表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/62

第一章 Ⅱ

 彼にとっては、この造物主とやらのやり方は酷く一方的で、承服し難いものだった。これが愛する、とかいうものならば、迷惑ですらあった。

「これで、我にあの人共と共に暮らせ、というのか?それに何の意味があるというのだ?」

「それを探すのが一つの目的だよ。君なら発見出来ると、僕は期待しているから」

「その転生とやらを拒む事は出来ないのか?」

これから人として生きるなど彼にとっては煩わしいだけの様に思えた。

「それでも良いけれど。ただ、君をこのままにしてはおけないんだ。だから、それなら君の魂は消去せざるを得ないね。それで良いの?」

「つまり、我は消滅する、という事か?」

「そういう事。ねぇ、君は魔王としての、非常に狭い世界しか知らないんだ。転生すればきっと、君の世界は一気に広がるんだよ。その中で仕組まれた訳じゃない君の立場、役割を、自分で手にしたいと思わないかな?希望や欲求というものを探してみたいと思わないのかな?」

説得する様な声を聞きながら、彼は自分の存在について考えていた。彼には死の恐怖といったものはない。消滅するとしても、それは致し方ないと思えた。しかし、と思い直す。自分は、魔王として何もせず、何も知らなかった。その事に気付いてしまった。希望や欲求と言われても、自分の中には何もないのだ。そんな彼に今、その欲求というものが芽生えようとしていた。それは。

「我は、知りたい。我は、何か?我の求めるものとは、何か?」

「うんうん。だったら、転生してみれば良いよ。見つかるかどうかは断言出来ないけれど、探すこと自体が重要なんだと思う。じゃあ」

言葉が途切れて間もなく、風景が変わった。瞬時にして、彼の周辺に建物が出現する。それは大聖堂の礼拝所の様だった。千人以上は優に収容可能な広さがある。天井は高く、ドーム状の天蓋に、天使か何かの乱舞する様が描かれている。それのみならず、壁といわず柱といわず、絵や彫刻で埋め尽くされていた。

「転生の前に、簡単に説明しておくよ。君がいた世界と同様に、これから転生する世界には、程度の差こそあれ君も含めた知的な生物が存在するからね。ある世界の住人は、こんな建物を建てたりする。ここは、宗教的な儀式を行なう場所なんだ」

「宗教、とは何だ?」

「はは、それは自分で調べてみてよ。あるいは」

また不意に景色が変わる。今度は外で、森に囲まれていた。村か何かだろう、周囲に気の柵が巡らされ数棟の、高床式の木造家屋が見えた。その屋根は、巨大な柊状の葉を重ねて葺かれている。防風、耐水性に難がありそうだ。

「こんなレベルのところもあるけれどね。更には」

三度目の変化。今度もやはり外。しかし彼の周辺には、魔王城などは及びもしないほど高層の建物が林立し、見通しは悪い。しかも足元はもちろん頭上にも道路が交錯し遥か上空には、用途は判然としないが巨大な構造物が。彼の予想を遥かに越えた文明と知れた。

「これくらいのところまで進化、変化した世界もあるから」

少し自慢げな調子の声に、しかし彼はさして興味も覚えなかった。彼にとっては、文明のレベルなどさして重要とは思えないのだった。

「そうか。それで、どうやって選ぶのだ?」

「そうだね…じゃあ、一覧を表示するから」

悄然とした調子の声。彼の反応が不本意だったのだろう。やがて、最初の礼拝所に戻る。今度は、中空に数十という額縁が現れた。その中に映像が映し出される。様々な活動を行なう住人達の姿。それぞれ様式の異なる建物が建ち並ぶ市街地や自然のなか、あるいは先程までの暗闇の様な空間など。人の形をしたもの、そうでないもの。また人の形をした者達の中にも、身体的特徴の異なる種族が複数存在する場合もある様子だった。中には、彼には理解不能な道具を用いている者達の姿もあった。

「さぁ、どこでも良いから、気に入った所を見詰めて『ここが良い』って意思表示してね。そこへ転生させてあげるから」

肉体を持たない彼の視線をどうやって検出するのか、などという疑問を抱く事もなく、彼は整然と並ぶ額縁群を見上げた。これといった選択の基準がある訳ではない。そもそもその様なものを持つ内的欲求がないからこそ、転生を望むのだ、それを知る為に。ならば、どれを選択しようと大差はあるまいと、適当に端のものに視線を向けかけ、ふと、考えた。自分は、魔王だった記憶を持っている。造物主とやらも言った様に、だからこそ元の世界へは転生が許されない、という。確かに、額縁の中にはそれを映し出したものはない様だった。とすれば、似た様な世界を選択した場合、その記憶に邪魔をされないだろうか?つまるところ、それでは魔王であった時の記憶に引きずられた思考や行動に偏ってしまうのではないか?それで真に自分自身の欲求を発見出来るのか?ならばまだしも、何もかも大きく異なる世界で仕切り直すべきではないのか?しかし、そうなると気になる点があった。

「…ところで質問だが」

「ん、何だい?」

「これらの世界には、どれ程の違いがあるのか?どれを選ぼうと、我は存在し得るのか?」

自分が世界によって育まれた存在でない以上、転生した途端に消滅、などという事はないのか?そんな心配をよそに、声は笑いつつ言った。

「はははは、心配いらないよ!どれも、基本的なルールは一緒だから。例えば、全ての物は地面へと落下する、とかね。もちろん、特殊な技術や原理を用いて、そうはならない場合もあるけれど。君だって、そんな魔術を使えたよね?まぁ、それはともかく、安心して、そんな意地悪しないから。住人達にしてもそう。さっきも言った通り、色々と条件は変えてあるけれど、君と同様魔力を持っていたりする。ただ」

一旦、言葉を切る。

「ただ、何だ?」

「うん。ただ、それを君のいた世界の様に活用しているところもあれば、そもそも気付いていないところ、あるいは、解釈の異なるところもあるね。量にしても、全体として極端に少ないところや多いところ、あるいは条件によって落差があるところ、とかね。とりあえずは、どこも同じ、と覚えておけば良いかな。ああ、あとね」

「まだあるのか?」

「まぁまぁ。あとね、世界によっては、ちょっとした贈り物が隠してある場合もね。それに気付くかどうか、それも観察対象だから。だから、君にも教えはしない。どうか探してみて欲しい」

その様な事はしないだろうが、と彼は思った。

「他に何かある?」

「ある。我がどこかに転生したとして、何をすれば、我は自分を知る事が出来るか?」

自分を知りたい、とは言ったものの、その方法は皆目見当もつかなかった。

「そうだねぇ…とりあえずは、今までと逆の事でもしてみたら?」

「逆?」

「そう。君はこれまで世界の住人達を滅ぼす事を目指してきたでしょう?だったら、今度はその逆、救う事を目指してみたら?それでどちらがより良いと思うか、比べてみるんだよ。ただ、住人達の社会は複雑で多面的だから、一面だけ見てあまり安易に答えを出さないでね。それと一応警告しておくけれど、世界が破滅しかねない様な行動に出たら、最悪排除せざるを得ないからね。君はちょっと、特別な立場にいる事を忘れないで」

「承知した。銘記しておく」

造物主とやらなら、それもありなのだろう。なにしろ自分を造ったのだから、と妙に納得してしまう。と、ふと、ある事に思い至った。

「良いか?」

「うん。まだ何かある?」

「ふむ。我の軍団は、我が斃されたのち撤収したと言ったな?ならば、あの者達はどうなったのだ?」

「ああ、気になるのかい?生き残った者達に関しては、次の機会に備えて保管してあるけれど?」

「次は、別の魔王の元で戦うのか?」

「その内の一体を作り替えて、魔王は生み出しているけれどね。いつも、これで最後、と思いながら」

声は、少し寂しげだった。

「そうか。それでは、選ぶ」

「そうだね。どれが良い?」

促され、彼は改めて額縁達を眺めた。先程の、あの高層建築物の林立する様な世界が、一番これまでと異なるだろう事は理解出来ていた。基本的なルールは同じ、という事だったが、元の世界とどれ程の差異があるかは実際に転生してみなければ判らないだろう。それらしい映像を映す額縁の一つへ視線を定め。

「これが良い」

呟く様に言った。

「そこかい?うん、良いんじゃないかな。そこの住人は、まぁ、そこそこ賢く、上手くやっているし…君も、色々と学べると思うよ。ただ、これは親切心から言うんだけれど、元の世界の話や、ここでの会話についてとかは、出来るだけ話さない方が良いよ。さっきも言った通り、住人達の社会は複雑だから、面倒な事になりかねないしね。どうか胸の中に留めておいて」

「そうか。銘記しておく」

「宜しくね。じゃあ、送るから。どんな姿に転生するかはお楽しみ」

額縁が、一斉に左右にはける。その空間に巨大な門が出現した。もったいを付ける様に門扉が開かれてゆくと、眩い光が漏れ始めた。

「ここを通れば、君は新しい世界の住人の誰かとして、新しい人生を始められるよ。そうなれば、君の魂はもうその世界のものだからね」

「そうか」

彼は門へと近付いた。一歩手前で暫し立ち止まり、遂に光の中へと飛び込んだ。眩い光の圧力を感じながら、彼の意識は遠のいていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ