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第四章 Ⅲ

 中間考査が終わって初の土曜日だった。さすがにこの三週間余りは中止していたアルバイトを、亜矢は再開した。送られてきた相手のプロフィールからは、特に悪い感じは受けなかった。三十代半ばの男性で(稀に女性という場合もあった)、P.E.関連で有名なサイバー・コンステレーション(C.C.)社の開発部門で働いているらしい。同社はベンチャー企業で、二十年近い歴史を持つ。主として危険物を取り扱う工場や教育現場等に導入される機体を開発、製造していた。ちなみに、国立東京高等職業訓練学校でも導入している(京都ではまた別の会社製らしい。産業育成の為でもあるのだろう)。笑顔が好ましく思え、第一印象は上々と言えた。指定された喫茶店で先に待っていた男性と、亜矢はテーブル越しに挨拶を交わした。

「やぁ。今日は宜しく」

「こちらこそ」

二人は着席した。さりげなく、亜矢は髪を掻き上げつつ髪飾りに触れた。男性の主導で会話は始まった。

 最初の十分余り、彼の仕事の話から学生生活の話題等で盛り上がった。学校名等には触れなかったものの、彼女も多少口が軽くなった様だ。雲行きが怪しくなり出したのは、男性が亜矢の住所を聞き出そうとし始めた所からだった。内心気味悪く思いながら、はぐらかそうとした。それでも食い下がられると、内規で個人情報を教えるのは禁止されている、と嘘をついた。すると、一旦は引いた男性だった、が。今度は、異性関係や性生活に関する様な事をあけすけに訊ねてきたのだ。その聞くに堪えない内容にパニック状態となりかけながら、亜矢はグラスの水を男性に浴びせると、喫茶店を飛び出したのだった。髪飾りにはカメラとヴォイスレコーダが仕込まれている。たとえクレームが来ようと、問題はない筈だった。


 中間考査期間明けの月曜日。朝のホームルーム前の一年二組では、悲喜こもごもの嬌声が上がっていた。午前八時には科目毎と総合の順位表が公開されていたのだった。一年生の場合、入学後初の定期考査ならば順位予測は困難だったが、それでもいやが上にも注目を集める生徒がいた。もちろん一也だった。この時期の授業内容といえば中学課程の復習に毛が生えた程度とはいえ、一ヶ月の遅れをものともせず、総合で九十八名中十位の成績を収めたのだ。

「うわぁー、やったじゃない!P.E.だけじゃなく勉強も出来るとか!」

ノートパッドを見つつ、やっかみ半分で澄玲が一也に話し掛けると。

「そうか?朝野さんは三位だが?」

同じくノートパッドを見つつ一也。彼にしてみれば、順位など進級に支障がない程度で充分なのだったが。

「まぁ、ともっちはね。私も一緒に勉強した筈なのになぁー」

「ともっち、誰だ?」

会話の流れを考えれば判りそうなものだが、一也は思わず訊ねていた。

「え?ああ、朝野さんの渾名。頼朝の『朝』の字と一緒だから」

頼朝、と聞いて、一也の脳裏に武士の肖像画が浮かぶ。この人物か、と納得した。

「そうか、ふむ。ところで、三十九位は良い方なのか?」

総合順位表の中に澄玲の名を見出し、訊ねる。

「中の上よ。まぁ、一年間このくらいをキープ出来れば、少なくとも勉強面では充分進級出来るかな」

問題はP.E.関連よね、と、暗い気分になってくる。そこへ行くとこの編入生は、と、一也に恨めしげな視線を投げ掛ける。そんな事に気付く筈もない一也は。

「そうか…ところで、周崎亜矢といったか、貴女達の幼馴染みは?」

「え、スーさんがどうかした?」

ノートパッドに目を落としたまま訊ねてくる一也に、澄玲もノートパッドを見遣る。その名が表示されていたのは、総合順位表の七十八番目だった。

「あちゃー!」

思わず澄玲は短めの髪を右手で掻いた。

「どうした、まずいのか?」

一也が顔を上げる。

「うーん、他にも要因があるから何とも言えないけど…勉強に限って言えば、一年間このままだとかなりギリギリ、じゃないかな?進級出来ないと退学だから、せっかく今稼いでるお金、なくなっちゃうかも!」

卒業出来なければ、学校生活にかかった費用は全額返済となるのだ。恐らくは借金を背負う事になるだろう(無利子なのがせめてもの救いか)。

「そうか、大変なのだな?」

「かなりね」

「それなら、ともっちに勉強を見てもらえばどうだ?」

「え?」

一也の言葉に、思わず澄玲は少々間の抜けた声を上げてしまった。朝野さんから、いきなりともっち、なのだ。距離の詰め方が急速過ぎると感じた。彼の理解した所では、渾名とは単なる別名に過ぎないのであり、そこに情緒が伴うなどとは思いも付かない。

「出遅れた我でさえここまでの成績を収められたのだ、充分な筈だが?」

自分の提案が意外だったのかと、補足の言葉を追加する一也に。

「ううん、そうだね…確かにね…」

澄玲の言葉は尻切れトンボとなり、表情は翳っていった。現状で亜矢がそれを受け入れる事は、とうていないと判っていた。


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