第三章 Ⅴ
昼休みが来た。在学生が多いとは言えないが、それでもそれなりに食堂は混雑している。公式な規則などないが奥の方、上手側から下手側にかけて四年生から一年生の順で席を取るのが通例となっていた。奥の方には売店があり、少々狭いというのも理由だったろう。
「ホント、大変だったんだよ!?やっと来た特待生が男子でさ、生田さんが噛みついちゃって!」
トレイ上に鎮座するきつねうどん保存パックの蓋を開きつつ、澄玲は対面に着席した幼い顔立ちの、しかしグラマラスな同級生にぼやいた。
「ふーん。きっと、珍しくて驚いたんだね」
野菜サンドを一つ摘み、同級生は一つ、頷いた。
「そんなんじゃないよ。ライバル心剥き出し、って言うかさ、編入生も編入生だよね、煽る様な事言っちゃってさ。そんなに自信あるのかね」
「ふーん?その男子、そんなに酷い事言ったの?」
言ってサンドウイッチを一口。澄玲は付属の箸をトレイの上に置き両手を合わせ「頂きます」をした後、箸でお揚げを端へ除ける。
「うーん、別に?言ってる事は正論だったと思うよ?でもさ、正論って、みんな受け入れられる訳じゃないし。生田さん泣き出しちゃってさ、もう空気最悪」
「でも、その男子が間違っていた訳じゃないんでしょ?」
「そうなんだよねー。だからさ、私が提案した訳よ、納得がいかないんなら、模擬戦でもしてはっきりさせたら、って!放課後、実技場でやる事になったんだよね」
「ふーん」
「それで三多教官が立ち会う事になったんだけど、どういう訳か、クラス全員参加なんだよね」
言って熱々のうどんを啜る。
「そうなんだ?まぁ、うえちゃんは言い出しっぺだし、見届けるのは判るけれど」
「編入生を迎え入れる為の、クラスとしての通過儀礼だとか、言ってたらしいよ教官。部活のある子とか、連絡しなきゃって溜息ついてたし」
思わず溜息が漏れる。確かに、クラス全体の空気を考えれば編入生のランク付けを明白にする上でも有効な事なのかも知れない。といって、自分はそんなつもりで提案した訳じゃないのに、と胸に不穏な思いが沈澱してゆく。
「大事だね…ねぇ、その男子って、あの子だよね?」
同級生が指さす方へ振り返れば、食堂の入口付近に佇む一也の姿があった。セルフシステムの横で、レールの前に並ぶ学生達をぼんやりと眺めている様だった。男子生徒は彼だけなのだ、やたらと目立つ。その横を、彼を一瞥し生徒達が通り過ぎてゆく。その中にはクラスメイトの姿もあったが、うろんな視線を向けるばかりで声を掛ける者はない。
「うん。ま、一人だからね。使い方が判らないのかな?」
初日から針の筵状態なのは、自業自得とはいえ見るに忍びない。
「ちょっと行ってくる」
立ち上がり、一也へと近付いていった。近付いてくる澄玲を、一也はぼんやりと眺めていた。
「何やってるの?セルフシステムの使い方が判らない?」
「セルフシステム、とはこれか?」
生徒達が並んでいるレールを指さすと、澄玲は小さく頷いた。
「そう。あ、っと、私の事判る?植阪澄玲だけど?」
「模擬戦の提案をしていたな?礼を言っておく」
頭を下げてみせる一也。裕から彼女のお陰で助かった、と言われていたのだった。素直なその態度に、澄玲は少々慌てた。もっと取っつきにくい人物かと思っていたのだ。
「ああ、えー、有難う。で、それはともかく。食事がしたいんでしょ?」
「まぁ、そうだな」
本来ならば不要な食事だが、昼食だけでも周囲に合わせ摂っておいた方が良い、と忠告されていた。基地内においても、朝食、夕食はともかく昼食は機動歩兵隊員と摂っていたのだ。
「使い方が判らないの?C.T.に学内システム用のアプリは入ってる?」
自分のC.T.を示す澄玲。初期画面のアイコンにタッチすると、画面一杯に校章と、それを背景に校名が表示された。
「ああ、それか」
彼は自分のC.T.を取り出し、アプリを起動した。それは職員室で設定されていた。
「良い?じゃあ、まずは端のトレイプールからトレイを一枚取って、レールの上に乗せて」
直ぐ近くにある、トレイが下から押し出されてくる棚から一枚、澄玲がトレイを取り一也に渡した。一也はそれをレールの上に乗せた。
「先に進んで。あそこに、今日のメニューのパネルがあるから、好きな物を選んでタッチして。貴方のC.T.にその情報が表示されるから、それをタッチすればキャンセルも出来るけれど」
説明しながら、澄玲はメニューパネルまで進んだ。一也が続く。
「何が良いの?」
「…何でも構わないが」
「そう?じゃ、私と同じきつねうどんで?」
考えるのが面倒臭いとばかりにそれを指さす。一也にタッチを促すと、それに従った。C.T.の画面が変化し、きつねうどんの写真がアイコン表示される。
「オーケー?じゃ、先に進んであそこの装置の下にトレイを置いて、あのリーダにC.T.を近付けて。暫く経つと、上の機械から加熱されたきつねうどんのパックが出て来るから」
レールの上にせり出した装置とそれに附随するC.T.リーダを指さし、説明する。
「ふむ、それで?」
「それで終りよ。貴方が何を買ったかは学校のサーバに記録されるわ。退学になると、全部払わされるそうよ」
最後は冗談めかした口調だったが、事実だった。入学早々退学の話とは不吉だが、もちろん気にする一也ではなかった。レールに沿って移動し言われた通りにすると、やがて機械からアームが伸び、そっとトレイ上に熱々のきつねうどんパックを置いて引っ込んだ。
「席は?隣で良い?」
一也を一瞥し、澄玲は同級生の待つ席へ戻っていった。
「ここね」
着席すると、自分の左隣を左手で軽く叩く澄玲。その手に無頓着にトレイを置こうとする一也に、慌てて手を引っ込める。斜向かいで同級生が微笑んだ。
「?」
教室にいたか、と、クラスメイトの顔を思い浮かべてみるが、検索終了の前に同級生が口を開いた。
「君だよね、一年二組の特待生は。私は朝野 麻寿美です。一年一組で、植阪さんとは幼馴染みなの」
小さく会釈してみせると。
「そうか。我は城田一也、一年二組だ」
同じく会釈を返す。麻寿美は小さく吹き出した。年齢に対し言葉が不釣り合いなのが可笑しかった。
「?どうかしたか?」
「ううん…ご免なさい」
少々苦労して笑いを納める。気を悪くしたか、と一也を窺うが、当の本人はパックを開き、澄玲を横目で参考にしつつ食べ始めていた。
「…ところで男子の特待生って前例がないと思うけれど、何か特別な事でもしてきた?」
興味津々で発せられた麻寿美の言葉に、一也は手を止めた。
「特別な事は、我自身にはない。我は元々が病弱で、新しい治療法を受けただけだ」
「それで、その治療法が原因でB.E.適合値が上昇した?」
「さあな。B.E.に関しては、未だ不明点も多いと聞くが?」
「そうね。そう、聞いているわね」
そう言われてしまえば、まず突っ込める人間はいない筈なのだ。それを駆使している機動歩兵でさえ、開発、維持は手探り状態なのだという。ただ、一也自身は基地で過ごした二週間余りの間に、その強化方法について目星を付けていた。それは大変簡単で、しかし彼が見渡す範囲内には彼以外出来る者のない方法だったのだが。
「私も朝野さんも、本気で軍や警察に進むつもりで入学したって訳じゃないし。そっち方面の勉強って、殆どしてこなかったんだよね」
最後のお揚げを楽しんでいた澄玲が言った。
「そうなのか?まぁ、我も同様だな」
「そうなんだ?」
「我も軍や警察に進むつもりはない。ひとまずの目標は卒業だな」
P.A.W.W.は使用したいが、組織には縛られたくない。この両者を満足する方法はないものか、と、彼は考え始めていた。
「私達も同じね。まぁ、落第しない様に頑張りましょう、植阪さん」
麻寿美が会話に割り込んでくると、澄玲は苦笑した。
「あー、あと二週間かぁー。中間試験かぁー」
言いつつチラチラと麻寿美を見遣る。その様子に一也は興味を持った。
「何なのだ?」
「そのね、植阪さんは、勉強の方がちょっと、ね?」
悪戯っぽい目で澄玲を見る。
「朝野さん、宜しくお願いします!」
ガバ、とばかりに頭を下げてみせる。やがて、どちらからともなく笑い声が上がり始めた。このノリに、一也は完全に置き去りだった。
「何なのだ?」
「いやー、勉強見て、って約束してるの」
照れ隠しの笑顔と共に、澄玲が説明する。
「なるほど、勉強が出来ないのか」
「ちょっと、ストレートすぎ!」
怒った様な口調で、しかし澄玲の目は楽しげだった。
「そういう城田君も大丈夫?唯でさえ一ヶ月遅れなのに、一人で遅れを取り戻せるの?」
朝野が身を乗り出してきた。本気で一也の事を心配しているのだろう。
「それは判らないな。しかし、自習は可能な筈だが?」
学校のサーバには授業内容が全てアップされている。AIによる解説のサポートも受けられる筈だった。
「確かにね。でも、それだけで充分なら、そもそも教室に集まって授業をする、ってゆう形自体いらない、って事になるよね?」
澄玲が疑義を挟んでくる。
「そうね。でも、判らない事を、何がどう判らないか、というのは人それぞれだし。それを質問するにしても、そもそも質問者が欲しい答えを得られる様な形に出来るか、っていう問題もあるしね。AI相手に四苦八苦するよりは、教室で対話しながら答えを導き出す方が早いのかもね」
「そうなのか?」
「だから、どう、私達と勉強をしない?」
言ってから、澄玲は少々驚いた様な表情をした。麻寿美との勉強会は前々から予定していた事だったが、なぜそれに一也を誘ったのか、自分でも驚いたのだった。話の流れ、としか言い様がないが、予想外の気安さについ気を許してしまったのかも知れない。一組や三組の特待生を見ていると、少々鼻持ちならない印象があったのだが。
「うん、良い提案だね。どうかな、城田君」
笑顔で麻寿美も乗り気だった。何となれば自分から切り出すつもりだったのだ。二人からの圧力に押された訳ではないが、一也はこの提案について考えだした。久音からは友達を作った方が良い、などと言われていたが、これがそれなのか?幾ら説明されてもその概念が今一つ理解出来なかったが、確か喜んで共に何かを成す関係、という様な事を言っていた記憶があった。
「それは、つまり我と友達になりたい、という事なのか?」
「うん?まぁ、そうだね」
臆面もなくそう訊ねてくる一也に少々面食らいながらも、笑顔を取り戻し麻寿美は答えた。やはり、そういう事か、と一也は小さく頷いた。
「ううん?友達が欲しかったんだ?」
あれだけ挑発的な態度をとっておいて、と、澄玲は少々引っ掛かりを感じた。
「そうだな…必要かも、知れない」
この世界を知る一つの契機となりそうだった。それに、勉強のサポートもするというのだ、断わる理由はなさそうだった。
「じゃあ、良いのね?」
麻寿美が右手を差し出してきた。握手というコミュニケーション手段の一つだと、一也は聞いていた。右手で握る。
「頼むとしよう」
『通常』状態では手が冷たく感じられるらしいので、意識的に霊性外殻自体を多少発熱させる事にした。『通常』状態は外力に応じた反発力を示すので、優しく力が加えられれば優しく力を返す。こうしていればまず普通の人間と違和感はないだろう。
「ところで、城田君は通学?寮?」
「寮だが?」
「そうなんだ?まぁ、在校生の過半数が寮暮らしみたいだし」
握手を解いた二人を呆れ気味に見較べ、澄玲が言った。
「だったら学習室が使えるわね。どうかしら、そこで放課後、っていうのは?」
「それは構わないが、我は寮について知らない。知っているのか?寮暮らしなのか?」
「いいえ、私も、植阪さんも通学だけれど。その、私達の知り合いも寮にいるし、門限さえ守れば学生なら出入り出来るから」
私達の知り合い、というところで麻寿美が少し、表情を曇らせる。澄玲は視線を落とした。しかしそんな感情の機微に気づける、あるいは気にする一也ではないのだ。
「そうか。寮はどこだ?近いとは聞いているが」
「ああ、後で案内するわ。本来ならクラス委員の役割なんだけどね」
そのクラス委員が生田なのだ。澄玲は苦笑した。あの様子では、放課後の模擬戦の結果如何に関わらず拒否するだろう。
「そうか、頼む」
小さく頭を下げる一也に、澄玲は何とも面はゆい思いを感じた。この少年をどう理解したら良いのか判らない。酷く無神経で挑発的かと思えば、こんな、こそばゆい様な態度もとる。
「判った、判ったから。じゃあまた後でね」
早口に会話を切り上げ、トレイを手に澄玲は立ち上がった。
「それじゃあ…城田君ももう良い?放課後、頑張ってね」
言いつつ、サンドウイッチのパッケージを手に麻寿美も立ち上がる。食堂内からは、急速に学生達の姿が減っているところだった。




