第三章 Ⅵ
三多 河澄は一年二組の副担任をしている。全学年を通じて、副担任はP.E.の実技指導教官が割り当てられているのは、学校の性格を考えるなら当然だろう。その彼女は、今日はここ数日にないほど上機嫌だった。この副担任、一也の入学が決まってからというもの、少々不機嫌だったのだ。元L.E.E.のイクイッパだった経歴を持つ彼女は、当校に男子が入学する事に多大な違和感を覚えていた。彼の試験担当でなかった事も、それに拍車を掛けていた。何しろ創設より三十年近く、共学とは謳いながら一人として男子学生の存在を許してこなかったのだ。それが今更、しかも特待生として入学してくるとは。それも中途半端な時期に!たとえ試験結果のデータを突き付けられようと、疑わずにいられないのは生田と同レベルだった。教師として、問題のある偏見と言われても仕方なかったろうが、心に掛かる事なのだ、どうしようもない。だから、二学期を楽しみにしていたのだ。二学期となれば、本格的な実技授業が開始される。まずは地上での基礎動作からとはいえ、特待生の男子の実力の程が露呈しようというものだ。ところが。その機会が初日から訪れたのだ。放課後には胸のつかえが取れるだろう、と、鼻歌でも出て来そうな調子で、実習用P.E.の整備に勤しんでいた。体育館の二階。一階が通常の体育館で、三階はP.E.実技場となっている。地階もあり、機械室にシェルターやP.E.の退避施設等がある。全階は大型エレベータで繋がれ、スムーズな搬送が可能だった。実習用P.E.について簡単に説明すれば、L.E.E.に準ずる性能のものが教官用で二十、より性能を抑えた生徒用が六十機余り、学校内で管理されていた。いずれもP.A.W.W.に比べ出力は抑えられているとはいえ、教官用にはプラズマスラスタが三機、バックパックに搭載されている。生徒用は二機だが、四年生でも性能を使い切るのは難しい。
「三多さん、何か良い事でもあったんですか?」
幾つも並んだ『試着室』。河澄の隣で同じ作業を行なっていた同僚の教官が訊ねた。『試着室』といってもP.A.W.W.よりは一回り小さく軽量だった。補助動力付きのキャスターで、一人でも移動させられる。兵装もなく、プラズマスラスタを含むバックパックも小型なので、これで充分だった。各P.E.のジェナイト基盤も、その仕様に合わせ性能よりもコスト重視だった。
「え、なぜ?」
いや、その表情を見れば判りますよ、と同僚は内心思ったが。
「いえ…三多さん、この数日間、何というか、ふさぎ込んでいた様な」
その表現は正確さに欠けていただろうが、直接的な言葉が躊躇われる空気を河澄は纏い続けていたのだ。
「そうだった?気を遣わせていたらご免なさい。実を言えば、今日の放課後親睦を深める意味も込めて、生徒達の模擬戦が行なわれるの。この時期に編入生の実力が特別に確認出来るから、私としても興味津々なのね」
「ああ、三多さんのクラスでしたね。いやぁ、あんな有望株を担当出来るなんて羨ましいです!私も恥ずかしながら興奮しました!」
「?直接知っているんですか?」
「はい。試験の手伝いをしましたから。いやぁ、凄かったですよ!筆記試験はほぼ満点、運動能力も国体選手並みでB.E.適合値は殆ど機動歩兵並み、もう特待生以外あり得ませんよ!」
声が弾んでいた。河澄には初耳の情報が含まれていた。
「B.E.適合値が?それでは、生徒用P.E.ではヒートアウトしてしまうわ!」
「ええ。ですから、教官用の予備機を特別に使わせる事になりましたけれど?」
「!生徒が一人、教官用を使用するの!?」
「まぁ、特例ですね。ああ、三多さんが整備しているのが、そうじゃないですか?」
指摘されて、河澄は眼前の機体を見直した。それは、今日のサーバ上に急遽整備スケジュールが入力されたものだったが、それは放課後の為だったのか、と。それにしても、と、自分が副担任の筈のクラスで自分の知らない事があるのは問題だ、と不機嫌がぶり返す。あの裕が自分を無視したのか。他のクラスの副担任に頼んで整備スケジューリングしたのか。
「…そう、有難う」
河澄の機嫌が急降下してゆく様に、内心青ざめてゆく同僚だった。




