第一章 ⅩⅠ
複合サイトシステムの前に現れたその、自殺志願者としか思えない少年を、アントのAIは詳細に観察した。カメラ映像からでは、単なる非武装の人間としか判断出来ない。推論エンジンは、薄い病院着に武装を隠しておける可能性は、少なくとも自身を破壊可能な物ならば数パーセント、と算出した。なまじっかな爆弾程度では、精々が外鈑を多少凹ませる程度の威力しかあるまい。たとえ脚部を狙ったとしても、六本全てを破壊出来ない限り停める事はまず不可能だと、機械語で思索する。それでも攻撃準備のためレーザーサイトを照射するが、少年自身と盾で庇う様に、今し方まで戦闘していた敵の前に進み出て、尚も前進してくる様に更に推論を展開する。この者は囮で、他に敵が配置されている可能性。回転銃座にもサイトシステムが搭載されており、銃座を一回転させ索敵を行なう。が、それらしい存在は全く確認出来ない。機動警察官との戦闘の際にも確認は行なっており、やはり同様の結果だった。とすれば時間稼ぎか?しかし、この様な余りに脆弱な装備で行う必然性が不明だ。まさか、AIに自律的な抑制、言い換えるなら『良心』を求めているのか?この様な相手を撃てはしまい、と?だとするなら、彼にこれをさせている者達は、かつて『カミカゼ』を立案した者達同様に常軌を逸している、という事になる。しかし、これまでの交戦記録から自爆攻撃やそれに類する様な、つまりいま眼前にある様な攻撃を仕掛けてくる可能性は一、二パーセント程度と低い筈だった。それでもほんの五メートル程まで接近した少年に対し、自動防衛システムから高プライオリティの攻撃シーケンスが発令された。モーター音と共に、八銃身のガトリングガンが回転を開始する、と間もなく、松明に火が灯されたかの如く炎を纏う銃口から、嵐の如き銃弾が一也を横殴りに襲った。ほんの一秒余り、連射速度は毎秒四十発の低速でガトリングガンは、それでも憐れな少年を原形も留めぬ肉塊に変えている筈だった。しかし。何かあったのか、とばかりにすまし顔をし、その少年は変わらぬ佇まいで立ち尽している。その足元には、今し方放たれた銃弾が散乱していた。複合サイトシステムのカメラは、毎秒六十フレームのハイレートでその経緯を撮影していた。銃弾が彼の肉体に食い込むまさにその瞬間、まるで窓ガラスを伝う雨だれの如く力なく垂直下降を始める様を。全く想定外の状況に推論エンジンは空転し、次の攻撃シーケンスが自動的に発令される。対空機銃が唸り声を上げ、そしてつい今し方と変わり映えのない結果を得た。観測された状況に対し、AIは眼前の少年に対する銃撃の有効性を否定せざるを得なかった。それでは、次にどうするのか?想定外の存在に対する戦術を捻り出している間に、マイクが女性の声を拾った、少年の背後から。
再びあのピリピリとした感覚が二度、しかし今度は蜂が群がるかの如く一也をおし包んだ。しかしそれら一つ一つは微少かつ散漫なもので、しかもそれらを一点に集約したとしても、とうてい彼の脅威たり得るとは思われなかった。この世界の住人にとっての脅威とはこの程度なのかと、一也は少々肩透かしを食らった様な気分になった。それでも紗智の取り乱しようから、これで結構なものなのだろうと推測する。ゴーレムことアントは、銃口を向けてきたまま動きを止めてしまった。
「城田さん、良いわよ!」
背後からの紗智の声に、一也は反撃に出る事にした。このまま両手を防弾シールドごと『分解』状態にして突進し、一気に消し去ろうか。しかし。ここでまた英雄達との戦いがトラウマの如く甦る。『分解』に関して限界は未知数なのだ、ここは最小限で行くべきか。
「隠れていろ!」
言いつつ防弾シールドを手放す。
『分解、右手』
左目が青みがかり、右手はあらゆる物を切り裂く刃と化した。アントとの距離五メートル余りを一気に跳躍、ガトリングガンを複合サイトシステムごと袈裟斬りにした。その支持部から先が、丸ごと地面に転がる。AIはその事を検知し、何らかの攻撃方法を選択せざるを得なくなった。その結論が『圧殺』だった。頭部を高く掲げ、前進してくる。その前方に踏み出された左前脚を、右手が薙ぎ払う。一也から見てアントが右側へ傾くのを左へ躱し、今度は右前脚を薙ぎ払った。頭部が落ちてくる。
「ふむ、まだいけるか」
『分解』の限界はまだまだの様だった。ゴーレム(今の彼にとっては)が他にもある可能性、これがその中でも最弱である可能性はあったが、それは遭遇した時に試してみるしかあるまい。
「もう少し、試してみるか?」
体勢を立て直そうと四苦八苦しているアントの上へと跳躍する。対空機銃の回転式銃座に着地し、右手を突き立てた。半ば程まで何の抵抗もなく埋まったところで、左右に穴を広げる。腕が入る程まで広げ。
『通常、全身』
緑や青の世界が消えた。穴に右腕を突っ込みまさぐる。一也にとって未知数の文明、機械やケーブル類等が触れた。何気なく、束になったケーブルを掴むと、力任せに引きちぎる。彼が知る由もなかったが、それは燃料電池と胴体部、頭部を繋ぐ電力ケーブル束だった。腰を抜かしたかの様にアントはへたり込み、それきり動かなくなった。
「これが、ゴーレムの中身か?」
ケーブルを、しげしげと眺める。今の一也にとって、それは未知なる技術の象徴だった。これを造った者達に、彼は興味を持った。そして同時に、新井 紗智や、城田 一也と呼ばれた者の所属する陣営との差異にも。両者は何が違うというのか。なぜ争うのか。そして、どちらが自分に好ましいと思わせるのか?と、彼は、機械音と共に何者かが天空から降下してくるのを、視界の隅に捉えたのだった。
紗智は焦燥していた。今アントの前に立ちはだかる一也が、いつ攻撃されるかと気が気ではなかった。一刻も早く、二人の機動警察隊員を安全な場所へ退避させなければ。しかしL.E.E.は軽く十五キロ以上はあり、それが動かない状態で自分一人、迅速に安全な場所へ移動させるのは困難だった。幸い装甲車からさほど離れていないため、ひとまずはその下まで引きずり、押し込んでおく事にする。L.E.E.胸部のヴァイタルインジケータは両者とも、直ちに生命の危機がある訳ではない、と告げていた。一安心するとプラズマスラスタを持ち引きずりだす。その作業に精一杯で、彼女は銃声こそ耳にしながら、どれほど異常な光景が展開しているのか幸いにして、というべきか目撃している暇がなかった。一人ずつ、悪戦苦闘しながら装甲車の下まで移動させ。
「城田さん、良いわよ!」
装甲車の陰に隠れそう声を掛けると、一也が防弾シールドを捨てるのが目に入った。あれで銃撃を凌ぎ切ったのだろうと理解し、蹲るとタイヤに背を預ける。いずれ一也も逃げてくるだろう、と、彼女はそのまま待った。それからひりつく様な三分余りの間には銃声もなく、やがてアントの駆動音も途切れ、しかし彼は一向に戻って来なかった。どうしたのか、と装甲車から頭を覗かせようとしたとき、上空から一つの人影が降下してくるのを彼女は目撃したのだった。




