第二章 ⅩⅤ
××2087/05/03 (Sa)××
バンカー内にP.A.W.W.姿の一小隊と、それに相対するブラックオーガ、そしてその横に立つ久音の姿があった。午前中の試験勉強はほぼ終了し、後は問題数をこなす状態となっていた。飲み込みも早く記憶力も良い一也に、鈴子は少々口惜しげだった。五日後の本番を控え、しかし当然と言うべきか彼が緊張や不安というものに駆られる事はない。あるいは、ただ単に不合格になるという事態を理解出来ていないだけか。
ブラックオーガに、久音機から通信が入ってきた。
『良い?これからちょっとした、そうね、ゲームをして貰うわ。訓練室でやっていた事を、このバンカー内一杯を使ってするだけよ。ただし、相手は現実の機動歩兵隊員だけれど』
「この者達を撃つのか?」
『ええ。もちろん貴方の訓練用の銃と同様、彼女達も実銃をシミュレーションモードで使用するわ。まぁ、的当てゲームだと思って、気楽にお願いね』
その内容通り軽い口調の久音。ナンシーもデータ収集とか称し自分に銃を撃たせたが、今度はドローンの標的ではない様だ、と、一也は両者の違いを理解出来ないながらも、応じる事にした。
「判った。弾丸は出ないのだな?」
『そうよ。全員分のカメラ映像情報が私に送られてくるから、私が命中判定するわ。一マッチ五分間で行くわよ。良い?』
「構わない」
ブラックオーガが頷くと、少し間を置き小隊員達も頷く。
『良いわね?では、状況開始!』
その声と同時に、仮想スクリーン上に五分のタイムカウンタが表示された。小隊は続々と中空に浮上してゆく。が、ブラックオーガはほんの数十センチ、浮いただけだった。
『ん、どうしたの一也?機体の調子でも悪い?それとも何か制限が?』
「なに。推力調整が上手く出来ない。最初はこれでやらせて貰う」
『そう?でも、頭上を占められるのは不利よ?』
「そうか」
そんな交信の間にも、小隊は上方からブラックオーガを包囲しようとしてくる。射撃が開始されるが、射線上にその姿はなかった。一也は左右に腰を振る様な動作で、滑る様に輪の中から脱出したのだ。体を捻る動作と合わせ背後に回り込み射撃する。最低限の動作で一機のバックパックに命中させた。慌てながらも、小隊はブラックオーガの追撃に移る。しかし、一也は変わらず最小限の動作で機体を操り、躱しつつ射線を小隊に重ねる。まるで銀盤上を自在に舞うフィギュアスケーターの様だった。二機のスラスタを常に浮上に使いつつ、残る二機で俊敏な動作を可能とする。照準が間に合わず、五分間ほぼ一方的に小隊は的にされた。タイムカウンタが『00:00:00』となる。久音の静かな声が、全機に送られた。
『タイムアウト。十五分のインターバルの後、二本目を開始』
降下してきた小隊はバンカーの片隅に陣取り、バイザーを上げ小声で会議を始めた。久音の傍らで、一也はそれをカメラ越しに眺めていた。
『なかなか見事だったわよ。後は立体的な機動を組み合わせられればね。まぁ、私達もここまで来るのに何年も訓練を重ねてきた訳だし、そう簡単にやられたら困るけれど』
苦笑しているのが判る様な口調。
「そうなのか?随分と時間が掛かるものだ」
彼にしてみれば、教えられた事を元に少々応用を利かせているに過ぎない。何でも覚えれば身についてしまう彼にとって、練習を反復しつつ体に染み込ませてゆく、という感覚は理解出来ないだろう。
『…そうね、二週間足らずで、ここまでですものね』
交信に、微かな溜息が乗った。
「ゲームはこれで終りか?」
『いえ、ちょっと想定外だけれど、今度は逆でやってみましょう。つまり、貴方が空中で、小隊が地上』
「そうか」
小隊が呼び戻され、二本目が始まった。空中はまだ不得手なのかブラックオーガは少々動きがぎこちなく、ブラックオーガほど鋭利な動作の出来ない小隊機から、それでも何発かの被弾を許してしまう。三本目は空中同士。一也のぎこちなさに加え、年の功というべきか戦術を修正してきた小隊は、ブラックオーガの動きに制約を掛けつつ命中を積み重ねてゆくが。
『…スコア結果。小隊三十七、ブラックオーガ四十三。四対一で負けるとはね』
呆れ混じりの久音の声に、小隊員達は俯いてしまう。『解散』の声を聞き、重たげな足音を響かせつつスローブへ向かう。
『どう、感想は?』
「うむ。なかなかに興味深くはあったな」
『そう、関心を持って貰えたなら良かったわ。ここでの生活もあと僅かだけれど、出来れば訓練に付き合って欲しいわ』
「それは構わない」
彼自身が、P.A.W.W.を操る事に好感を持ち始めていた。試験勉強は一段落が付き、過去問を元に鈴子の作成した模擬試験でも、充分合格圏内にはある。一度覚えてしまった事を忘れる可能性はほぼない。あと数日間、日々ナンシー達の手で改修が進められているこの機体を纏っていたい、という欲求らしきものを、彼は抱き始めていた。
『それは良かったわ。それと、出来ればなのだけれど、入学後も休日には訓練に参加して貰えないかしら?』
「そんな事が出来るのか?ここは特別な場所と聞いたが」
なにやら自分がこうしている事じたい問題になっていた様な記憶があった。
『ここで仕事をするというなら可能よ。ナンシーさん達も民間人だし、他に何人も働いているわ。身分は、そうね、ナンシーさん達のチームの協力者、という事で良いかしら?試作機の開発に不可欠な人材となれば、許可は下りるわ』
許可が下りる、などと言っているが、命令という形ではなくともこういった提案をするよう打診を、実は上層部から受けていた。すなわち、許可を与える前提での話なのだった。久音としても頻繁に一也の現況を確認出来るのは好ましい。P.A.W.W.に興味と愛着、と呼んでよいものを抱き始めていた一也としても、悪くない提案ではあった。
「ふむ、良いだろう」
『あくまで学業優先でね。入学出来たなら、ちゃんと卒業して貰わないと』
「…ふむ、判った。四年間、きちんとすれば良いのだな?」
『そういう事。寮に入って貰う事になっているけれど、ここでの事は誰にも秘密にね?軍事機密に関わる事だから。基地に来る時にも、注意を払わないと。話を通すべき人がいれば、全てこちらで行なうから』
「そうか。銘記しておく」
『それでは、私達も降りましょう』
率先して久音もスローブへと向かった。何を思ったか、一也は四機のプラズマスラスタを始動、一機にフル回転近くまで持ってゆくと、久音を跳び越えスローブ上を滑空する様に下っていった。
「…元気ね、全く」
通信にのらない一言を呟くと、久音は小さく溜息をついたのだった。
この様にして過ぎていった、一也の朝霞基地における二週間余りの生活は、そして遂に終りを迎えた。この世界に転生するや、いきなり元魔王ヴォイドは例外的な人生コースを歩み始める事になった。これは魔王として積んだ功徳(否、業か?)の為せる業か、悪意ある超越的存在の悪戯か?と、それはともかく。十六才の少年、城田一也は五月八日、国立東京高等職業訓練学校の編入試験を受け、翌日には手配されたホテルで結果を待つ彼の元に合格通知がもたらされた。入学は、翌週月曜日、五月十二日だった。




