっても判るだろうが。

「朱雀院、飛鳥」

その名を口にするや、苛立ちらしきモヤモヤが胸中に湧き上がるのを一也は感じた。その後、三人は大急ぎで昼食をかき込んだのだった。


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