第二章 Ⅳ
基地司令執務室の前で衛兵に呼ばれた旨を伝え、取り次いで貰う。間もなく扉は開かれた。
「小杉少佐、城田中尉、出頭致しました!」
スーザンが告げ、基地司令の言葉を待つ。
「入室を許可する、来たまえ」
少し高めの、柔らかい声だった。
「「はっ!」」
二人は一つ頷くと、室内に足を踏み入れた。室内には数人の高級将校、将兵がいたが、その中を事務机の三歩ほど手前まで歩を進め、立ち止まる。久音の視界には、ソファに腰掛けた紗智と一也、その傍らに立つ憲兵の姿が入ってきていた。一也は二人を他人の様に眺めていた。基地司令へ敬礼し、一つ頷くのを見て取ると解き、後ろ手に直立する。壁の連合軍旗を背負う、制服姿の偉丈夫。丸顔で柔和な印象を人に与えるが、かつては特殊部隊を率い非合法武装集団の摘発、壊滅で功績を上げた猛者だった。事務机の上のネームプレートには『陣内 晴美/HARUYOSHI JINNAI』とある。少将の襟章が首回りを飾っていた。が、これらは視覚的に階級を示すのみでなく、個人情報を記録したチップの役目も果たしている。
「本日、君達が保護した民間人達について、少々奇妙な報告を受けた。城田一也、この少年が、アント一機を撃破した、と。その時、件の少年は生身だった様だが、真偽の程はどうか?」
一也を一瞥した後、晴美は静かに訊ねた。答えたのはスーザンだった。
「はっ。その点に関しましては、城田中尉が直接確認しております!」
「ふむ、そうか」
晴美の視線が自分に向けられ、久音の表情に緊張が走る。
「はっ。偵察ドローンの映像越しではありますが」
「ふむ。君の偵察ドローンは、どの様な映像を見せたのだ?」
彼女が目にした光景は、未だに信じ難いものだったが、たとえ納得出来ていなかったにせよ嘘偽りは口に出来ない。P.A.W.W.の映像が残っているのだから。
「はっ。最初、少年とアントは目測ながら五メートルほど、離れておりました。その、少年は、その距離を跳躍で瞬時に詰め、頭部のガトリングガンを、支持部より右手手刀にて切断しました。その攻撃に対応し少年を圧迫しようと迫るアントの左前脚を、やはり手刀にて切断、倒れかかってくるアントを回避、右前脚も切断しました。体勢を崩した虚を突き胴体部上に跳躍するや、やはり手刀にて回転式銃座を貫通、電力ケーブルを切断し、撃破に至らしめました」
可能な限り淡々と報告する。しかしその内容は、情報が残されていなければ彼女が発狂したか、妄想に取り憑かれたとしか思えないものだ。アントの装甲は段ボールなどではないのだから。彼女が報告を終えると、室内は静寂に包まれた。
「…君は、この事態をどう考えるかね?もし、この少年が飛行出来れば、もはやP.A.W.W.など時代遅れ、という事になるのかな?」
笑い話めかした口調だが、あれほど容易くバグスを屠れるのなら、正しくその通りだろう。しかし、軍隊という組織としてはただ一人しか存在し得ない、謂わば異能者を戦力とは考えられない。だがそれ以前に、久音にとって何よりの問題は、それが彼女の唯一の肉親、弟だという事だ。
「…その問いに答える職責は、自分にはないと考えますが」
「なるほど、その通りだ。ところで、この一也なる少年は、君の弟さんだそうだね?君は、彼がこの様な能力を持っている事を知っていたのか?」
「いいえ、自分は存じません。弟は、生まれつき病弱で、人生の大半を病院で過ごしてきました。この様な力があったならば、判明していた筈です」
「そうか…」
長嘆息と共に、晴美は右手親指と人差し指で眉間を揉んだ。
「そうすると…少年の証言は、俄に真実味を帯びてくる、という事になるな?」
立ち上がり、ソファへと近付いてゆく。一也の横で立ち止まり。
「君、済まないが、立って彼にした証言を、もう一度繰り返してはくれないか?」
彼、のところで憲兵を指す。一也はそちらを睥睨し。
「もう一度か?」
晴美を見上げた。
「ああ、済まないが」
柔和な表情で頷かれ、ゆっくりと立ち上がる。
「総員注目。少年の証言を聞く様に」
基地司令の一言で、スーザン達含む全員が、ソファへと爪先を向けた。
「では、お願いする」
「ふむ。我は、今は城田一也とやらの肉体を得ているが、本来は別の世界で魔王ヴォイドとして人共と戦っていた。転生とやらで、この世界に来た」
重い沈黙。久音も初耳の情報に戸惑う。しかし、自身の経験を納得する為には、どれほど突飛だろうとこの様な説明が必要だったのだ。なるほど、異世界の魔王ならばさもありなん、と。
「…宜しいですか、基地司令」
久音達の背後から、一人の高級将校が進み出た。久音達の上官にあたる第101装甲師団師団長の准将だった。
「良い、何か意見が?」
「その少年の発言は、少々常軌を逸していると思われるのですが。まるでファンタジーコミックですな」
失笑ぎみに。
「しかし、城田中尉のP.A.W.W.にはその映像情報が残されていた」
「誰かが捏造した情報を密かに挿入した、という可能性は完全に否定されるのでしょうか?」
「それは判らないが。もしその様な事をすれば軍事法廷案件だな。そもそもそれをする理由が不明だが」
つまりは隊内処分や基地内処分では済まされない、という事だ。
「あるいはM.D.F.による攪乱工作の一環、という可能性も」
「それもまた、意味不明ではあるがな。それだけではない、少年の異能を体験した者もいる」
傍らの憲兵へ視線を送る。憲兵は敬礼した。
「はっ、自分は城田一也、新井紗智両名の事情聴取を行なっておりました。その場で、城田少年は、この様な行為を」
言いつつ、腰の警棒ホルスタからあの警棒を取り出し両手で伸ばした。あの切断面を示す。力を加えられたらしき歪みも、鋸状の物で切断した時の様なギザギザも、溶解跡もない滑らかな切断面が示される。
「城田少年は、素手でありました。自分は全く手応えを感じる事もありませんでした!」
「どうかね?まさか、彼が嘘をついていると?」
「いえ、しかし…」
師団長は尚も何か言いたげだった。一也はいい加減飽きてきた。姉さんとやらを始め、ここに集まった者達が一体何をしているのかが理解出来ない。自分は求められるまま、自分のした事を再現したまでなのだ。が、彼は気付いた。まだ『吸収』について再現していなかった事に。あるいは、それが問題でこれほど時間を取っているのか?
「我の『分解』については理解出来たか?」
師団長に向け問う。そのラフな発言に、師団長は色を成した。
「一也君!?」
久音も窘める様な口調で声を掛けるが、その意味が判る筈もなく。
「貴様は、『分解』しか見ていないから不満なのか?あのゴーレム、アントか、あれとの戦いでは『吸収』も使ったが」
「吸収?それは何だね?」
「師団長!」
久音が口を挟む。ここは、百聞は一見に如かず、それが一番話が早い。
「何だね中尉」
明らかに不機嫌そうな声。しかし久音は続けた。
「自分は弟がアントを撃破前にガトリングガンの銃撃を受け、無傷であった場面を目撃しております!その事と思われます!」
「銃撃を受けて!?そんな事が出来ると!?」
「はっ!その再現を試みるよう意見具申致します!」
言いつつ一也を見る。ここでやって見せろ、という意味だと一也は理解した。
「良いだろう、見せてやろう。誰か、あの火を吹く魔道具を持ってくるが良い」
どうやら、少なくともこの周辺には自分の様な霊性外殻相当の力を持つ者はいない様だと、一也は結論を出していた。もし同等の力を持つ者がいれば手の内を晒すのは得策でないが、そうでなければ構わないだろうと。彼は、己の力が足りない事ばかり心配してきたが、ありすぎる事もまた厄介なのだとは考えなかった。なぜなら、彼は人というものを、その社会を知らないのだから。
「火を吹く魔道具、とは、何だね?」
「アントのガトリングガンと思われます」
一也に向かった基地司令の問いに、久音が答える。
「しかし、あれは」
「銃器であれば良いかと。自分にお命じ頂けないでしょうか?」
胸に手をやる。制服姿の彼女の左胸、その隠しポケットには拳銃が入っている。制式名M73。P.A.W.W.の火器とは異なり昔ながらのカートリッジ式だが、口径六ミリでも威力は自動小銃より多少劣る程度に過ぎない。しかも十三発の実弾込みで重量は五百グラム少々。それでも反動は抑えられる。生地の特殊な制服に収納しても型くずれしない。基地司令は一也を一瞥し。
「…良かろう。城田中尉、現場の再現を命ずる。構わないか?」
師団長に向け、視線を送る。
「はっ、城田中尉、現場の再現を!」
さすがに少年を銃撃せよ、とは命じられない。久音は敬礼した。
「はっ、命令を受領致しました!」
敬礼を解くと、一也へと視線を向け。
「一也君、大丈夫?話は理解出来ている?」
「貴様が、あの魔道具を持っているのだな?」
「形も、威力も違うけれど。機能としては同じよ」
弟に貴様と呼ばれた経験は、彼女にはもちろんない。一人になったら泣き出してしまいそうだ。
「そうか」
一也はひとまず納得し、『吸収、全身』と胸中で呟いた。右目の視界が、緑色がかる。久音は息を呑んだ。
「良いぞ」
「…そう?」
久音は一也の変化に気付いていた。右目の瞳が、仄かに緑色に輝きだしたのだ。恐らくは準備完了のサインなのだろう、と解釈した。拳銃を引き抜き、スライドを引くと構える。基地司令を始め、周辺の者達が一也から離れた。紗智も促され、ソファを離れる。
「それでは実行します。耳を塞いで下さい!」
その注意に久音以外、一也まで従った。彼女は胸に狙いを定めた。一瞬、このまま撃ち殺してしまったら、という懸念が胸に湧くが、それを打ち消した。彼は、一也の姿をした何かは、あのアントを一人で撃破したのだ。トリガが引き絞られ、遂に銃口が火を噴いた。銃声は、銃の構造上思ったより小さい。防音完備の室内ならば、殆ど外へは漏れないだろう。弾丸は違わず、一也の胸を目掛け飛翔し。
「…ああっ」
耳から手を離しながら、師団長が息を漏らした。少年は、何事もなかった様にまだ耳を塞いだままだった。元の位置に戻った基地司令は、一也の足元から何かを取り上げた。弾丸だった。全く変形も傷も見られない。何か硬い物で弾かれたのではない。作業服に防弾能力もない。
「続行の必要性はあるでしょうか?」
拳銃を構えたまま、久音が問う。
「いや、もう充分だ。君も、もう耳を塞がなくて良い」
「はっ」
久音は構えを解くと拳銃を納め、床から空薬莢を拾った。ポケットに仕舞うと直立姿勢に戻る。一方で、一也の肩に触れて基地司令は奇妙な感触に手を引っ込めた。確かに触れた筈だが、手応えがないのだ。『通常、全身』と胸中で呟きつつ耳から両手を離す。瞳の色が、元の黒色に戻る。
「これで充分か?」
感情の読み取れない目で師団長を見遣る。その視線に、師団長はたじろいだ。
「いや、もう、結構…」
一也の視線を逃れる様に退がる。基地司令は紗智と一也に着席するよう促した。紗智が一也の腕を引く様にして、二人は着席した。考え深げに、基地司令は机に戻ってきた。全員がそちらに直る。




