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第二章 ⅩⅡ

 一也が実験室に姿を現した時には、ナンシー達全員が顔を揃えていた。

「ふむ、なかなか様になっているな」

上から下まで何度も一也のインナースーツ姿を眺め回しつつ、ナンシーが呟いた。想像以上に一也が筋肉質なのに内心ほくそ笑む(実際にはヴォイドの魂が肉体を修復した際の影響によるものだが)。どうやらマッチョ好みらしかった。

「そうか?」

相も変わらず面白みに欠ける一也の態度に苦笑しつつ。

「まぁいい。では、昨日の様に装着してくれ。今日はバックパックも背負って貰う」

『試着室』を指さしナンシー。一也はその前に立つと背を向け、ブラックオーガの中に身を沈めていった。咲がクライアントシステムを操作し、装着させる。背後から姿を現したバックパックが接続されると、固定アームは機体を解放した。

『ゆっくり出てきて』

イヤホンマイク越しのナンシーの指示に従い、『試着室』から降りる。バックパックには、アームを介しプラズマスラスタが装備されているが、三機ではなく四機だった。バックパックの両脇には刀身を二.五倍程の長さにしたナイフ(もはや日本刀と言って良いたたずまいだが)が一本ずつ装備されている。

『この機体は空中における高速性、機動性を重要視している。火器による破壊の困難なバグス等を撃破するのがコンセプトでね。今は背中のフレイムソードで装甲を切り裂いて爆弾を放り込むなり銃弾を叩き込むなりするという、一撃離脱戦法を想定している。まぁ、それに賛同してくれるイクイッパは少なそうだが』

自虐めいた口調だった。あるいは久音並みの技量を機動歩兵の大半が身に着けていれば充分有用かもしれないが、近接戦闘を強いるこのコンセプトに賛同する者、出来る者は少数に留まらざるを得ない。またあるいは、あらゆる物理攻撃を無効化する手段を有する者も、か。

「そうか?目の前に色々と描かれているのだが?」

『ああ、それらについてはこれから説明する。とはいえ今は最低限の事のみだが』

言いつつナンシーは咲の横に移動した。それから二十分余り、咲の操作によりブラックオーガ内の仮想スクリーンに表示されたアイコンやウィンドウ、メニュー等のレクチャーが行われた。一也はそれらを次々と呑み込んでいった。

 実験室を、ナンシーを先頭に一也、翔太、咲の順で出た。この詰所へ初めて来た時に案内された訓練室へ向かう。まずは基本的な跳躍訓練を行う為だった。

『…一つ、質問だが』

一也からナンシーへ通信が送られて来た。

「何か?」

イヤホンマイクを押さえつつ、訊ねる。

『周辺の者達がこちらを見ている様だが、何かあったのか?』

整備ブロックで作業中の兵士達が、作業の手を止め奇妙な物でも見る様な視線を投げかけてくるのに気付いたのだ。

「ああ、そうだな。こうして本格的に稼働させるのは、約三か月ぶりか」

『間が空いたな。どうかしたか?』

「ふむ。残念ながら、君の前任者でもこれを満足に稼働させられなかった。機動歩兵としては優秀なのだ、彼女の責任ではない。だから仕様を見直し、改造していたのだ。本来なら、明日には再度稼働試験に協力して貰う筈だったが。君の出現で一気に進捗しそうだよ」

上機嫌そうにナンシーは返答した。持てる能力を発揮出来るか扱う者の資質に大きく左右される兵装であれば、開発スケジュールが人材次第という難問に回答が与えられたも同然なのだ。むしろ、今度は能力不足どころか過剰への対策が求められており、そちらならば幾らでもやりようはある筈だった。試験結果次第で、更なる武装の追加も視野に入ってくるだろう。この機体自体の正式採用は難しくとも、新兵装のテストベット機として評価を得られれば…

『どうした?笑い方がおかしい様だが?』

ほくそ笑むような、黒いオーラをまとったナンシーの表情を、一也は横目でカメラ映像越しに読み取った。このシステムに慣れてきた証拠だ。表情の違いに気付いたのも、この世界に慣れてきた証拠と言える。しかし指摘された方は恥ずかしい事この上ない。取り繕う様に引き締める。

「いやなに、これからの開発スケジュールについて思考を巡らせていた」

コホン、などと小さく咳払いしつつ。

『そうか?』

一也はまだ、突っ込むというスキルは身に着けていなかった。

 訓練室は無人だった。この時間帯のみ貸切にしていたのだった。機密保持のため、というよりむしろ、初めて本格的に稼働させる一也がやらかしかねない不始末を配慮しての措置だった。咲とナンシーが机に向かい、一也は部屋のほぼ中央で待つよう指示された。

『目の前に、大きなウインドウが表示されたかな?そこに表示されているのが頭部カメラの映像になる。今からその中央に縦線が現れる。その左右に細い線も表示されるから、中央の線がはみ出さない様に、横線が現れるまで上昇、現れたら同様に下降して欲しい。はみ出せば、警告表示がされる』

説明の通り、仮想スクリーン中央に大きく、ウインドウが一つ開かれている。そこには訓練室の様子が表示されていた。十メートル余り向こうの机に着いた咲とナンシーの姿もあった。と、その中央に黒い太線と、左右十センチ程のところに細いオレンジ色の平行線が表示された。黒線がオレンジ線の間に収まるよう浮上すれば良い、という事だ。

『表示された?』

「ふむ」

『これは基本的な訓練でね。今日はあくまでP.A.W.W.による空中浮遊を体験して貰うのが目的だ、うまくゆかなくて構わない』

「そうか。では始める」

『了解』

通信が切れると、プラズマスラスタのアイコンを起動する。四つのメータとスライダが表示される。と更に一つ別にスライダが。全体の出力調整用だった。彼が視線でそれを上げてゆくと、メータが一斉に回転を始める。外部マイクが拾うモータ音が、徐々に大きくなっていった。と、彼の体が重力から解放されたかの様な感覚が襲ってくる。カメラ映像が、ゆっくりと見下ろす角度になってゆく。黒線とオレンジ線は、ほぼ等間隔を保っている。ふむ、こんなものか、と、一也は何気なく左右で交互に肩胛骨を動かした。と、突然、視界が揺れ出す。右へよろけてオレンジ線をはみ出し『WARNING』と大きく表示される。修正しようと今度は左へ傾けすぎ警告表示が。この動揺は収まることなく横線を通過してしまう。危うく天井に衝突しかけてそれに気付き、スライダを下げた。が、急激すぎほぼ自由落下状態になり、また少々上げて床との衝突は回避された。着地時、よろけて前のめりになる。

『どうかな、初体験は?』

少々楽しげなナンシーの声に、一也は苛立ちの様な感覚を覚えた。

「…これは、どういう事だ?」

『P.A.W.W.を操縦するには、自分の肉体を知り、コントロールする必要がある。現状は特に敏感な設定に調整してあるから、僅かな動作にも機敏に反応する。それを理解して貰いたかったのだ』

「そういうものか」

『ここで訓練風景を見学した筈だが?彼女達がここでしていたのは、そういう事だ』

外から見ているだけでは中空であちらを向いたりこちらを向いたり、上下したりしつつ銃を構えているだけにすぎなかったが、自身の今し方の体験と比較して、高度な技術が必要とされていた、という事を理解する。

「我もああなれるのか?」

『可能ならば。残念ながら、君がここにいられる時間は残り少ない。あくまで機体の試験運用者と考えて、技術を磨けるならば幸運、程度に考えていて欲しい』

「良かろう、銘記しておく」

ブラックオーガが小さく頷いた。


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