第二章 ⅩⅣ
××2087/05/01 (Th)××
午後、インナースーツの上にいつもの作業服で、一也は一人で試験室を訪れた。昨日トランポリンの簡単な練習のあと久音から、案内された施設へは一人で行って良い、と言われたのだ。これはもちろん彼女の一存などで決められるものではない。日本国の民間人に過ぎない彼が、一人で連合軍基地内を彷徨くのは大いに問題がある筈だが、基地司令も承知の上ならば誰も止め立ては出来ない。何しろ憲兵達が彼と軽く会釈を交してゆくのだ、階級章もネームプレートもない作業服姿の少年に。
試験室に入ってゆくと、『試着室』を前に翔太と何事か話し合っていたナンシーが笑顔を向けてくる。
「ああ、来たか。今日は、これを使って簡単な射撃訓練をして貰う」
二人の横にはワゴンが置かれており、その上にはオレンジと緑にペイントされた銃が置かれている。サイズはアサルトライフル程、トリガもなくP.A.W.W.専用の様だが、アサルトライフルと違うのはマガジンもなく、玩具の様な印象を与える所だった。
「射撃をするのか?」
ナンシーは微苦笑した。
「現状これには装備出来ないが、ソフト上は対応可能になっている。現用機にインプリメントされているもののローカライズ版だからね。まぁ、上から射撃時のデータを取っておけ、とうるさいのだ。これは警察の訓練用を改造したものだ。実銃の貸し出しは許可されなかった」
一つ、銃を軽く叩く。相変わらず彼女の言葉には理解不能な部分もあったが、ひとまず放置しておいて良い、と、彼は経験的に理解していた。
「そうか」
『試着室』の前に移動すると、一也は作業服を脱ぎ始めた。それを傍らに移動したナンシーが預かる。
「ああ、そうそう。君のお姉さん、昇進したそうだな、今日」
「昇進?」
その言葉を聞き、『大尉』という言葉が脳裏に浮かび上がった。
「大尉?」
「そう。彼女は三ヶ月ほど前に第一中隊長に任命されたが、これは大隊の副長クラスらしい。そこでいずれは昇進する、という話だったそうだ」
「そうか」
後ろ向きに、ブラックオーガの中に身を沈み込ませてゆく。
「おや、随分と素っ気ないな?嬉しくないか?」
一也にしてみればどうでも良い事だったが、どうやらそれではまずいらしい、と判断する。
「いや、嬉しい。姉さん、にはこれからも頑張って欲しい」
そう言う彼の表情はヘルメットの下に隠され、ナンシーからは見えなかった。装着を完了し開放されると、三メートルほど移動しワゴンから銃を取り上げる。バレル部分を持ったまま眺めていると。
「まずはグリップ部分を握ってくれ…そうだ、そこを右手で。左右どちらでも大丈夫だが、利き手だろう?仮想スクリーン上にサイトウインドウが開かれたか?十字の照準があるな?それを標的に向け、シュート、と言えば弾丸が発射される。これの場合はレーザービームだが。そうだな、試しに『試着室』を照準してくれないか?」
ナンシーの手取り足取り、といった指示に従い、ブラックオーガが銃を構え、『試着室』に銃口を定める。
「では、撃ってみてくれ」
指示からワンテンポ遅れ、『試着室』に赤い光点が現れる。それは数秒で消えた。
「これは訓練用だから殺傷能力はない。それでも目に入れば危険だが。しかし、実銃ならば『試着室』は使い物にならなくなっていただろう。良いかね、取扱にはくれぐれも注意して欲しい。指示されない限り、決して人に向けてはいけない。銃口が斜め下を向くよう保持しておくこと」
『?これに殺傷能力はないのだろう?』
「気構えの問題さ。実銃であろうとなかろうと、常に同じ扱いをする事が肝心なのだ」
『そういうものか?』
「そういうものだ」
『判った。銘記しておく』
「そうしておく事だ」
笑顔でナンシーは締め括った。




