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第二章 ⅩⅢ

 ××2087/04/30 (We)××

 午後、久々にマコの案内で一也が向かったのは、いつもの地下ではなかった。バンカー裏手の、青い倉庫の様な建物。床面積はさほどでもないが、高さは三階建て程度はある。

「ここは?」

建物を見上げ一也が訊ねると。

「ここも私達の訓練施設です」

悪戯っぽい微笑と共に、マコは金属扉横のコンソール、そのタッチパネルに手を押し付けた。上のモニタに『CHECK OK』と表示され、手を離すとタッチパネルにテンキーパッドが表示される。何桁か、一也に見えないよう体で隠しつつ入力すると、『ENTER』とモニタに表示された。扉が内側へ開く。

「さぁ、どうぞ」

マコが先導し、二人は足を踏み入れた。内部は体育館の様で、天井も高い。しかし真っ先に彼の興味を惹いたのは、四台のトランポリンだった。正式競技で使用される物で、全ての台で隊員が跳躍し、傍らに立った上官の指示で様々な技を決めている。

「あれは何だ?」

「あれはトランポリンです。私達機動歩兵が空中での姿勢制御の訓練を行なう為に設置されています。他にも奥にはヨガや座禅を組んだり、マッサージやアロマテラピー等の部屋もあります」

奥側を指さすと、マコは微苦笑した。一也はそれに気付き。

「どうかしたのか?」

「いえ…男の子の君に言っても、判って貰えるかな、と。他の兵種の、特に男性の将兵からは『エステサロン』なんて、皮肉を言われたりするもので」

「確かに、判らない」

彼はあくまで彼女の言葉の内容が判らなかっただけなのだが、彼女の受け取り方は違った。隊員が女性ばかりなのを良い事に、贅沢な施設を作らせているのではないか、という揶揄込みの言葉だと。

「正直なところ、私達がなぜP.A.W.W.を扱えるのか、B.E.とは何なのか、なぜジェナイトが発電出来るのか、私達にさえよく判っていないの。ただ使い方や、多少の制御の仕方を知っているだけ。三十年と少々の時間をかけて、精神的な影響や使用による疲労の蓄積などを知って、それらを解消する方式を模索してきた結果がそれらというだけで。まだまだ暗中模索の最中、というのが実情ね」

「そうなのか?」

一也にとってB.E.とは魔力の事であり、魔道具を稼働させる為に使用しているのは承知の上の事と思っていたのだが。

「いずれ、もっと効率の良い方法や、男性でも扱える様になるかもね。貴方も試作機の開発に参加しているそうだけれど、どうなの?女性だけでは機動歩兵の用員補充が、なかなか難しくなっているから」

「そうだな。男女では、魔力の分布に根本的な」

自分が見知った魔力分布、三つの集束点の性差について説明しようとしたその言葉を、聴き慣れた女性の声が遮った。

「飯島三等軍曹、急いで!」

トランポリンの傍らに立った久音の凛とした声。「はっ」と答え、一也の手を取り小走りになる。

「城田一也氏をお連れしました!」

敬礼し報告すると。

「了解。訓練に戻れ」

答礼しつつ命じると、再び「はっ」と答え、他のトランポリンに駆け出す。

「来て貰って悪いわね。試作機の方はどう?」

口元にのみ笑みを浮かべ訊ねる。一也がここ数日ブラックオーガの運用試験に協力している事を、もちろん彼女は知っていた。それは上の方からの指示なのだ。久音としては内心複雑だったが。この弟の様な何かに、その様な力を与えて良いのか?

「ふむ、少々窮屈だな。本気を出そうとすれば直ぐヒートアウトする」

「ヒートアウト…そこまで発熱させられるのは、私にも無理だったわ。本格稼働で、せいぜい十分程度しか保たなかったし」

一時期久音が試験用員を兼ねていたのだが、四機のプラズマスラスタを全機最大出力まで持ってゆく事も難しかった。改めて規格外なのだと痛感させられる。

「本格的な発熱対策は、あと何項目か消化した後、と言っていたな」

「ナンシーさんが?まぁ、こんな事態、想定した事もないでしょうし」

小さく首を振ってみせる。

「それで、今日は何か用か?」

その物言いに、久音の口元が一瞬引き攣れる。が、すぐさま笑みを取り戻した。中身が元魔王か何かに変わろうと、彼女には一也の姉として彼をハンドリングする責務が課せられていた。あの得体の知れない力が、自分達に向けられない様に。

「…ああ、貴方には、私達が普段どんな訓練を重ねているのか知っておいて貰う必要がある、と思って。これから試作機の試験を続ける上で、必要になってくる筈よ。高等職業訓練学校では三年、四年で少しずつ身に付けてゆく事だけれど」

トランポリン上でインナースーツ姿のまま待機していたサラに向き直り頷くと、彼女も頷き返し立ち上がる。静かにジャンプを開始した。

「まずはストレートジャンプね。トランポリンの基礎。ここから様々な技に入るのだけれど、私達はあくまで軍事訓練の一環として行なっているから、競技の様な難易度は気にしないけれど。ハーフピルエット!」

四メートルほど跳躍したところで久音の指示に従い、右を向いていたサラが中空で身を翻し、左向きとなる。更に指示で再び右向き、そして更に一周した。更に続々と繰り出される指示のままに、前に、後ろに、倒れては立ち上がり、空中で開脚や閉脚で左右の爪先に触れる、といった技を繰り出し、最後は膝をクッションにしてピタリ、とトランポリンを止めた。

「どう?空中で思う通りの動作が出来なければ、P.A.W.W.は思う通りに動いてはくれないわ」

トランポリンを降りてきたサラにタオルを渡しつつ、少し得意げに久音。息を整えつつ、サラは顔を拭いていたが。

「でしたら、ここは中尉殿も良い所を見せてはいかがですか?」

わざとらしく改まった口調でサラが提案した。

「自分が?ふぅ、判ったわ、乗せられてあげる」

悪戯っぽくサラを睨みつつ、久音はジャケットを脱ぎ始めた。インナースーツ姿になり、ヒラリ、とトランポリンに上がり中央に直立する。

「指示を出しますよ。ストレートからハーフピルエット二発、フルピルエットから平背落ち、腹落ち、最後にお得意の1バックのタック、パイク、ついでにバラニーのレイアウトで締め!」

「他人事だと思って大盛りね。了解、城田中尉行きます!」

片手を上げ、跳躍を開始する。ストレートジャンプから、四メートル余りで右向きから体を翻し左向き、また右向きへと一周、次には一回のジャンプで一周。数度ジャンプのあとサラも見せた背中と腹で弾む。技の冴えを見せる傍らで、サラは一也に話し掛けていた。

「ねぇ、貴方のお姉さんは凄いでしょう?さすがに現役では無理でしょうけれど、オリンピックのトランポリン競技にだって出られると思う。実際に元機動歩兵隊員で出場した先輩達もいるし」

「オリンピック…凄いのだな?」

何か様々な競技の様子が脳裏に次々と浮かんでくる。それぞれが何か説明もなく、とにかくこの様な事をする場なのだろう、と理解する。

「もちろん!ほら、よく見て!」

話している間にも、久音は更に弾みを付け高く跳躍していた。と、頂点に達した所で膝を抱え後方に一回転、弾みを付け直し体を折り曲げ後方に一回転、元の地点へ着地する。まるで見えざる鉄棒に掴まってでもいたかのよう。息もつかせず再び弾みを付け始め、先と同じ程まで高さを取り、今度は前方へ伸身の一回転、更に体を半回転捻る。膝のバネを生かし着地、停止した。その瞬間にサラの送った拍手が、周辺へも細波の如く広がってゆく。やがてそれは室内を埋め尽くした。

「訓練中なのよ、集中しなさい」

言葉とは裏腹に、久音は少々得意げだった。息を整えつつトランポリンを降りてくる。

「どう、やってみる?」

トランポリンに右手を掛けたまま誘ったが。

「いや、必要ない」

小さく首を振るが。

「そう?でも、学校に行っても役に立つと思うわ?」

一也が学校というものに強い関心を持っているらしいと、彼女は知っていた。

「もう覚えた。それは必要ない」

サラの跳躍を見ていた時から、一也は考えていた。自分なら、地面からの跳躍でもあの程度はいけそうだ、と。

「さっきも言ったけれど、学校に行っても役に立つ筈よ?確か必修科目になるわ。P.E.の履修コースを持つ中学なら授業に取り入れていると思うし。そういう所から特待生として入ってくる学生達と、貴方はこれから切磋琢磨してゆくのだから、今から少しずつでもやっていかない?」

「そうなのか?」

「ええ。試作機の為にもね」

試作機ブラックオーガの事を持ち出されると弱い一也だった。

「…まぁ、良いだろう」

手早くインナースーツ姿になる。作業衣は久音が預かった。台の上へ上がると一歩踏み出す。ふわふわと足が沈み込み、前のめりになった。

「感じはどう?中央の、十字の所まで行って」

久音には、フラフラと頼りなげに一歩を踏み出してゆく一也が滑稽で、また愛おしさらしき感情も覚えてきた。あれほど恐るべき力を持つ存在の筈なのだが、現状特にトラブルもなく上手くこちらに合わせようとしてくれている様に思えたのだ。確かに弟とは異質のものではあるが、それでも、やはり弟なのか。一也は中央に立った。まだ少々ふらついてはいるが。

「何とも、頼りない」

「直ぐ慣れるわ。それじゃあ、まずはストレートジャンプから始めましょうか」

自ずと暖かいものとなる笑顔で、久音は言った。


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