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第二章 Ⅹ

 ××2087/4/26 (Sa)××

 前日に続き、朝から鈴子の指導で編入試験の為の勉強があった。一也はこと記憶に関する限りは優秀で、それが数式であれ、英単語であれ、地名や人名、歴史的出来事であれ一発で記憶出来た。問題は、その応用だった。数式などは、簡単な計算問題ならばいざ知らず、文章問題で求められている解答を得る為にどう活用すれば良いのか見出す事が不得手だった。もっとも、それには文章自体の理解力、という問題も多分にあったのだが。

「まぁ、その辺りは慣れですから」

鈴子はしたり顔でそうアドバイスを締めくくった。

 昼食は、マコとは別の隊員が運んで来た。彼女は口数も少なく、一也には不審者に対する様な視線を向けてきた。久音の弟という事は承知していただろうが、それでもなぜこの少年が基地内でこの様な待遇を受けているのか、物問いたげだった。非常時に基地内で非戦闘員を一時的に保護する事はありうるが、その国で用意、指定された避難施設に退避するのが原則で、もちろん非常時でなくなれば速やかに帰宅させなければならないのだ。もし帰宅すべき場所が失われたとしても、それはその国の政府が対処すべき事なのだ。その不審のせいか食事中も終始無言の彼女だったが、もちろんそんな事を気にする一也ではなかった。

 昼食を済ませ、無言のままの隊員に先導されて再び作業室を訪れる。ナンシー自ら、扉を開け迎えた。

「ああ、よく来てくれた」

「約束だ」

室内に紗智の姿はなかったが、テーブルに二人の男女が着いていた。扉が開かれるや、二人は会話をやめほぼ同時に立ち上がった。男性の方には見覚えがあったが、女性の方は初顔だった。

「紹介しよう。こっちが三好みよし 翔太しょうた君。昨日会っているね。主にハードウェアの保守、改修を担当して貰っている。こっちは、昨日は席を外していたが相場あいば さきさん。ソフトウェア面の担当をしている」

紹介されるや二人は会釈をした。教えられた通り、一也も会釈を返す。二人の印象は対称的だった。「宜しくね」と、昨日同様爽やかな翔太に対し、咲は無表情で、それが陰湿な印象を与えた。もちろん、そんな事はどうでも良い一也だったが。

「それでは、早速でなんだがあちらへ移動しよう」

ブラインドが上がったままの窓を指さす。

「昨日のあれは良いのか?」

部屋の片隅に片付けられた測定器を指さすが。

「ああ、一度測定すれば充分でね。昨日のうちに、君用にセッティングは済ませてある。ジェナイト基盤は応急措置として冷却液に漬けてあるが」

一也の横を擦り抜け部屋を出ると、彼の手を取った。と、一瞬放したが、再び手を取り引いてゆく。今は『通常』状態なので、問題はなかった筈だが。基地司令同様、人ならぬものを感じたのだろう。引かれるまま隣室へ向かう一也に、翔太と咲が続いた。

 試験室の広さは作業室の三分の二程度だった。ほぼ中央に整備用ターレットが設置され、『試着室』が設置されている様は見て判っていたが。間近で見ると意外に大きいと感じる。奥の壁際には大型の引き出しを備えたキャビネットが並んでいる。左側、整備用ターレットの向こうには事務机が一つきり。その上にはパーツや工具が置いてあった。咲は小走りに事務机に着くと、クライアントシステムを起動させた。一つ頷く。ナンシーも頷き返し。

「あの中に入って。さっきも言った通り、体格は合わせてある」

一也は三段のタラップを上がり、『試着室』の中に足を踏み入れた。ヘルメットや装甲の開放されたP.A.W.W.の正面に立つ。見えている内部は完全に布張りがされているが、ただの布ではない。衝撃緩衝用に電気で膨張する様になっているのだ。人工筋肉の応用だった。暫し眺め回していると。

「…背中を向けて、足を入れて。きちんと納まったら、咲さんが装着させてくれる」

どうすれば良いか判らず戸惑っている、と思ったのか、ナンシーが指示する。一也は静かに、それに従った。足を入れた時、胸中に何か、温かいものが湧き立つ様な気がした。これも、この肉体の記憶がもたらしたものなのか?手の指を右、左と差し込む。上体を預ける様にすると、咲の見つめるモニタにOKサインが表示される。彼女がキーボードを操作すると、P.A.W.W.の装甲が下から閉じられてゆく。閉塞が完了し、固定具が解除される。一也は一歩、踏み出した。タイムラグがあって、P.A.W.W.も動き出す。

『聞こえているかな?今回は起動とB.E.適合値のキャパ確認だけなのでその格好で良いが、本格的に稼働させるならインナースーツが必要になる。ここでは着替えられないから、君のお姉さんに言っておこう』

上着のポケットから取り出したイヤホンマイクを装着したナンシーの声が、ヘルメット内に響く。眼前に広がる未体験の世界に戸惑いながらも、一也はナンシーの方を向き頷いた。やはり動きが遅れる。不快感が湧き上がってきた。

「反応が悪いが?」

『ふむ、それが正しく、インナースーツの必要な理由なのだ。P.A.W.W.とは、本来は人の神経や筋肉を流れる微弱な電気を検知し、むしろ肉体よりほんの少し早く動き始めるものだ。その為にインナースーツが筋電位情報等をスムーズに機体に伝達する役割を果たすのだが。今はそれが出来ていない為に、君が体を動かす事でアクチュエータのセンサが負荷を検知し動作させている。だから少し遅れる事になる』

「そうか。しかし、動くのならばそのインナースーツとやらは不要ではないか?」

『ただ単に歩く、等の単純動作のみならばそうだろう。実戦では、特に空中機動ではその僅かな遅れが致命傷となりかねない。戦闘をする為には絶妙な肉体の使い方が求められるが、その意図した通りに稼働させる為にはタイムラグなど許されない』

「そうか」

ひとまず納得する事にする。スーザンは咲の傍らに移動した。

「どうかな?」

「現状は、安定しています」

ジェナイトの発電量や温度等を確認しつつそんな会話をしている横で、一也は眼前に立った、イヤホンマイクをした翔太と相対していた。

『どうだい?不自由なところはない?ちょっと指を動かして見せてくれないかな?』

両手を顔の前まで持ち上げ、何か揉む様に指を動かす。一也はそれに倣った。滑らかに動作している様だった。

『うん、大丈夫かな?じゃあ、今度は首』

右に、左に、ぐるりと回すと、一也も続く。更に翔太は足踏みや、両腕を大きく回転させる、といった様々な動作をしてみせ、一也はそれに追従した。

『うん、問題はないみたいだね』

爽やかな笑顔で頷いてみせる。

「そうか。もう良いな?」

一也には別に、確認しておきたい事があった。バグスとの戦闘で使用したあの防弾シールドの様に、この鎧を霊性外殻内に取り込めないか?この鎧の防御力がどの程度か未知数だったが、少なくとも霊性外殻程ではないのだろう。ひとまずは飛行能力さえ手に出来れば良い。あの時と同様、両手の指から機体を包んでゆく様に。と。

『うん?ちょっと待つんだ、ちょっと!』

ヘルメット内でナンシーの声が響いた。重なる様に警告の電子音が短く鳴る。と、唐突に眼前が暗くなった。体を動かそうとするが、石化でもしたかの様に微動だにしない。と、装甲が全て開放された。外部からのコマンドにより、予備バッテリを使用して行ったのだ。眼前には、ナンシーが顰め面で立っていた。

「一体、何をしたのだ!?」

「どうかしたか?」

「急激なジェナイト基盤の発熱でヒートアウトした。一体何をしたのだ?」

眉間に皺を寄せ詰め寄ってくる。しかし、その問いに答えるつもりはなかった。彼の秘密を知る者は増やせないのだから。

「さぁな。特に何もなかったが?」

しれっ、と答える。ナンシーは暫し一也の顔を見詰めていたが、ただでさえ能面の様に変化のない表情から、嘘か誠かを読み取るのは諦めた。そもそもこれ以上詰問しても、最後には機密だ、の一言で切り捨てられるだろう。

「ふうっ。まぁ、B.E.適合値は、精神状態によっても変動するから、急にテンションでも上がったのか?」

ぶつぶつと呟きながら机に戻ってゆく。暫しモニタを見詰め、やがて口を開いた。

「温度が下がってきたから、もう一度閉塞する。良いかな、平常心だよ、平常心」

ブラックオーガの装甲が閉じられてゆく。ヘルメットが閉じられると、仮想スクリーンの表示が元通りになる。

『箱の中に戻ってくれるか?さっきの様に立って』

「それからどうするのだ?」

『今日はこれまでだ。目的は達成された。ふぅ、冷却を考え直さなければな』

ヘルメット内にナンシーの溜息が響いた。

 夕食を部屋で済ませ、一人ベッドに腰掛けたまま一也は考えていた。自分が霊性外殻であの鎧を覆う様にすると、魔道具の要であるジェナイト基盤とやらが動かなくなるという。そういえば、と、ナンシーが自分の魔力、B.E.適合値が高すぎる、と言っていたのを思い出す。確か、男性としてはもちろん、女性よりも高いのはあり得ない様だった。姉さんとやらの百七十で破格だと。ならば、これを下げる必要があるのか?姉さんとやらからは、不審を抱かれる真似は慎むよう言われている。そういえば、と、造物主とやらも色々と忠告してきたのを思い出した。自分については、もう何人かに言ってしまった。色々と判ってくるまで、自分に関してはこれ以上余計な発言はするまい。詮索を受けるのも避けなければ。ならば、やはり考えなければならないか。しかし、彼は自分の魔力を抑える方法など、これまで試した事がなかった。そんな必要はなかったのだから。しかし、と、そのヒントは今日得た筈だ。自分が霊性外殻を鎧まで広げようとしてジェナイト基盤とやらが過熱したのなら、逆に意識的に狭めれば良いのではないか。と、彼は自分を覆う霊性外殻が蠢くむず痒さを、全身に感じた。やはり思考に反応したのだろう。今それは全身を、服まで含め二ミリ程の厚みで覆っているが、魔力はより広範囲に放出されている筈だ。そうでなければ、あの測定器は反応しなかっただろう。しかし、霊性外殻を狭めるよう操作すれば、あるいは放出も抑えられるか?イメージしてみる。全身の霊性外殻を、少しずつ薄くしてゆく様に。と、身体感覚に違和感が。尻に、マットの圧力を感じる。生温い気温、何かの香り。今までそれらを感じていなかった訳ではないが、より鮮明になったと言うべきか。これで魔力を抑えられているかは判らないが、防御が疎かとなっていないか気になった。立ち上がると机の前に移動し、右手の拳を軽く打ち付けた。思っていたより大きな音がする。拳から、微かに衝撃が上がってくる。やはり防御力は心許ない様だ。それでは広げるのは?今度は逆に広げてゆくイメージ。しかし、やはり元のところまでしか広がらない。残念ではあったが、ひとまずはこれで充分だ、と、自分を納得させる様に胸中で呟くのだった。


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