第三章 Ⅱ
二棟並んだ校舎は、正門から見て右側、校庭寄りが教室棟、左側、塀寄りが実習棟となっている。二十一世紀末が近付く今日に至るまで、物理や化学、音楽に美術といった学科は、自らの手を動かし体験する事が重要視されていた。教室棟、実習棟共に三階建てとなっている。学生数が少ないため一階は一、二年生、二階は三、四年生の教室、三階は職員室や校長室、部室等となっている。ここの部室は文化系で、体育系は校庭隅にある。この学校の特徴として、教室棟より体育館の方が目立つ、という事があるだろう。正確には体育実技館と呼ばれている。地上三階、地下一階で、一階は普通の体育館だが、二階より上はP.E.関連の施設となっている。地下一階はシェルターや機械室。噂では実物のP.E.用兵器等も保管されている、らしい。学生達はまず立入禁止だった。立入禁止区画に興味本位で立ち入るなどすれば、ただ単に怒られるだけでは済まない、より面倒な事になると、入学オリエンテーションの際に釘を刺されるのが常だった。もちろんそんな事に興味を示すやんちゃな学生など、いたとしてもごくごく一部であり、彼女もまた無難に学校生活を送りたいと願う、普通の学生の一人だった。
朝のホームルーム前の一年二組。当校では少数派の通学組である植阪 澄玲が席に辿り着くと、挨拶を交したクラスメイトが二人、近付いて来た。
「ねぇ、知ってる?今日、編入生が来るらしいよ」
「しかも、それが、男子だって!」
まるで怪談でも語るかの様な調子のクラスメイト達に、浅黒い肌の少女は大きな眼をキョロキョロさせた。
「えっと、それが、どうかしたの?」
実のところ、志望するまでろくにP.E.関連に興味もなかった彼女は、クラスメイト達の様子が今一つピンと来ないのだ。
「え?だって、男子が入ってくるんだよ?男子って、B.E.適合値が低いって知らないの?」
さすがに試験時の検査でB.E.適合値くらいの知識はあるが、クラスメイトの発言は初耳だった。共学の筈なのに、そういえば男子の姿を見ないな、筆記試験会場でも見掛けなかったと、男子には人気がないのかな、程度の認識だった。実際のところは最初から志望を諦めているに過ぎないのだが。
「そうなんだ…」
「それぐらい、知らないの?」
「うん」
「そういえば植阪さん、中学は普通科だっけ?」
そう言って小さく笑ったクラスメイトに悪意がないのは判っていたが、澄玲は何とも居心地の悪い思いになった。正直なところ、彼女は勉強が苦手だった。スポーツは得意な方だが、推薦を受けられる程か、と言えば微妙だった。何とも中途半端な自分自身が情けなく、腹立たしくもあったある時。中三の春、バスケの練習試合中に負傷した彼女は、一ヶ月ほど通院を余儀なくされた。殆ど通院歴もない彼女がP.E.というニュース等でよく目や耳にする機械の実用例を肉眼で目撃したのは、記憶にある限りこの時が初めてだった。あるいは、それは患者の日常生活を補助するものとして(痩せ細った老婆が、若い看護師と並んで足早に廊下を去って行くのを目にした事があった)、あるいは看護師の肉体的負担を軽減する物として使用されていたのだった。自分の進路について考えねばならない彼女にとって、面白そうだ、使って仕事が出来たら良いな、程度の興味本位で受けたB.E.適合検査が、両親の喜びようもあり具体的に進路志望調査でこの学校名を記入させるに到らせたのだ。勉強は確かに苦手だったが、彼女には特別講師の当てもあった。その協力を得て、彼女はともかく入学を果たした、までは良かったのだが。他の同級生達とは、何と言うべきか志の高さ、とでも言うべきものの違いを日々痛感させられていた。その大半は、中学校時代から学校や塾、養成所といった空間でP.E.のイクイッパとなるべく勉強、実習を積んできたのだ。と、それはともかく。
「うーん、で、時期も問題なの?」
誤魔化す様に質問を発する。別のクラスメイトが口を開いた。
「編入生って、殆ど認められないみたい。途中から入って来ても、ついて行けない子が何人もいたんだって。ま、週末課題だけでもうんざりするよね?で、結局一年にも満たないで強制退学になって、かなりハードルが高くなったって。まして男子だもん、そうなるかも」
それを望んでいるかの様なニュアンスも含まれる物言い。人間関係が安定し始めたところに、突然異物が混入する様な感覚なのか。
「じゃあ、何で認められたんだろ?」
当然の質問だったが、クラスメイト達も詳細は知らないらしく、顔を見合わせる。
「うーん、それだけ特別、って事じゃない?多分、特待生じゃないかな?」
「男子で?ないない!」
「でもさ、それくらいしかないじゃない?」
そんなクラスメイト同士の会話をよそに澄玲は、特待生、という言葉に、希望めいた響きを感じていた。この学校を志望する中学生達は、たいていが中学校なり何なりでイクイッパとしての基礎固めをしているのが普通なのだ。その中でも特に優秀と認められ学校推薦を受けたり、試験結果により認められるのが特待生だが、現状一年二組にはこの特待生が存在しなかったのだ。学内行事の関係上、特待生は各クラスに分配される筈なのだが、今年の一年生はそうなっていなかった。何でも、大人の事情などあってこうなったという。詳細は判らないが、一年一組の特待生が大物の令嬢らしい。そんな事情が国立学校に存在しうるのか疑問ではあったが、ともかく一組に二名、三組に一名と、なぜか二組だけ特待生の空白地帯だった事は間違いなかった。もっとも、特待生に分類される生徒達の実力の程を、まだ彼女は知らない。実習も含めP.E.関連の本格的な授業が始まるのは二学期以降なのだ(ただし、澄玲の場合はその前に気の重い期間が待ち構えていたが)。自分とどれ程のレベル差があるのか、否、そもそもその方面ではずぶの素人である自分と比較する事自体が失礼か。いずれにせよ、これで一年は三組とも特待生が所属する事になるのだ。あるいは、これは最初から予定されていた事なのか?
「もし特待生だったらさ、これで二組も並ぶ事になるよね?」
「そりゃ、特待生だったら、ねぇ。でも」
「男子だし…」
クラスメイト達は複雑な表情を浮かべた。これまでは女子校ノリで気楽でいられたのが、これからは唯一人とはいえ男子の視線を気にする日々となるのだ。思えば、この学校を志望する様な中学生は、澄玲の様な例外を除けば共学だったとしてもなかなか男子と接点を持てなかったのかも知れない。
「ま、とにかく、特待生っていうなら男子でも歓迎しようよ!」
殊更明るく大袈裟に話し掛けてくる澄玲に、クラスメイト達は困惑ぎみに、しかし小さく頷き合った。
「そう、だね」
「だと、いいね」
曖昧な笑みを交し合う二人だった。




