其の六
階段を降りるとそこには百人近い霊能者達が結界を貼り、経を唱え、由貴と視線を交わしていた。
そんな中、由貴は自然体で松に声を掛けた。
「あら?お婆様、こんなに大勢で何処かにお出かけですか?」
由貴の言葉に松は直ぐに言葉を返す事が出来なかった。正確には由貴の横に立つ女から目が離せない。
松の目には死が人の形をしてる様にしか見えず本能的に恐怖を感じ、息苦しさすら感じていた。
松だけでは無い。他の老若男女問わず、千都世を視界に入れた瞬間。経を読むのを無意識に辞めてしまい、松同様、目が離せなかった。
「お婆様?聞こえてますか?」
「…ハッ!?か、喝ッ!」
由貴の言葉に松は何とか正気を保って周りに檄を飛ばす。
千都世を観ただけで何人かはもう使い物にならないが仕方なしと、松は震える声を抑えて由貴に問いただした。
「ゆ、由貴。お前の横に居るのは、かの怨霊か?」
「怨霊?千都世の事ですか?だとしたらそうです」
「名を知っておるのか!?いや、今はどうでもよい。何故お前とその者は共にあるのだ!?封印はどうなった!?」
「何故って、そんなの封印を解いたからに決まってるじゃないですか」
由貴は松の必死さなど全く理解するそぶりもなく。この状況で無かったならと思うような、可愛らしい仕草で首を傾げ、当然のように言い放った。
松は由貴から告げられた事実に怒りが頂点に達した。
「ふ、封印を解いたじゃと!?お前、自分が何をしたか分かっとるのか!?この村を、いや日本を終わらせたいのか!!」
「大袈裟ですね。皆さんから観たら千都世は確かに怖いかも知れませんが、こう見えて優しい人なんですよ」
『ちょっと本人を前に恥ずかしい事言わないでよ』
「ぬぐぅ!?」
由貴と千都世にはただの会話だが、千都世の声を聞いた松には強烈な圧を持った老若男女の大勢の声で、バラバラに喋ったようにしか聞こえず、他の霊能者達に至っては声を聞いただけで数人が意識を手放した。
「ば、化物め〜!由貴ぃ!早く此方に来て手伝え!封印を行う!皆の者準備せい!」
松を経を読み、共鳴する声で千都世を封印しようとしていた。しかし当の千都世には全くと言っていい程、効果は無く、由貴との話に花を咲かせる。
そんな様子を見て松は由貴に声を荒げる。
「何をしておる!早よう手伝わぬか!」
「お断りいたします」
「な、何じゃと!?」
由貴から告げられたのた拒絶の言葉だった。
そしてこんな状況にも関わらず自分に逆らった由貴に罵声を浴びせる。
「貴様ぁ!誰に向かってその様な口を聞いておる!お前は黙って儂に従えばよいのだ!」
「お婆様、もはや何と言われようとも貴女の言う事は一切聞きません。それと、そこを退いて下さい。邪魔でございます」
由貴の言葉に松の堪忍袋の尾が切れた。
元はと言えばこのガキの責任。ならば責任を取って由貴を生贄にして悪霊を封じ込める。
もはや自分の支配下に無い由貴は御子神家にとって、そして自分にとって邪魔な存在でしか無く、それならばと、松は由貴を犠牲にする事を決めた。
「致し方あるまい。皆の者!由貴は悪霊に魅入られよった。御子神家の威信にかけて由貴を生贄にあの悪霊を封じてくれるわ!」
松は懐から金剛杵を取り出し、由貴に駆け寄り顔目掛けて振り下ろした。
しかし、金剛杵は由貴に当たる前に見えない壁に邪魔され1㎜も動かなくなった。
「ば、馬鹿な」
『馬鹿はお前よ。小娘』
「ぎゃあああ!」
千都世の放った見えない衝撃波に金剛杵は砕け散り、松は宙を舞い、元のいた位置に吹き飛ばされた。
「うぐぐ、何をしておる!殺せ!」
松の言葉に錫杖を持った霊能者達が由貴に襲いかかる。しかしながら当然の如く、見えない壁に邪魔され霊能者達の動きが止まる。
「皆さん。私と千都世は別に人間を片っ端から呪い殺そうとか考えてはいません。ですが襲ってくる者にはその限りではありませんので」
由貴がそう言い終わると錫杖を持った霊能者達の首の骨が砕ける音を立てながら180度回転し、絶命した。
あまりの光景に皆、震え上がり、誰も次に向かおうとはしなかった。
すると由貴が止めていた足を動かし、向かって来る。
「結界じゃ!結界を強化するじゃ!」
松の取り巻きの1人が指示を出し、皆、助かりたい一心で念を送り強固な結界を築き上げた。
『無駄な事を』
千都世が結界を壊そうと近寄ると着物の袖を引っ張られ、振り向くと由貴が自分を指差していた。
それだけで千都世は察し、一歩下がった。
今度は由貴が結界に近寄り、人差し指で結界を指すと、ガラスが砕けるような音を立てて結界は粉々に崩れた。
念を込めた結界が破られた反動で腕が裂ける者や、気絶する者が多くいた。
辛うじて意識がある者は由貴がした事に驚愕していた。
「ば、馬鹿な。我らの結界がたった1人の小娘に…消されたというのか…」
結界が壊れ、障害物がなくなったので由貴と千都世は屋敷に向かって歩き出す。
殆どの者が心折れ、ただ見ているだけになっていたが、松が叫んだ。
「何をしてる!殺せ!今こやつらを殺さねばお前らの家族は皆、殺されるのだぞ!立て!立つのだ!」
その言葉に奮起する者。周りに流されて立つ者。
そして、今まで吸ってきた甘い汁が脅かされると思い、配下の者を無理矢理立たせる老人達。
皆が錫杖、金剛杵などを持って四方八方から由貴に襲いかかった。
「「「うおおおお!!」」」
命を賭けて由貴に迫る中、霊能者達が最後に見たのは口元が笑っていた由貴の顔だった。
その直後、千都世が虫を払うように手を振ると、松を残して全員が全身を不自然に曲げられ何が起こったかも分からぬまま死んでいった。
「最後まで救いようの無い人達でしたね」
『そうね。昔の方がまだ人情ってもんがあったわね』
2人で世間話でもする様に喋りながら変死体の中を歩いていく。
すると2人の前に松が立った。
足を止めて松を見ると笑みを浮かべ由貴と千都世を見ていた。
「ふふ、ふはは!素晴らしい!由貴よ、お前の力が有ればこの世は思いの儘よ。さぁこっちに来て今一度御子神家のために尽くすのだ!」
「…」
『…話に聞いてたけど貴女の家っておめでたい連中よね。どうするの?』
「…少し痛い目にあえば改めると思っていたんですがね。馬鹿は死ななきゃ治らないとはよく言ったものですよ。千都世、頼んでもいいですか?」
『待ってました』
千都世が松に手を向けると、見えない手に掴まれたかの様に首に手の形が浮かび上がる。
松は苦しそうに首に手をやるが触れられず、千都世がそのまま腕を上げると松も宙に浮かび上がった。
「ま、待て!何故だ!それ程の力が有れば何でも出来る!儂ならその手伝いが出来る!考え直せ!」
「お婆様、私は支配や金になど興味ありません。ですので死んだ時に閻魔に渡す金でも考えておいて下さい。それでは、さようなら」
「や、やめーー」
松の首から骨の折れる音がして、人形のように力なく宙に浮いていた。
その後、地面に落ち、変死体の1人なった松を一瞥して由貴は屋敷に向かった。
「千都世」
『ん?どうしたの?』
「私の扉を壊してくれて、ありがとう」
『…私はほんの少し手を貸しただけよ』
「それでも…ありがとう」
『…どういたしまして』
♢
屋敷に着いてすぐに荷物をまとめ終えた。
元々、由貴の霊力をや徳を穢さないようにと俗世の物を買い与えて貰えず、服も巫女服と制服、寝間着しか持っていなかったので、制服に着替え、松の財布を見つけ大量に入った現金を抜き取り学校鞄に乱雑に投げ込んだだけで準備は完了した。
『さぁ、準備は終わったし、何処に向うのかな?』
「そうね…ここから近いのは大阪だからそこに先ずは行ってみましょうか」
『どういう所なの?』
「私も詳しくは知らないのですが、食べ物が美味しいと聞きます。後、凄く大きなカニが有るとか、ある時期になると橋から人が身投げするとか」
『変わってるわね。まぁ決まりは決まりね』
因みに情報の仕入れ先は元クラスメイトの雑談から収集したモノなのでかなりアバウトな感じで由貴に伝わっていた。
その後、屋敷を出て、駅に向かい、由貴に最初の試練が訪れた。
「くっ、何故私の行く先を阻むの」
【切符を入れて下さい】
「きっぷ?何の事よ!」
再度ホームに向かおうとすると自動改札機がプログラムに従い、音声案内をしてから通らないように道を塞いだ。
由貴は考えた。千都世が通れて何故自分は駄目なのか、そしてこの機械が言っている“きっぷ”とは一体何を指す言葉なのか。
小1時間にも及ぶ激闘を自動改札機と繰り広げ、時には霊力を使い、時は千都世の呪いを受けても自動改札機は由貴を通す事はなかった。
「はぁ、はぁ。こうなったら歩いて行くしかなさそうね」
『そうね。まさか私の力が通用しない物が有るとは思いもしなかったわ』
2人揃って諦め、踵を返した瞬間、1人の老婆が駅に向かって来ていた。
由貴はこのお婆さんも無慈悲にも通される事はなく泣く泣く家に帰る事になるのだろうかと思っていたら、お婆さんは機械にお金を入れてボタンを操作し、機械から何かが出てきた。
「アレは一体…」
それは表面に小さな文字と数字が印字され、裏側は真っ黒な小さな紙。
お婆さんはそれを持ち、自動改札機の横にある穴にその紙を入れた。
すると何をしてもホームに行けなかったはずなのにお婆さんを通した。
由貴と千都世は顔を合わせ、先ほど老婆が操作していた機械に向かった。
異常な程の緊張感を持ちながらそっと一万円札を機械に入れると、あっという間に飲み込まれた。
「なっ!?もしかしてコレは罠!?」
『いや、由貴。よく見るのよ。何か光っている』
「こ、これは」
そこには金額がパネルに表示されており、大阪までの料金ボタンを押した。するとお釣りのお札と小銭が一気に吐き出され、あの老婆が手にしていた紙も同時に出てきていた。
しかし、安心したのも束の間。
直ぐに釣り銭忘れ防止のアラームが鳴り響き、由貴はパニックになった。
「な、何故急にそんなに鳴いているの!?私貴方に何も酷い事してないわよ!」
『落ち着くのよ、由貴。取り敢えず此方は意図せず相手を傷つけてしまったのかも知れないわ!だからちゃんと謝罪するのよ!』
「も、申し訳ありません!」
勿論、いくら由貴が謝ろうがアラームが止まるわけもなく更に混乱は大きくなった。
由貴は取り敢えず今吐き出された紙と釣り銭を取り出し、詫びとしてこのお金を渡そうとした…が、釣り銭を切符を取ると鳴り止んだ。
「な、何だったの…」
その後は老婆と同じように切符を入れて恐る恐る自動改札機を通り、無事、ホームに辿り着くと、由貴と千都世は両手を高く上げた。
補足として、今更言う事では無いのかも知れないが由貴と千都世の名誉の為に説明しておこう。
由貴は幼少の頃から御子神家の使命の為、今に至るまで千都世の監視を命ぜられた。それ故に一度たりとも村の外には出た事はなく、電車と言う存在は知っていたが自動改札機は産まれて初めて見たのだった。
千都世にいたっては平安時代から今まで洞窟で封印されていたので言うまでも無い。
自動改札機「こいよ」ゴゴゴ
由貴&千都世「ひい」ガタガタ




