スキ
「あぁ、やっと起きたみたいだね」
薄暗い部屋に見たことある男が目の前にいた。
この人はたしか、同じクラスだった松下さんのお兄さんだっただろうか。
「あの、ここどこ?」
「さぁ?僕もよくわからないんだ」
困ったように彼は笑うと、ドアノブも何もない扉らしきところの前に立った。
「これ、開かないようになってるんだ」
「閉じ込められたってことですか?」
「まぁ、早い話がそうかな。なんなら試してみる?」
私はまだフラフラする身体を無理矢理起こし、扉の前に向かう。
頭がいたい。こんなところにいるからだろうか。
「ほら、押してもビクとも動かないだろ?」
男の言う通り、扉はビクとも動かなかった。
「なんで?なんでこんなところに私が!」
「唐突だけど、君好き嫌いある?」
急になんなのだろうか。
「まぁ、どうせ出られないんだ。少し僕の話を聞いてくれ。僕は好き嫌いって大事なことだと思うんだ。世界中の人が平等に全てのものを好きだったら、多分この世界は成り立っていない。人それぞれ個性があり、好き嫌いがあるからこそこの世界が形成されている。だけどね、押し付けはダメだと思うんだ。自分が好きだから、自分が嫌いだから好きと言っている人を全否定したり、逆に自分が好きなものを他の人にも強要するのは間違っていると思う。そうは思わないか?」
「え?うん、まぁ」
「もしかしたら、嫌いではなく苦手だったり、好きになれない何か理由があるかもしれないんだよ。君の好きなものは何?」
「チョコだけど」
「チョコ!そうチョコレート。甘くて美味しいよね。僕も昔はよく食べてた」
昔は?
「妹がね、重度のチョコレートアレルギーでね。先日、アナフィラキシーショックを起こして倒れたよ。君が友チョコとか言って全員に配り歩いて、絶対に食べるように強要したんだってね」
先ほどまでと声のトーンが変わり、私を冷たく刺さるような眼で見ていた。
「いや、強要とかしてないし。食べれないなら自分の判断で食わなきゃいいだけじゃん」
「君、前回食べなかった人、彼氏を使ってタコ殴りしたそうじゃないか。君の元クラスメイトから聞いたよ。いや、卒業式前に調べがついてよかった。妹を殺したやつをどうにかしないと収まらなかったからね」
「え?事故で死んだって聞いてたけど」
「アナフィラキシーショックを事故で片付けられてしまったよ。かわいそうに」
彼の綺麗な顔立ちがとても不気味に見えた。
「ってか、今そういうこと言ってる場合じゃなくないですか?閉じ込められてるんですよ?」
「そうだね。あぁ、そういえば僕の好きなこと言うの忘れていたよ」
私は彼から距離を置き、戦う姿勢をとった。
「僕はね、大好きな彩奈をいじめたやつを懲らしめることなんだ」
不意に視界が歪む。
「あぁ、ようやく二つ目の薬が効いてきたみたいだね。大丈夫。怖がらなくていいよ」
私の身体は糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
「ただ地獄に落ちるだけさ」
目の前の女が事切れたのを確認すると、ポケットに入れていたカードキーを壁にかざした。
「君は相変わらずだね」
友はニヤニヤしながら僕をみる。
「本物の松下歩は妹の死がショックで自殺している。君はそうやって何人の人になりすまし、人を殺すんだい?」
「これが僕の好きなことだから。っで次のターゲットは?」
「パワハラで社員を自殺に追い込んだ男だ。亡くなった女性は両親ともに病死されている」
僕は話を聞きながら特殊メイクをベリっと剥がした。
「だいたいわかった。あとは自分で調べる」
今日も好きなことのために僕は自分を捨てて行動を始めた。