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第二章 Ⅴ

 僅かに間を置き、晴美は静かに口を開いた。

「…さて、我々は、この少年をどうすべきだろうか?少年は、我々にはない力を、もしかすると我々には対抗しうる手段のない力を持っているものと推測されるが?」

基地司令のその言葉に、自分の推測以上に自身の能力は希有なものだと一也は知った。

「この少年は、危険であると考えます。連合軍基地にて保護観察処置とするのが適切ではないでしょうか?」

師団長が、当然といえば当然の意見具申をする。もちろん、久音が黙っている筈はなかった。師団長に向き直り。

「お待ち下さい。少年は、日本国籍を有する非戦闘員であります。その少年を、どの様な理由で保護観察処置となさるおつもりですか?真実を公表なさいますか、あるいは、まさか火星側のスパイだったとでも?」

真実など公表すれば、余計な波風を立てる以外の何者でもない。さりとてスパイだったなどと言えば、生まれつき病弱な少年という事実と齟齬を来す。のみならず、姉である久音にも当然スパイ疑惑が持ち上がるだろう。余りに大事になり、久音の立場も危うい事になりかねない。

「うう、ならば、連合軍の病院に転院、という事にして、特別収監病棟にでも収容すれば良いだろう?」

特別収監病棟とは、重大な軍規違反を犯し負傷した軍人、軍属等が、治療と同時に監視、事情聴取等を受ける為の病棟だった。連合軍の病院は日本にも数カ所点在するが、そういった施設を備えているのは一部に過ぎない。

「転院願いならば二度、上申しております。この時点で転院が認められる、というのは不審視されると思われます。そもそも、弟が早くこういった状態になっていれば却下される事もなかった、という事でありましょうか?」

皮肉混じりの物言い。連合軍の病院ならば、士官の親族である一也も種々の優遇措置が受けられた筈だった。

「何だその物言いは!?何か意見があるのか!?」

師団長の表情が険しくなる。

「いいえ、何もありません!」

久音は口を噤んだ。緊張した空気が流れ出すなか。

「基地司令、意見具申、宜しいでしょうか?」

口を開いたのはスーザンだった。

「許可する、何だね?」

「はっ。少年は、確かに数時間前までは病弱であったと思われます。そうですね?」

不意に視線を向けられ、紗智はドキリ、とした。

「は、はい、確かにその通りです!」

必要以上に力んだ返答。スーザンは微笑んだ。

「ありがとう」

視線を基地司令に戻し。

「さて、その少年は、むしろ今や我々よりも壮健である、と言えましょう。ならば、年齢からして勉学の場に身を置かなければなりません。しかしながら、一般的な学舎では不都合の発生する可能性は容易に想像出来ます。情報管制が容易かつ在校生も可能な限り少数な学校が望ましい、と考えられます」

晴美の瞳が輝きを放った様だった。

「なるほど…とすれば、候補は自ずと絞られてくるな?」

「はっ。東京か京都、いずれかの国立高等職業訓練学校が相応かと」

その回答に、久音ははっ、となる。国立高等職業訓練学校は高校卒業資格が取れると同時に、主としてP.E.関連の職業訓練が受けられる学校だった。国立なのは、その卒業生がたいてい連合軍のP.A.W.W.や警察のL.E.E.のイクイッパ等になる事を前提としているからだった。そういった分野に限らず、建築や土木、製造業、医療など、P.E.の活躍する分野は広く、放射性物質の様な危険物を扱う現場では必須とされている。それだけでも国家規模でのイクイッパ養成は急務なのだが、更にこれらの学校は特に機密性の高い分野における人材育成に主眼を置いているのだ。戦争中ともなれば尚更で、在校生、卒業生は言わずもがな、中途退学者に到るまで一部守秘義務が課せられた。義務違反が露見すれば、刑罰が科せられる可能性もあるのだ。

「なるほど。となれば、東京の方が好都合かな?親族も近くにいる事だし、精神衛生を考慮しても?」

正式名を国立東京高等職業訓練学校。西武線練馬駅から徒歩ゼロ分の好立地で寮を完備している。四年制で、在学生は三百に満たない。入学を許されれば学費、授業料、寮内での飲食費等は全て免除される(ただし中途退学の場合は返済義務が発生するが)。その卒業生は、たとえ連合軍や警察に進まなかったとしても、一種のステータスシンボルとしてP.E.関連の職業でまず働き口に困る事はないだろう。

「はっ、同意します!」

「ふむ。そうとなれば、入学手続きをしなければな。城田中尉、協力が必要となるだろう」

「はっ。基地司令、発言を宜しいでしょうか?」

「許可する」

「はっ、有難う御座います!自分の記憶によれば、当校は中途入学を認めていない筈でありますが?」

基地司令は小さく首を振った。

「それは違うな。編入試験及びB.E.適合検査に合格すれば、中途であろうと入学自体は可能なのだ。ただ、そういう学生はカリキュラムにキャッチアップするのが難しく、落第してしまう事が多いだけでな」

落第は強制退学なのだ。日本全国から集まった受験生から毎年百名余りが入学を許されても、四年生にまで進級出来るのは三十~四十名程度だった。

「はっ、ご教示有難う御座います!」

会釈する。一つ頷くと、基地司令は一也へ視線を向けた。

「さて、あそこに入学するとなれば、多少なりと勉強をして貰わねばな。編入試験を受ける事になるが、連休明けになるだろう。それまで当基地に滞在し準備を行なうと良い。許可は出しておこう。勉強の手配もな。部屋は城田中尉と同室で良いかな?」

「はっ!」

久音は敬礼した。二週間近く、弟の様な何かとルームメイトとなる。内心不愉快かつ不安だが、おくびにも出す訳にはゆかない。

「それと、少年には他に基地内でやって貰わねばならない事があるだろう。男性があそこへ入学したケースは、私の知る限りなかった筈だ。共学ではあるが、実質的な女子校だな?少年が入学可能となったストーリーの作成及びB.E.適合検査が必要となるが、その結果次第では調整が必要となるだろう。低ければ高く、もし高ければ低く」

「その様な事が、二週間足らずで可能でしょうか?」

様々な訓練を通じB.E.適合値を高められる事を、彼女は知っていた。しかし、それは最低でも数ヶ月、油断なく継続した結果である筈だった。それでも精々が元の一、二割程度に過ぎない。

「何とも言えんな。君の方が専門の筈だが。さて、君はB.E.適合検査を受けた事はないかな?」

久音から一也に視線を移し基地司令。

「我はない。それは何だ?」

「ふむ、自分も充分な知識がある訳ではないが。生命活動を行なうものが放出している不可視のエネルギー、というところか。発見されてそれほど経ってはいないが」

その説明から、一也が思い当たるものは一つしかなかった。彼にとって、それは不可視ではないが。

「なるほど。それが魔力というなら、そこの二人を足したより多いと思うが」

制約については言及を控える。指されたスーザンも久音も機動歩兵の平均よりは高い適合値を誇るが、それを足したより多い、というのは明白に歴代記録を凌駕するものだろう。

「…それは、君がまるでB.E.を認知できるかの様に聞こえるが?」

「ふむ、そうだな。まぁ、貴様達がどの様に認知しているかは知らんが」

視える事は伏せておいた方が良い様な気がして誤魔化した。

「我々は機械を用いるが。君もその機械にかかって貰う事になる」

「そうか」

それきり一也は口を噤んだ。基地司令は机に視線を落とし、内心溜息をついた。国立東京高等職業訓練学校には伝があり、多少適合値が低かろうと、少なくとも一年間は在学可能だろう。それだけあれば、何らかの措置を講じる余裕は充分にあると思われた。ところが。この少年は、事もあろうに現役の機動歩兵より遥かに高い適合値を持つというのだ。そこに多少の誇張があったとしても、高すぎた場合に低くする事など可能なのか?学校でも卒業までに何度となく測定するのだ、誤魔化しきれるものなのか?もしそれに失敗し目立ちすぎれば、今度は連合軍のリクルート組織が動き出すだろう(彼らの、硬軟取り混ぜたやり口に対抗するのは厄介だった。ましてその姉が機動歩兵となれば)。連合軍の高級将校でありながら、彼にとってそれは決して望ましい事態ではなかった。とにかく、と、二週間あまりの間に、全ての確認と準備を済ませておかなければ。再び視線を机の前の二人に向ける。

「ふむ。用件は以上だ。小杉少佐、城田中尉、下がって良い」

基地司令の一言で、スーザンと久音は直立、敬礼をし、退室していった。その途中、久音は一時一也を睥睨した。彼の方は彼女には無関心な様で、基地司令の方を見ていた。


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