第二章 Ⅰ
第二章
久音達第一中隊がバグスの掃討作戦を完了し、高層マンション群の駐車場に設定されたPZへ帰還したのは、降下より一時間余り経った頃だった。日は既に西へ大きく傾き、長い影も消え去ろうとしていた。そこには数台の特殊なトラックと、それらを囲む様に高機動車が停車している。周辺には防弾装備の警備兵が展開、警戒任務に着いている。全員男性だった。その前に久音達が軽やかに着地しバイザーを開放すると、互いに敬礼を交わす。プラズマスラスタを停止させ背中位置に固定すると、それぞれが決まったトラックへと足を向けた。
「どうしたの、さすがに疲れた?」
第一小隊長のサラ・ブライトンが、流暢な日本語で久音に話し掛けてきた。久音の表情が冴えないのに気付いたのだ。アメリカ出身の白人種で、来日して十年以上が経つ。美人というより可愛いタイプの女性だった。
「ええ、そうね」
無理にでも笑顔を作ってみせる。それが却って心配させてしまった様だった。
「どうかしたの、何かあった?」
作戦中は常に自信と厳格さを纏っている久音だったが、今は曖昧に首を振るだけだった。一也の事に関して、大隊長とは箝口令を敷く、という事で一致していた。大隊長が上(師団長など)へ報告し、何らかの判断が下されるまでは、部隊員にさえ話す事は出来ないのだ。第一報はただ単に非戦闘員が戦闘に関与した、程度の曖昧なものだろうが、結果的には基地司令まで報告が届く事になるだろう。あるいはその上まで。もちろん詳細な報告を求められる事になるだろうが、はたしてどう説明すれば良いのか?先々の事を考えれば考えるほど、気が重くなってくる。やがて二人はトラックのテールゲート前に到着した。久音が先にタラップを上がってゆく。荷台の中には、左に三つ右に二つの、直方体の箱が並んでいた。『試着室』などと呼ばれる、電話ボックスを不透明にし、数十センチ奥行を延長した様な箱。その一番奥、正対する箱の前にそれぞれ二人は向かい合う様に立つ。両開きの扉が箱に収納され、人一人が丁度入れる程度の試着室の様な内部が露わとなる。天井や三方の壁はシャッターとなっていた。背を向け、そのままバックで中に入る。天井が光り、シャッターが一斉に開放されると出現したマニュピレータが、たちまち彼女達を武装解除していった。天井から伸びたそれはアサルトライフルを収納する。奥の壁へはバックパックが収納され、更にP.A.W.W.を固定するアームが出現した。固定が完了すると体全体前方の装甲部、ヘルメットの前半分が開放され、オレンジ色を基調とする、体にフィットしたインナースーツ姿の女性達が姿を現した。それは簡易ながら防弾、防刃能力を持ち、この人型兵器を『着こなす』上で重要な役割を果たす。拳銃をホルスターから抜き『試着室』を出ると、扉が自動的に閉じる。インナーキャップを脱ぐと、横の棚の一番上に拳銃と共に置いた。その中には脳波検知用の端子が仕込まれている。インナーキャップ装着の必要性もあって、二人とも短髪だった。サラは金髪を短く刈り込んでいる。久音も耳が完全に見える長さだった。
「…私は、この職業に誇りを持っているわ。貴女もそうでしょう?でも、時としてどうしようもない歯痒さを覚えるの」
「それは、弟さんの事?」
サラは直ぐに気付いた。久音が弱気な一面を覗かせるのは、大抵病弱な一也の事だったから。二番目の段に折り畳まれた制服の上からベレー帽を取り上げ、被った。
「そうね…満足に、側にいてもやれない。両親が死んで、一番助けが必要だった時でさえ、ね。私は、もっと何か出来なかったのかしら?」
「弟さんに、何かあったの?」
サラのその一言に、スラックスを穿こうとしていた久音の手が止まった。
「…そうね、いずれ判る、かしら」
「そう…」
それ以降、二人は黙々と制服を着用した。拳銃は胸の隠しポケットに仕込まれたホルスターに納める。通常ならば腰か、あるいは脇下なのだが、脱ぎ着のしやすさからここにホルスターが設けられている。
残りの第一小隊員が次々と荷台へ上がってきた。彼女達はこれまで周辺警戒を行なっていたのだった。
「周辺に異状なし!」
バイザーを上げた隊員が、久音達に敬礼をしつつ肉声で報告してくると答礼しつつ。
「了解。引き続き帰還警戒任務を命ずる」
「了解。名取二等軍曹、帰還警戒任務に就きます!」
敬礼を解除すると、バイザーを下げとって返す。外に出るとプラズマスラスタを起動、トラックの屋根に上がった。回転式銃座に納まる。
「直ぐに出発するの?」
「そうね、撤収しましょう」
久音が一つ頷くと、サラはテールゲートまで行き警備の兵士に撤収を指示した。「撤収」の谺が起き、テールゲートが閉じられる。一瞬の暗闇の後、天井が輝きだした。全員が運転席に面した長椅子に腰掛けると、久音は壁を三度、叩いた。殆ど音もたてず、トラックは滑らかに走り出した。




