第一章 Ⅸ
地対地ミサイルの処理を優先した為に、撃破を後回しにしたバグスが逃走を開始し久音の中隊は大わらわとなった。
「この為の斉射だったの?」
臍を噛む思いで久音は呟いた。もし忌々しいAIがそういう目論見で地対地ミサイルを放ったとすれば、今後同様な状況における対処を考え直さねばならない。
「くっ、ファイアー!」
スパイダーの対空機銃弾を高度二十メートル程で浮遊しつつ躱し、その回転銃座を潰すためAMRの二十ミリ弾を発射する。弾体自体はダーツ状で、弾倉内にはカプセル状のカバーで覆われた状態で装填されているが、銃口を飛び出すや風圧で四つに割れ弾体が姿を現す仕組みとなっている。弾体は銃座に穴を開け、内部で爆発が起こる。既に対空センサは潰してあるため、地対空ミサイルの攻撃はないだろう。航空部隊ではリスクが高く、これに対処できる事が機動歩兵の有用性の充分な証明ともなっていた。攻撃ドローン部隊への支援要請は大隊長に具申済みだった。
「ブラボー1よりゴブリンリーダ!タランチュラ一機撃破!弾切れです!」
地対地ミサイルを斉射したタランチュラに、小隊に残された兵装全てでようやくとどめを刺せたのだ。他の小隊からも同様の報告が上がってきていた。もはやまともに戦えるのは彼女を含め二、三人しかいない。しかも彼女以外はそろそろ活動限界の筈だった。中隊長たる彼女の本領が発揮されるのはこれからなのだ。彼女の大きな役目は部隊の状況掌握、作戦域及び周辺の情報収集、そして予備戦力として部下達のサポートや、場合によって敵増援に一人で対処する事だった。それだけの実力がなければ中隊長たり得ないのだ。銃のリアグリップから右手を離し、バックパックに収容させる。まだ稼働中のバグスはあり、弾薬は温存しておきたかった。腰のポーチからナイフを抜いた。ナイフとは言っても刃渡り三十センチを超える。もちろん鋼の刃ではない。鋭利な二等辺三角形の筒がはめられている。日本刀の刃を分厚くした様な物だ。その刃先には一列に無数の穴が空いており、中には固体燃料が充填されている。硬い物に押し当てると中の固体燃料に引火、穴から二千度を超える燃焼ガスを噴出させる。これにより固体燃料が燃焼終了するまでバグスの装甲を切り裂く事が出来る。もちろん近接武器なので、使用するには前準備が必要だった。対空兵器、特に回転銃座は潰しておかねばならなかったのだ。彼女は足で勢いを付けて全身を前方に一気に傾け、急降下を開始した。スパイダーとあわや衝突、という手前で再び足の勢いで直立姿勢となり、バグスの腹部に着地する。ひとまずプラズマスラスタは停止させた。そこには地対空ミサイルの垂直発射装置(VLS)が並んでいる。彼女の着地に気付いたのか、スパイダーは体を揺らし始めたが、その程度で微動だにする筈もない。ただし、バグスは必要とあれば脚を突き刺してでも垂直な壁を登る事があるので、そうなる前に決着を付けなければ面倒だった。彼女はVLSほぼ中央の発射口に近付き、そのシャッタ開閉部にナイフを、叩き付ける様に振り下ろした。刃が接触したとたん、一列に噴き出した高温ガスが開閉部を溶かし、穴を開けてゆく。ナイフを引いてゆくと、高温ガスが止まるまでに長さ十五センチ、幅三センチ程の溝を開けた。柄を操作し使い切った刃を外す。ポーチに戻せば、新しい刃が装填される。使い切った刃は別のポーチに入れた。基地で燃料を再充填するのだ。開閉部に開いた溝に両手を突っ込む。ロックが掛かっており容易くは開かないが、P.A.W.W.はこういった力業も得意だった。軋轢音と共にシャッタはひしゃげ、ついには外れた。内側にはまだ薄目の蓋があったが、支障はないだろう。胸のアサルトライフルに右手を伸ばしつつ。
「プラズマスラスタ、ドライブ!」
直立すると命令した。息を吹き返したそれが、急速に彼女を中空へと飛び立たせてゆく。同時に、彼女はシャッタを剥がした噴射口へと狙いを定めた。
「セレクト、グレネード、ボマー!」
サイトウインドウ上に、直ちにアイコンが表示された。
「ファイアー!」
爆裂弾が、過たず発射口に命中し、小さな爆発の次の瞬間には、スパイダーは腹部を中心に大爆発を起こした。ミサイルが誘爆し、更には燃料電池の水素にも着火したのだろう。電力供給を絶たれた脚部が力を失い、スパイダーは地面にへたり込んだ。
「ゴブリン・リーダより各員。スパイダー一機撃破。状況知らせ、送れ」
『アルファ1よりゴブリン・リーダ!アントが三機、E7地区方面へ移動中、弾切れで追跡中!』
「了解、可能ならば引き続き追跡を。送れ」
『了解。あっ』
その声に重なる様に、外部マイクが爆発音を拾った。そちらの方を向けば、ダクテッドファンを四機装備した大型の攻撃ドローンが二ブロック程向こうに見えた。支援が間に合った様だ。
「ゴブリン・リーダよりフライング・オーガ・リーダ。攻撃ドローン部隊到着。こちらはどうにかなりそうです」
『了解。ではこちらに合流できる?送れ』
「残弾ゼロ多数、補給が必要です」
『了解。PZで補給を』
そんな通信に、割り込む者があった。
『アルファ1よりゴブリン・リーダ!アントがジャミングスモーク展開!見失いました!』
「了解、向かった方面は判別可能か?送れ」
『それが、細い路地に充満していて…』
「了解、PZで弾薬補給と十分間の小休憩を。送れ」
『了解』
その声を聞きながら、久音はドローンを代わりに急行させるべく、そのウインドウに視線を合わせた。




