第一章 Ⅷ
新井 紗智は、上手く笑えているかどうか内心心配しながら、救急車に患者を搬送していた。いつ爆発するかも知れないミサイルが数十メートルと離れていない場所に今もある、というのも理由の一つではあるが、なによりほんの三十分ほど前に、余りに衝撃的な離別を経験したからだった。403号室に入院していた城田 一也が、地対地ミサイルの着弾により死亡したのだ。正確には、まだ遺体の確認は済んでいないが、あの状態で助かっている筈もない。何しろ上階の床の下敷きになったのだ。バイタルインジケータも沈黙したままで、その事実を裏付けていた。遺体の回収は、連合軍の爆発物処理部隊の処理完了待ちという事になる。それにしても、なぜ彼がこんな目に遭わねばならないのかと、十六年余りの人生しか知らない少年の無惨な最期に彼女は悲嘆し、また憤慨していた。彼がこの病院に入院してから通算で六年余りになる。この高度に医療技術の発達した今日に至るまで治療法の確立されていない病気に、彼は生まれつき冒されていたのだ。途中何度か退院できたとしても三ヶ月と経たず戻ってくる状態で、それでも彼は笑顔と朗らかさを忘れなかった。彼の担当をしていた事もある彼女も、その笑顔に何度救われた事か。それが、突然、死が文字通り降り掛かってきたのだ!もちろん、彼女も理解はしていた。患者の為は思っても、過剰に思い入れてはいけないと。ここは生命が誕生し、また終焉を迎える場なのだ。いちいち感情移入していては仕事にならず、何より心身共に保たない、と。しかし、彼に対しては特別だった。貴重な青春時代を謳歌する暇さえなく、あんな無惨な最期を迎えようとは!もし神が居たとして、一体彼の何に対する懲罰だというのか?前世の報いとでも言うのだろうか?しかし、彼女にはそれを吐露している暇はない。今もヘルパーロボットを操作し生命維持カプセルを救急車に移動中だった。ICUで治療中だった様な重篤の患者を搬送する際に使用される物で、ヘルパーロボットのリフト部に乗せられたそれの電源コードを、救急車へと切り替えようとしていた。切り替えOKのサインがロボット附属のモニタに表示され、後はヘルパーロボットのアームが救急車へと自動的に移し替えるのを待つだけだった。リフト部が上がり、位置を微調整したのち救急車の固定台に押し出してゆく様をぼんやり眺めているうちに、涙がこみ上げてきた。慌てて顔を上げそれが落ちるのを避けようとして、彼女は異様な光景を目撃した。
「えっ!?」
つい先ほど到着した爆発物処理部隊の高機動車が並ぶその向こう側、滲んだ視界の上方から、人がフレームインしてきたのだ。誰かが病棟から跳び降りた、としか考えられなかった。更には、その人物は何事もなかったかの様に立ち上がり、こちらへ視線を一時、向けてきた。その顔に、彼女は新たな衝撃を受けた。それは紛れもなく、死亡した筈の城田一也だったからだ。この状況に、彼女の思考は空転を始めた。馬鹿な、あり得ない。悲しみのあまり幻覚でも見ているのか?幾度か瞬きするが、その少年は確かに駐車場を歩いている。ただ機械的に目で追ううち、それが立ち止まり僅かに身を屈め、塀を跳び越える様を目撃する。あり得ない跳躍力にやはり幻覚かとも思えたが、それにしてはあまりに生々しい。幻覚か否か、それを確かめる方法は一つしかない。幸い、患者の移動は完了し、ヘルパーロボットは彼女の傍らで待機している。
「どうしたの、新井さん?」
ノートパッドを片手に搬送情報をチェックしていた女性の看護師長が、彼女の不審な行動に気付き声を掛けるが。
「看護師長、すみません!」
振り返った彼女は、一つ頭を下げると正門へと走り出した。
「ちょっと、新井さん!?」
慌てた看護師長の声に振り返る事もなく正門を出た彼女の姿は、やがて塀の向こうに消えていった。




