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第四章 Ⅰ

 第四章

 一学期の中間考査は六月二日から五日間実施される。その前の週、五月二十六日から部活動は禁止となった。もちろん所属する部のない一也にとってはどうでも良い事だった。それはまた、澄玲達も右に同じ、だった。何しろ放課後に勉強会を開いていたのだ。彼女達が部活動をしないのは、多分に当校の特殊性に起因する所が大だったが。

 五月二十六日の放課後、いつもの様に保健室を訪れ、用件を済まし出た所で、一也を聞き馴染みのない声が呼び止めた。

「城田、一也君よね?」

そちらへ視線をやれば、やはり見知らぬ女子生徒がこちらを見ている。襟章から二年生と判った。中背で少しぼっちゃりめ、愛嬌のある顔立ちをしている。

「…どなたですか?」

静かに訊ね返され、二年生は慌てた。

「あっ、ご免なさい。私は二年生の天野光理あまの ひかり

「そうですか」

会釈をし、足早に一也は立ち去ろうとする。入学から二週間と少々、二年生との接点はない筈だった。彼の名前を知っていたのも当校唯一の男子生徒ならば、データベースで簡単に探せるだろう。光理は更に慌てた。

「ちょっと待って!話を聞いて欲しいの!」

「友人を待たせていますので」

けんもほろろな対応。元魔王ヴォイドにしてみれば、人生(魔王生?)で二度目の試験に備える事こそ現状で最もプライオリティの高い案件だった。これで一定程度以上の成績を収めなければ、この学校にはいられなくなる、というのだ。この世界に転生してせっかく与えられた人生の指針を手放すつもりはなかった。その為ならば、一刻たりとも無駄には出来ない。一顧だにせず立ち去る彼を、光理は半ば呆然と見送るよりなかった。

 光理とは、翌日も会った。しかし一也一人ではなく澄玲達と一緒で、しかも寮への遊歩道の上でだった。

「何なのでしょうか?」

一同会釈をしたあと、警戒感も露わに一也。澄玲が彼の耳元に口を寄せる。

「知ってるの、この先輩?」

「天野光理さんだと」

そんな、小声での遣り取りをよそに、麻寿美が口を開いた。

「あの、城田君にご用ですか?」

三人の事を、どこか思い詰めた様に見詰めていた光理が、躊躇いがちに口を開いた。

「その、聞いて欲しい話があって」

「救難活動部に関してですか?」

そう訊ねたのは一也だった。昨日光理は部活動の事で養護教諭に相談をしに保健室に赴き、偶然一也と遭遇したのだ。部活動の性格上、蘇生術や応急措置、ある種の薬品等に関する知識は必須なのだ。部活動自身は中止となっているが、簡単な相談なら問題はなかった。光理は小さく頷いた。

「そう…話を聞いて欲しいの」

「概要は助手さんから聞きました。部が存続の危機とか?私に話しておいて欲しい、という事でしたが、私と何の関係が?」

相も変わらず、取り付く島もない。光理は完全に俯いてしまった。また、あの澄玲の苦手な空気が流れ出す。あの、一也にとって初日の朝、あのHRの様な、息のつまる空気。それを変えたければ、やはり自分でどうにかするしかない。

「あのっ!天野先輩、私達これから学習室で勉強会なんですけどっ!ここでは何ですし、寮でお話ししませんか!?」

わざとらしく明るい声で提案する。寮生達が何人か、四人をチラ見しながら通り過ぎって行った。

「我に話す事はないが?」

少し迷惑そうに一也が言うが。

「でもさ、あれよ!一度、全部話を聞いてから断わっても、遅くはないんじゃない!?それなら先輩も諦めが付くかもよ」

取りなす様な澄玲に、麻寿美も同調する。

「そうね。とりあえず、一度きちんと話を聞いてみた方がよいかも」

「む、そうなのか?」

一也の問いに頷く二人。彼としては、学校生活で必須とされる活動以外には力を割く気になれなかった。四年間をきちんと生活する以外には興味が持てない。任意の部活動など論外なのだが。ここまで二人に薦められると、一考しない訳にはゆかなかった。

「…ふむ。ならば、学習室に行きましょう」

光理の表情が明るくなる。

「良いの?有難う!」

頭を下げる光理を後目に、一也は寮へと歩き出したのだった。

 救難活動部は、学校創設より数年後に創部された。当時P.E.は軍事や警察のほか、消防の現場等にも投入され始めていた。今とは様相が異なるが、当時の消防署などはやはり男の現場であり、バッテリ駆動によるP.E.が主に活躍していた。充電施設や予備バッテリの調った市街地等で活躍するには、それで充分ではあった。しかし、全国で毎年数百人と遭難者を出す山岳地帯、特に冬山ではやはりジェナイト基盤を電源とするP.E.が有用とされた。険しい山岳地帯を管轄とする警察署等には、専門のP.E.部隊が編成された。もちろん女性ばかりの。就職先として決して大規模ではないが、採用率の高さを見込み、同部は活動を開始したのだった、が。

 当校はその性質上、P.E.関連の部活動が重要視されている。一般的な高校の様に運動部、文化部もないではないが、予算や部室、その他学校の様々なバックアップの面等で、肩身の狭い思いをしている。その点においては、救難活動部は一応P.E.を活用する部ではある。しかし、活動内容は何とも地味だった。時勢もあり、射撃や格闘、サバイバルゲームの様な大会に注目が集まり、ただでさえ生身での人命救助訓練や、P.E.装着でも壁登りや降下の様な訓練ばかりの同部で、真面目に活動しようという学生は少なくなった。出場出来る大会もないではないが、部活動の内容が丸ごと評価される様なものはない。あくまで壁登りであるとか、主旨が変わってくるのだ。自然、幽霊部員の巣窟となり、実質的に活動しているのは光理一人、という有様で、このままゆけば来年には廃部の決定が下されるのは火を見るより明らかだった。

 双眸に涙を溜めながら、光理は部の歴史から現状に至までを語り終え、一息ついた。

「ご苦労様です」

麻寿美が、ウォータサーバから汲んできたミネラルウォータを差し出す。「ありがとう」と小さく呟き、光理はそれを口に運ぶ。一気に飲み干した。光理が一息つくのを見て取り、一也は口を開いた。

「お話は伺いました。これから勉強会を始めますので、お引取り下さい」

あくまで真面目顔でそうのたまう一也に、三人は少々面食らった。彼にしてみれば光理の願う通り話は聞いたのだ、他に何の用があるのか、という事だったが。

「えっと、本気?」

「本気、とはどういう意味だ?」

斜向かいで困惑する澄玲に一也が問う。短い付き合いながら、彼がはぐらかしや意地悪で問いを発したのでないだろう事を澄玲は理解していたが。

「いや、天野先輩が、ただ話を聞いて欲しいだけだと、本気で思ってたの?」

「?他に何かあるのか?」

「えっと、話を聞いた上で、頼みたい事があるんじゃない?」

言いつつ麻寿美に視線を送る。

「その、城田君に、入部して欲しい、って事だと思う」

やはり困惑した表情で、斜向かいの光理に視線を送りつつ右隣の麻寿美が。光理も機械仕掛けの様に何度も頷く。「ぜひ、当部に来てくれないかしら。まだ部活動を決めていないんでしょう!?」

顔立ちには不釣り合いな大声だった。テーブル越しに正対する一也の、テーブル上の手を取ろうとするが、素早く引っ込められた。

「部活動をするとは決めていません。学業優先ですので」

彼にとって学校生活とは、授業を受け、定期考査で平均点以上を取り、進級、卒業する事だけだった。それ以上の何かが必要とは思われないのだ。学生時代をエンジョイする、という概念が存在しない以上、それは当然の事だったろう。虚しい両手をおずおずと引っ込めつつ、光理は翻意を促す様な言葉を探していたが、部活動を迷っている様な素振りもなく言い切られては、もはや彼女に次の一手はなかった。

「…そう…判ったわ。時間を取らせてしまってご免なさい」

俯きがちに立ち上がると、光理は扉へフラフラと足を向けた。扉が開かれた時、向こうに一年生が二人、立っていたのが澄玲から見えた。二人は慌てて光理に会釈をすると、しかし光理が去った後も入室するでもなく何か小声で囁き合っている、こちらをチラチラと見ながら。そして扉を閉めた。澄玲には、それの意味する所が何となく判った。思わず、悪戯っぽい笑みが浮かぶ。

「…ねぇ、本当に良かったの、勧誘を断わって?」

斜向かいの一也へと、身を乗り出しぎみに訊ねる。

「ふむ。言った通り学業優先だ。試験に集中しなければならない」

賛意を求める様に麻寿美を見るが、彼女は曖昧な笑みを浮かべるばかりだった。

「そりゃ、今はね。でもさ、学校生活って、それだけじゃないと思うなぁ」

「そうねぇ。部活動も、学校生活の一部かなぁ」

澄玲と、それをフォローする様に麻寿美。二人は光理に同情的なのだ。

「そうなのか?貴女達も行なっているのか?」

その問いに二人は顔を見合わせ、苦笑しあった。二人が部活動に励んでいたなら、ずっと勉強会など開いている筈はないのだ。

「ああ、私達は、ちょっと、ね。天野先輩も言っていた通り、ここってP.E.関連の部活動ばっかり目立つのね。私達って、そういう人達と本気度が違うの。こう言ったらなんだけど、ここに合格出来た理由が今でも判らないぐらいで。そこへ運動部や文化部って、ちょっと下に見られてるみたいで、入る気になれなくて」

「気にする必要ない、って言われそうですけどねぇ」

知らず、二人の口から溜息が漏れる。

「そうか」

正直なところ、一也にはどうでも良い話だった。話は終わり、とばかりにノートパッドを弄り出すが。

「ねぇ、城田君。さっきの誘い、乗ったら?」

面白げな澄玲の声に、一也は頭を上げた。

「なぜだ?話は終わった筈だが?」

澄玲を見れば、意地悪そうな笑顔が目に入った。

「でもね。明日になったら、気が変わるかもよ?」

「どういう意味だ?」

一也の表情が険しくなる。何日経とうと、自分の意思が変わる事などない筈だ。いや、あるいは、精神操作の魔術を得意とする者がこの学校に存在するのか、と。澄玲はさっと視線を外し、わざとらしくノートパッドを弄りだした。

「明日になれば判るんじゃない?さー、勉強勉強!」

らしからぬセリフを口にするのだった。


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