第一章 ⅩⅢ
上空から、アントの腹部に降り立ったP.A.W.W.を、一也はじっと見詰めた。ケーブルを投げ捨てる。
「何者だ、貴様は?」
その兵装を透かし、彼はイクイッパの魔力を視ていた。何度かやり過ごした者達を観察し、集束点に二パターンある事を彼は見出していた。一つは比較的頭部が大きく下腹部が極端に小さい。もう一つが全体的に一様か、あるいは下腹部が比較的大きい。もっとも、集束点とはいっても比較的魔力の濃い箇所が三つほど見受けられる程度の事で、全体的に薄ぼんやりとしていたが。ともかく、これらの特徴を持つ個体の外見から、あの英雄達の様に二種類の性別があるらしいと知った。ただし、こと魔力に関する限り、あの英雄達はこちらほど性差はなかった様だが。そしていま、眼前に現れたこの者はまた異なる種なのかと彼は考えた。魔力の在り方が大きく異なるのだ。三つの集束点は同じだが、その濃度がこれまでとはまるで違う。頭部と胸部は同程度、下腹部は軽くその一.五倍ほど。体中を巡る魔力がその三点とそれらを繋ぐ紐帯を通じて流れるのが明確で、彼には別の種とさえ思えたのだった。
「何者だ、貴様は?」
重ねて問う。と、佇立したままのP.A.W.W.に動きがあった。ヘルメットのバイザーに当たる部分が前方に開いてゆく。その下から、透明な仮想スクリーン越しに久音の凛々しい顔が現れた。彼女の口が動くと、スクリーンも前に開く。その表情を彩るのは困惑、そして恐怖だった。
「貴様は」
その顔に、一也は見覚えがあった。先程脳裏に浮かんだ女性のものだ。『姉さん』という少年の声が聞こえた気がした。そういえば、と一也は元の世界の人類がこんな鎧を用いていた事を思い出した。そしてなるほど、と得心した。この鎧は、この姉さんとやらの魔力で動く魔道具なのだ。馬のない馬車やこのゴーレムも、恐らくは自分にとって未知の魔術体系の元に作製された魔道具、という事なのだろう。ゴーレムからは魔力を感じ取れなかったが、きっとそのせいか、あるいは造物主とやらの施した調整のせいか。
「…どういう、事?これは…」
一方で久音はといえば、銃撃を受けた筈なのに傷一つない弟の姿に、他に言葉が思い付かない。あるいは、これは弟の姿をした別の何かなのか?
「城田さん?城田、久音さん?」
装甲車の陰から、紗智が小走りにやってきた。久音ももちろん彼女を知っていた。
「新井さん?一体、これはどういう事ですか!?」
「私にも、全く判らないんです。その、病院にミサイルが着弾して、混乱のさなかに城田さんが、一也さんが病院を、抜け出すのを見掛けたので追ってきたら」
「ここでアントと、このAI兵器と遭遇したと?なぜ退避しなかったのですか!?」
「それが…一也さんが、警察官を助けると言って、出てしまったので…」
しどろもどろになりながら、装甲車の下を指さしつつ紗智は説明した。言い訳がましく思われているな、と意識しながら。そちらを一瞥し、久音は一也を見た。
「そうなのね?」
「そうだが、どうかしたか?」
答えながら、一也はやはりこのゴーレムはかなりの脅威だったのだ、と再確認した。この姉さんとやらは、このゴーレムを破壊しに来た騎士なのか。一方の久音としては、この弟の様な何かをどうするべきか、判断出来ずにいた。自分もドローン経由で一部始終を見守っていた。この何かは、銃撃を受けて無傷なばかりか、手刀でこのアントを無力化したのだ。もし今、突然自分に対して同じ攻撃を仕掛けてきたなら、とうてい対処できるとは思えず、このAI兵器の様に切り裂かれてしまうかも知れない。なぜそれが可能なのか、皆目見当もつかないのだ。がしかし、それほど心配する必要もないのかも知れない。この何かは、警察官を救うためにこのアントを撃破したというのだ。会話も可能な様だ。流れ次第ではこの場を平穏に済ませられるだろう。問題はその先だ。この何かをどうすべきか?このまま放置する訳にはいくまい。然るべき保護、あけすけに言えば拘束が必要となるだろう。それが可能なのは?現状この日本においては連合軍基地程度しか思い付かないが、少なくとも外見的には一民間人の少年を基地へ連行するのは、普通ならば問題だろう。しかもその理由は、余りに荒唐無稽で明白には出来るまい。ただし彼女なら、それをかなりの無理があろうと可能に出来る筈だった。久音は無理にでも笑顔を作ると、腰を屈め一也に語りかけた。
「…ねぇ、私の事は判るかしら?」
一也は暫し、久音を凝視したのち。
「…城田、久音、姉さん?」
少し安堵したためか、笑顔が自然のものとなる。どういう理由でかは判然としないが、一也が特殊な力を手に入れたのか。アメコミか!などと突っ込みを入れる者は、ここにはいない。かなり雰囲気が変わっているが、それも含めて後で訊く機会はあるかも知れない。ただし、その為には注意すべき点があった。
「そうよ。私は久音、貴方の唯一の肉親よ。この付近は危険だわ、私達と一緒に来てくれる?」
「危険?我にとってこの程度のゴーレムが危険だとでも思うか?」
右足でアントを踏みつける。久音も内心同感ではあったが。
「ゴーレム?バグスの事かしら?敵の兵器はこれだけではないわ。もっと大型の、強力な物もあるのよ。まだこの付近で活動しているかも知れない」
実際には付近一帯のバグスは掃討完了していたが、未だ大隊は作戦行動中だった。だから嘘とは言えないだろう。
「そうか?」
一也は注意深く、姉さんとやらを見詰めた。この肉体の記憶にあるという事は、何か特別な関係なのか?それは紗智とは、どういう違いがあるのか?血縁関係というものを持たない彼には理解が出来ない。
「だから、新井さんと一緒に、この付近に隠れていて欲しいの。新井さん、良いですか?」
直ぐ脇に立つ紗智に水を向ける。紗智は少したじろいだ。
「え、でも、私は城田さんを病院に連れて行かないと」
「一也は連合軍の病院へ移す事になると思います。回収部隊を回しますので、ここで弟と待っていて貰えませんか?」
「え?でも、それなら私は」
「これは作戦に関わる事態なので、軍の方で事情を聴取する事になると思います。弟はもちろん、貴女にも」
「え、でも…」
軍の事情聴取と聞いて、紗智が心なしか青ざめる。心配事を察し、久音は柔らかい笑みを浮かべた。
「ご心配なく。本当に、簡単な経緯をお聞かせ頂くだけですので。それと、出来れば警察が来ても見つからない様に」
「なぜですか?」
「警察でも、色々と訊ねられるでしょう。二度手間になってしまいます。こちらを先にして頂けるなら、警察には調書を回しておきますので」
実際には、正式な要請がない限りそんな事はしないが。それでも紗智は納得したのか、一つ頷いた。
「そうですか。それでは、弟を宜しくお願いします。掃討作戦は続行中ですので行きますが、直ちに回収部隊を要請しますので」
「はい、お願いします」
紗智は一つ頭を下げた。
「それでは…クローズ、ヘルメット」
仮想スクリーンと、バイザーが続けて閉じられる。プラズマスラスタが息を吹き返し、やがて彼女は中空に舞い上がった。
「うむ、なかなか便利そうだ」
飛び去る久音を視線で追いながら、そんな感想を呟く。
「使ってみたいの?」
「出来るならな」
「残念だけれど、貴方では無理じゃないかしら?」
一也の脇に移動した紗智が、済まなそうに声を掛けた。
「なぜだ?」
「男性で、あの連合軍の兵器を扱える人はいないそうだから。さっきの警察官の装備だって難しい様だし。それより、言われた通りにしましょう?」
紗智が手を伸ばすと、何のつもりか、と、一也はその手を見詰めるばかりだった。
「聞いていたでしょう?ここはまだ危険だから、どこかに隠れましょう?」
懇願する様に一也を促す。この少年はきっとまだ混乱しているのだ。ここは年長者として、看護師として保護しなければ。
「そうか…そうだな」
まだまだ理解出来ていない事ばかりだが、この世界での人生が始まった様だと、一也は、否、元魔王ヴォイドは考えた。紗智の手を取ると、アントを降りていった。
一旦オフィスビルの上に降下した久音は、どう話を切り出すべきか整理し、通信を入れた。
「ゴブリンリーダよりフライング・オーガリーダ」
応答は直ぐだった。
『フライング・オーガリーダよりゴブリンリーダ、状況は?送れ』
「はっ。最後のアント撃破を確認、当該作戦域に敵影確認できず。状況終了を報告します」
『了解…撃破を確認?誰が撃破を?まさか、機動警察隊が?』
まさかそんな事はあり得ない、という響きのある問いに。
「その件について、作戦とは別件として報告すべき事があります」
険しい表情でそう前置きし、久音は一也達の一件をかいつまんで説明し始めた。




