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クライマックスの様なプロローグ・Ⅱ

 実のところ、レイモンド達はある程度、魔王について情報を得ていた。神官長が一種のトランス状態で下されたとされる神託。魔王ヴォイドが、人と本来の姿を使い分ける、という事も、その中に含まれていた。どうやら、それは本当だった様だと、レイモンドは少し見直した。他にも情報はあったが、それらを元に彼らが立てた作戦にも勝算がありそうだと、今更ながら確信が持てる。

「…来るぞ!」

レイモンドの一言で、一同は武器を構え直す。しかしどうしたわけか、そこにカークの姿はなかった。みな、それを気に掛ける様子もない。それはともかく、煙はやがて異形なる者を顕現させた。

 一見、人の形をしているそれは、しかし確実に異形の者だった。身長は、軽く五メートルは超えているだろう。上半身は女性らしい、丸みを帯びたフォルム。豊かな胸の膨らみすらある。しかし下半身は、筋骨逞しい男性のもの。更に頭部は、どの様な動物とも異なる。蛇の様な口には一対の牙が伸び、その先には狼の様な頭部が。そこには四対の目が並ぶ。上から黒、赤、緑、青、とそれぞれ瞳の色が異なる。今は黒の瞳が、怪しい光を宿していた。鼻や耳は識別出来ないが、ない、という事はまず無いだろう。その代わり、目立つのが両側に突き出した、山羊の様な角だった。

「ふ、魔王の名に相応しい禍々しさ…」

嘲笑ぎみにアニーが呟く。自らを鼓舞する為に。今にも震えだしそうな右手を、左手で押さえる。『大丈夫、すべき準備は全て、済んでいる』と、胸中で自分に言い聞かせる。

「さぁ、来るが良い。絶望を知りたければ」

仁王立ちのまま勝ち誇った様に、魔王は手招きした。レイモンドは剣を構え直し。

「はぁっ!」

一足跳びに襲い掛かる。氷の塊に矢が、それに続く。

「ふん」

魔王は右腕を突き出した。レイモンドの体があと数メートル、というところで見えざる壁に衝突した。魔道具の鎧の為に痛みはないが、尻餅をついてしまう。矢も弾かれて床に転がり、氷の塊は砕けた。

「ふふ、我が霊性外殻は盾にして剣よ。自在に伸縮可能ゆえ、貴様らを圧死させても良いが、それでは芸がなかろう?」

黒い瞳の光がすっ、と消えた。代わりに、赤い瞳が光を宿す。

「趣向を変える。来るが良い」

毫も動かず、手招きしてくる。安い挑発に、しかしレイモンドは乗った。斬り掛かってくるのを、魔王は構えもせず待ち受ける。跳躍し、頭部目掛けレイモンドは斬撃を見舞う。やはり、魔王はノーリアクションだった。何もする必要がなかったのだから。

「うわっ!」

刃がその頭部に触れる直前、振り下ろしたと同じ勢いで、剣が弾かれたのだった。即座に手放したからこそ足から着地出来たものの、そうでなければ剣に振り回され、無様に地面に転がっていただろう。床に転がる剣を取り上げると、正眼に構え魔王を見据えつつ後退した。

「ふふ、『反射』よ。剣であろうが火球であろうが、全てお返しするぞ?自ら己の力を食らってみたければ遠慮はいらぬ」

物理攻撃も魔術も、正確に方向のみを反転させる、という事だった。話に聞いていたレイモンド達は、攻撃体勢を取ったまま動かない。数分もその状態が続き、魔王は興を殺がれた様だった。

「ふん、つまらぬ人共よ。もはや手詰まりか?ならば、これではどうだ?貴様らにも、破れるやも知れんぞ?」

光宿す瞳が変わる。赤から緑へ。再びレイモンドは斬り掛かっていった。サンドラは弓に矢をつがえ、アニーも火球を発現させた。

「シュート!」

レイモンドに先んじ魔王を襲った火球が、消失する。矢は弾かれる事もなく、力なく床に転がった。レイモンドは幾度となく斬り掛かっては、不可解そうな表情をする。

「手応えが、まるでない…」

遂には諦め、跳び下がった。魔王の忍び笑いが、それを追う。

「くくくく、貴様ら如きの力では、我の『吸収』を飽和させられんと見える。我を斃すと言う割には、実力不足も甚だしいのではないか?」

「…」

嘲笑する魔王を、三人はただ黙って見据えていた。確かに、魔王の防御力は完璧に思えた、ここまでは。しかし、彼らには勝機が見えていた。その唯一といって良い好機を引き寄せる為に、彼らは作戦を練り、十全な準備を進めてきていたのだ。

「さて、最後に望みを叶えてやろう。どの様な最期が良いのか?」

「…いい気なものだな。高い防御力を自慢して、悦に入るとは。魔王ともなれば、戦慄を覚える様な攻撃手段の一つも持っているかと思っていたが」

落胆した様なレイモンドの、それは誘い文句だった。魔王を斃す方法は判っていた。胸の心臓を貫くのだ。もちろん、この防御力が相手ではそれは容易でない。たとえ、霊性外殻を破れる程の魔力を注入可能な武器があったとして、更に硬い肉体を切り裂く程の硬度を誇る金属など、そうそうあるものではない。魔術によりそれが可能であったとしても、それ程の魔力を供給しうる人間など、はたして存在するのか?しかし。情報によれば、魔王の霊性外殻には更にあと一つの状態があった。その状態に切り替えさせる事が出来たならば。彼らの作戦は、全てその一点に賭けて準備されていたのだ、これまでの茶番劇を含めて。

「何、自ら死を望むというのか?しかも、ありふれた死では飽き足らぬと?」

「死ぬ気などない。芸のない魔王に幻滅を覚えただけだ」

この期に及んでの大言壮語。そこに傍観者があったならば、ただの強がりと普通は考えるだろう。傍観者ならぬ魔王がそう考えたとしても致し方あるまい。とうてい他に打てる手があるなどとは思えない状況は、しかし全てお膳立てされたものだったのだ。

「くくくく、我に実力を見せよ、とは、狂気の沙汰よ。良かろう、望みの通り我が力、見せてやろう!いまわの際に、目に焼き付けるが良い!」

光宿る瞳が三度変わる。緑から青へ。口からチラリ、蛇の様な舌が覗いた。

「こうなれば、もはや貴様らに死以外の未来はない!我が『分解』に受けはあり得ぬ。生に執着するならば、悉く回避する事だ、出来うるならばな!」

右腕を振り上げ、横に薙ぎ払った。と、不可視の刃が一本の柱と緞帳を切り裂いた。が、何かが触れた様な音はない。更に返す刀で斜めに切り落とされた柱の一部が、床の上に転がる。その音が異様に大きく響いた。これこそ、霊性外殻最後の状態だった。好機は訪れた。レイモンドは険しい表情のまま、口を開いた。

「カーク!」

呼ばわるや、指笛が答える。万事、準備は調ったのだ。

 頭上一メートル余りが不意に切断されたのを見て取り、フードの下でカークは冷や汗を拭った。柱の背後から、レイモンドと魔王の遣り取りを聴いていたのだった。戦闘開始後、彼に関する言及がなかったが、彼が何もしていなかった訳でも、決して作者が彼を忘れていた訳でもないのだ。むしろ彼は、彼らが練り上げた作戦の要となる下準備を、魔王に気付かれぬよう認識阻害の魔術が付与されたローブを身に着け、細心の注意を払いつつ行なっていたのだ。レイモンド達が戦闘に入り、アニーの火炎魔術が炸裂するタイミングで彼はフードを被り、一人柱の陰に隠れた。戦闘の展開を横目にしつつ、柱の陰から陰へと移動する。そこでは神器として託された投擲用の短剣を床の石畳の隙間に突き立て、教えられた呪文を唱えた。その様な作業を八回も繰り返し、レイモンドが手応えのない斬撃を繰り返している辺りで終了したのだ。指笛は、『準備完了』の合図だった。

 指笛を耳にするや、アニーが前に進み出、杖を掲げた。

「アルティメット、バインド!」

杖が床を叩く、と見るや、柱の陰の短剣が光を放つ。それは瞬時に、魔王を中心にした魔法陣を描き出した。

「これが?」

馬鹿にした様な魔王に、魔法陣の中から続々と魔力の鎖が出現、絡みついてゆく。がしかし、それらは魔王に届くまでもなく『分解』され、岸壁に砕ける波濤の如く消失する。それでも続々と鎖は出現した。

「ふふ、今の我にこの様な小細工が、通用するものか!」

無駄な努力よ、と嘲笑混じりに叫ぶ。が、三十秒と経たずに変化が現れた。

「む、これは」

明らかに『分解』の効率が落ちているのが、レイモンド達の目にも明白となった。それまで触れる事すら叶わなかった鎖が、短時間とはいえ絡みつくところまで来ていた。『分解』がその機能を発揮するとき、少なからぬ魔力を消費する事に加え、多少なりと魔法陣が魔力を吸収している事を、彼らは知っていた。

「ええい!」

焦燥を覚えた魔王は、とある魔術を用いるべく魔法陣を展開しようとした。しかし、今度はそれがかき消される。

「何ッ!」

「転移魔術など起動出来ないわ。たとえ気体や液体に変化しようと、その魔法陣の中から出る事は出来ない。究極の拘束魔術なのだから」

魔法陣に魔力を注ぎながら、得意げにアニーが説明した。とはいえ短剣や吸収した魔力もあるため、さほどの負担ではない。次の手順に移るべきと判断したレイモンドは、サンドラに視線を送った。小さく頷き返したサンドラは、矢籠から四本の矢を抜いた。それらには、しかし鏃がない。先端には、魔石と呼ばれる魔力と術式を封入出来る宝石が嵌められている。左手の人差し指で刹那、触れると、僅か光を宿す、魔力の鏃が出現した。弓につがえ、身動きのとれなくなりつつある魔王へと引き絞る。放てば、それは右腕の付け根に命中、かなり深く食い込んだ。

「ぐうっ、貴様ら!」

魔王の歯ぎしりが聴こえてきそうだ。あと素早く三回、サンドラは一連の動作を繰り返し、左腕、左太股、右太股と射た。『分解』の為か魔法の鏃は消失したが、矢の先端は体内に食い込んだままだった。

「おのれ、この程度で我を斃せると思うか…うっ!?」

攻撃に出ようとして、体内で何か別の魔術が発動したのに気付く。矢先端の魔石によるものだった。と、体が麻痺した様に動かなくなる。

「これで斃せるとは、思っていない。それは二つの役割を持つ。一つは、短時間でも貴様を麻痺させる。そして、状態の変更も阻止する。貴様は『分解』状態のまま、拘束されるのだ」

説明しつつレイモンドは剣の柄から金具を引き抜き始めた。楔状のそれが引き抜かれると、剣身が床に落ち甲高い音をたてた。

「貴様にとどめを刺すのは、この剣だ。私が、貴様の心臓を貫く」

柄を両手で握ると、それまでよりも長い、魔力の剣身が出現する。

「き、貴様ら、最初から!?」

「もちろん、全ては、この時の為だ。行くぞ、はぁッ!」

気合いと共に助走を付け、レイモンドは跳んだ。剣を振り上げ、誤たず魔王の胸へと飛び込んでゆく。剣先は、見事魔王の胸の谷間を貫き。

「ううっ、ぐわあっっ!」

それは断末魔の絶叫。瞳から光が消える。血の一滴も流す事なく、足元から塵埃へと崩壊してゆく。その様を、膝を屈した着地姿勢のまま、レイモンドは黙って見守っていた。魔法陣が消える。

「やったな!」

満面の笑みと共に柱の陰から飛び出したカークが、豪快にレイモンドの肩を叩いた。

「…ああ、作戦は完了、だ」

立ち上がり、レイモンドはカークと握手した。その表情は、どこか不安げですらあった。いっそ不気味なほど、全ては作戦通り推移したのだ。例えるのならば、舞台の本読みもしていない相手が、こちらの作成した台本通りに芝居を演じてくれたかの様な。神官長の神託にしても、余りに情報が正確すぎた。先程とは別の意味で胡散臭さを感じずにいられない。作戦には想定外が付き物であり、それに備え考え得る限りの訓練や手段を講じてきた。例えば、魔法陣が想定の能力を発揮出来なかったら、魔法陣の完成前に『分解』を相手にするはめになったら、など。最悪の場合に備え、せめて手傷でも負わせられればと、魔力全てを代償とする自爆魔術まで用意して来たのだが。

「どうした?」

どうにも冴えない様子のレイモンドを心配するカークに、アニーが皮肉を投げつけてくる。

「あら、居たのですか?いずこかへ逐電したかと思いました」

「おいおい、俺がどれだけ苦労したと思うんだよ。魔王に気付かれない様に」

「コソコソと、室内を彷徨いていた?」

「おーい、サンドラちゃーん!」

三人のじゃれ合いを見ているうちに、レイモンドの気分が軽くなってゆく。そうだ、ひとまず、自分達の役割は終わった。そして、自分にはこの仲間達がいるのだ、と。

「そういじめるな。こいつは精一杯、自分に出来る事をしたのだ」

「それ褒めてるのか!?」

「もちろん!」

言ってカークの肩を一つ、思い切り叩くと、笑い声を上げた。それに釣られ、他の三人も笑い始めた。そうだ、最大の危難は去った。幾多の困難がこの後も待ち構えているだろうが今くらいは良いだろう、とレイモンドは考えた。自分達の所属する国同士の間にどれ程の高い壁があろうと、きっと手を取り合い乗り越えてゆける。何しろ、自分達は魔王ヴォイドを斃したのだ。たとえそれが誰かの思惑通りだとして、とりあえずは構うものか。誰かが自分達の役割を定めていたとしても、それを演じるか否か、自らの意志で決める自由ぐらいはある筈だ。

 魔王の肉体は床に散乱したまま、もはや何の力も持ってはいない。斃された魔王は消滅したのか?もし、レイモンド達が魔王の体重を知っていて、今その塵埃を全てかき集め計測したならば、僅か数十グラム、軽くなっているのに気付いた筈だった。


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