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第三章 ⅩⅠ

 翌日、一也のやらかした一件に関しては既にかなりの範囲まで噂が広まっていた。寮内における情報拡散のスピードは校舎内に引き継がれ、朝のホームルーム前の時点で四年生から一年生まで、ほぼ全ての生徒が知っていた。

「へぇー、大胆!」

C.T.でその情報に触れた時、澄玲は思わずそんな、暢気な感想を漏らした。教室内には、この事に関してだろうひそひそ声と、彼に向けられる曰く言い難い視線が溢れていた。もっとも、当の本人は何事もなかった様にノートパッドに視線を落としているが。むくむくと、澄玲の中に悪戯心が湧き上がってきた。立ち上がると、彼の机へ向かう。その傍らに立つと、一也は顔を上げた。

「何か?」

問うてくる一也に、ニヤけつつ澄玲はC.T.を差し出した。

「城田君も大胆よね!四年生にこんな事するなんて!」

C.T.の表示内容を一読し、一也が顔を上げる。全く表情に変化はない。

「それに関しては誤解による過失だと寮母さんも了解済みで、謝罪も済んでいるが?」

まだ何か、と言いたげな口調。事情を聞き終え、あやねは館内放送で四年生に学習室へ集合するよう指示し、一也を連れて行った。そこで一也は誤って脱衣所の扉を開けてしまった事を説明し、謝罪の言葉と共に頭を下げた。それでも四年生の中には不満そうな表情を浮かべる者達もいたが、あやねが「この話はこれでお終い!」と、終了宣言を出してしまえばもはや抗議は出来なかったのだ。今度は逆に、澄玲の方が返答に窮してしまう。暫しの沈黙。それをどう受け取ったか、一也が。

「…もしかしたら、あの時学習室に集った面々の中に、貴女の関係者がいたのか?ならば改めて謝罪させて貰う」

言って頭を下げてくる。澄玲の中に、急速に罪悪感が湧き上がってくる。彼女は一也を糾弾したかった訳ではないのだ。四年生に知り合いもいない。ただ照れたり動揺する顔が見たかっただけなのだった。ただの悪戯心。しかしそれが、一也に頭を下げさせてしまった。いたたまれなさが、彼女の胸を締め付けた。

「あー、良いの、もう。もう済んだ事でしょ?もう、気にする必要、ないんじゃないかな?」

「そうか?」

言って一也は、再びノートパッドに視線を落とした。とぼとぼと自分の机に戻りながら、内心澄玲は自分を罵倒した。この卑怯者!あの、自分はもう赦してあげる、とでも言いたげな言い草は何だ!力なく着席し、彼女は頭を抱えた。今後一切、安易なちょっかいは、こと一也に関しては慎もう、と心に固く誓ったのだった。


 煩わしい事に、放課後一也は生徒指導室に呼ばれた。澄玲達には先に学習室へと行っておいて貰い、ノートパッドの校内図を頼りに一也は一人で赴いた。扉を開けると、そこには裕と河澄の姿があった。

「ああ。時間を取らせて済まないね。放課後は勉強会を開いているそうじゃないか?」

裕が曖昧な笑みと共に話し掛けるのを、横目で睨みつつ河澄が。

「こちらに座って。昨夜の事について話が訊きたいの」

一也は勧められた河澄の前の席に着くと、彼女を見据えた。

「昨夜の事、とは?」

脱衣所の一件は彼にとってはもう済んだ事で、澄玲も気にしなくて良いと言っていたので、他に思い当たる事がなかっただけなのだが。河澄が眉根に皺を寄せる。覗きの一件をとぼけようとしている、と取ったのだ。

「判らない!?貴方が脱衣所を覗いた一件についてよ!」

右手で机を叩く。裕がビクリ、となった。

「その件に関しては、既に解決済みですが?」

落ち着き払った態度が、河澄には癪に障った。全く反省の色もない!

「解決済みですって!?貴方は人として、最低の行為をしたのよ!寮生だけじゃない。貴方は学校中の女子を敵に回したの!」

この理屈は、彼には理解不可能だった。なぜ四年の寮生のみならず、在校生全員が対象となるのか?河澄の主張に対する解釈法について少し考え、彼は一つの喩えを見出した。それが適切か確認する事にする。

「それはつまり、例えば校庭で蟻を一匹踏み潰したなら、この敷地内全ての蟻が敵となる、という事ですか?」

実際に、蟻にそういった習性があるのか彼は知らない。単なる喩えだったが、その言い草に河澄は更にエキサイトした。

「何ですって!?女子生徒が蟻だと言いたいの!?」

河澄は弾ける様に立ち上がると更に机を激しく叩き、より大きな音が響いた。喩えだと断わった筈だが、と一也は訝しんだ。ひょっとして聞こえなかったのか?

「喩えだと断わったのですが?在校生がなぜ蟻と同じになるのですか?」

もはや河澄は聞く耳を持たなかった。

「少々P.E.の操作が上手なくらいで増長するんじゃないわ!あの程度、他のクラスの特待生でも出来るのよ!」

さて、更に判らなくなった、と一也は思った。なぜ昨夜の一件とP.E.操作の技量が同列に語られるのか?ただ、他のクラスの特待生が自分と同程度の事が出来る、という発言には興味を覚えた。とすれば、この学校には機動歩兵隊員に匹敵する程の学生が在籍しているのか、と。もちろん彼女の言葉は、彼が垣間見せた技能の片鱗を元としたものに過ぎず、遠からず彼を失望させる事になるのだが。

「なるほど。他のクラスについては知りませんが、特待生とは手合わせしたいものです」

頷きつつ言う一也に、河澄は負の情念を湛えた笑顔を向けた。息を整えつつ、軋む様な声で言う。

「安心して。そういう機会は、これから幾らでもあるから」

「そうですか、楽しみです」

「それは良かったわ」

彼女の面に、更に歪な笑顔が浮かぶ。それは、いやしくも教育者のものたり得ない。二人の間に暫しの小康状態が訪れたのを見て取り、裕が動き出す。

「三多先生、少し落ち着かれてはいかがですか?まずはきちんと着席して」

立ち上がり、囁きつつ両肩に手を置くと、熱も冷めてきたか河澄は気まずげに座り直した。自らも座り直す。

「城田君。君のした事はした事として、寮母さんも『解決済み』と記録している以上、この話はここまでだよ。もう二度と、君は同じ過ちはしないだろう?」

朗らかな笑顔で訊ねてくる。

「はい。『寮生活のしおり』は読了しました。問題はありません」

一つ頷いてみせる。裕も頷き返し。

「そうかい。なら問題ないね、行って良いよ。寮で友達が待っているのだろう?待たせたら、せっかくの学習時間が減ってしまうからね」

立ち上がった一也は一度頭を下げ、静かに出て行った。その姿が扉の向こうに消えてゆくのを見届け。

「少々、世間知らずかも知れませんが。決して悪い生徒ではないと思いますよ、三多先生」

朗らかに話す裕の横で、敵意に満ちた視線を扉へと送り続ける河澄だった。


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