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第三章 Ⅶ

 実技場は体育館の三階にある。体育館全体で高さは教室棟の五階建て分ほどはあり、体育館とこの実技場で四階分はあった。東西に四十メートル、南北に三十メートル余りで高さは八メートル余り。東側には二機の大型エレベータ、西側には階段がある。西側の壁の半ばあたりから北側の壁にそって部室が、まるで曲り屋の様に伸び、東側の端には更衣室とシャワー室があった。P.E.を用いた実習は全てここで行なわれる。屋外での突風等による不慮の事故を防止すると共に、P.E.を極力人目に晒さない様に、という配慮もあった。民生用とは異なる機体は、連合軍に目を付けられかねない心配もあった。もちろん連合軍側の許可は取ってあるのだが、監査機関に虚偽申告を行ない軍事力保持を企てる国家も後を絶たず、政治絡みで面倒事に巻き込まれる可能性すらあったのだ。どこの国、地域も、兵器ではないが限りなく兵器に近い、という微分方程式の様な機体を求めていた。

 実技場の端、八分の一程を占める一角に、一年二組の生徒三十五名が集合していた。そのうちの二人、一也と生田は傍らに置かれた『試着室』で実習用P.E.を装着済みだった。バックパックは搭載していない。バックパックを使用しての立体機動訓練は二年生からなのだ(一部に例外はあるが)。いま生徒達は、天井のレーザー発振器が床の上に描出した四メートル四方程の正方形を囲んでいた。実技場には他に部活動の生徒達がいて、横目にその一種異様な集会を窺っている。

「それでは今から、城田君対生田さんの模擬試合を行ないます。種目は『タッチ・オワ・ドッジ』。一応説明するなら、一対一でこの枠内で行なう競技で、野球の様に攻撃側と回避側を交互に繰り返すの。一定時間内に攻撃側は回避側の胸のタッチパネルに触れれば一ポイント。回避側は回避しきれれば一ポイント。腕等を使っての接触妨害、枠外への退避、その他ゲームの趣旨に反する行為はマイナス一ポイント。一ターン三分間で、タイムアップか攻撃側のタッチで終了し、交代する。三ポイント先取、あるいはどちらかがマイナスになった時点で終了。いいわね?」

イヤホンマイクを装着した河澄の説明に、二機のP.E.は頷いた。河澄も頷き返し。

「では、枠内に入って。スタートポジションについて」

枠内に、土俵の様に引かれた二本の線。その後ろに立ち、二人は向かい合った。両者の間隔は三メートル余り。

「一回戦、攻撃は生田さん、回避は城田君。始め!」

その一言を耳にするや、敢然と飛び出す生田。しかし一也は立ち尽したままだった。「勝った」と、内心快哉を叫んだ生田だった。


 救難活動部。P.E.は山岳地帯等での救護活動にも活用されている。その為の特殊な装備等も開発され、日本の様に山岳地帯の多い国等では、所管の警察署に配備されていたりする。もっとも、その特殊性ゆえ学校にも実機はなく、その養成カリキュラムもない。同部は正しくそういった状況を想定した訓練を行なっており、創部より二十年余りの伝統を誇る。最盛期には十名以上の部員数があり、合宿として長野等の現職救難隊員らについて手伝いもしつつ実地訓練を行なっていたものだが、今や存続の危機に瀕していた。

 実技場西側、階段横の壁には、ボルダリング競技の様な大小様々な足場が設定されていた。足場はコンピュータ制御で配置の変更が可能だった。壁の近く、一メートル程のところ、床から六メートル余りの高さに、天井から要救助者に見立てた人形が吊されている。

「それじゃ、いくわね」

壁の傍らに立ったP.E.実習教官の下路しもじ 由紀ゆきが、イヤホンマイク越しに指示すると、壁の前に立った生徒用P.E.が一つ、頷いた。頷き返し、由紀は手にしたノートパッドを操作する。ゴーサインがP.E.に送られると同時に、画面のデジタル時計が時を刻み始める。猛然と、P.E.は壁を登り始めた。一見して使用する足場は見当を付けていた。特化された機体ならばカメラ映像等を参考に、リアルタイムで足場を指定するシステムが搭載されているが、そんなものはもちろんない。他にも足りない装備等は種々あったが、その多くは先輩、OG方の創意工夫、努力等で実現されてきた(それでも充分とは言い難かったが)。ともかく、P.E.は順調に壁を登っていった。間もなく要救助者に手が届きそうな位置まで来る。足場から右手を離すと、通常のバックパック代わりに搭載した背負子状の装置の、肩から突き出した電動リールからフック付きワイヤーを伸ばし、左右の手掛かりとなっていた足場に各々一本ずつ、引っ掛ける。この装備は、先人達が残した血(!?)と汗と涙(?)の結晶なのだ。ワイヤーがゆっくりと伸びてゆく。上体を反らす様にして、P.E.は人形へと両手を伸ばしてゆく。右手が、人形を吊すフックに触れた。左手で下から人形を持ち上げ、フックをバンドの環から外す。そのまま挟む様にして抱えると、背負子の荷台に乗せた。ワイヤーが巻かれ始め、足場に手が届くところで止まる。左手を掛け右手で右のフックを外し、荷台の底に引っ掛ける。電動リールが少し巻かれ、こうして人形が落ちない様にすると右手を足場に掛け、今度は左手で同様の事をする。要救助者は荷台に固定された。P.E.は一息つくと、今度は緩やかに壁を降りていった。床に足が付くや。

「一分二十七秒三三。うん、まぁまぁね。それでは引き続き蘇生措置の訓練を」

P.E.が頷く。電動リールを緩め、荷台からフックを外し(ワイヤは巻き取られていった)、仰向けに寝る様にして手で押さえつつ、要救助者を床に下ろしていった。本来ならば、助手役の部員がすべき手順だが、その姿はどこにもない。人形を下ろすと、素早く向き直る。バイザーが開放され、女子生徒の顔が現れた。丸顔の、優しげな顔立ち。垂れ目気味の双眸は、今は眉根に皺を刻んでいる。要救助者の状況を直に知る為に、頬を口元にもっていった。精巧な人形は、体温や心拍、呼吸から脈拍、瞳孔の動き、チアノーゼ等に到るまで再現されている。特化機体ならば収容作業中にある程度まで自動診断してくれるが、ここでは昔ながらの方法が採られる。胸に触れ、心肺停止状態なのを確認し(P.E.の手は、こと触覚に関する限り殆ど素手と変わらない)、心臓マッサージを開始する旨を宣言しようとした、その時。

「ええ、何!?」

由紀が胴間声を上げた。何事かと顔を上げれば、彼女は向こう側を見ていた。気が付けば実技場内にいる生徒達、教官達の視線が一様にそちらの方へ注がれているのが判った。

「どうしたんですか?」

本来ならば決して許されない事だが、女子生徒は要救助者を置いて由紀の横に立った。

「あれ…男子が、あそこまで出来るなんて」

指さす先には、枠内で立ち尽す一也と、息も荒く床に膝を付いた生田の姿があった。


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