其の三
暇つぶしならぬ時間潰しのつもりで、少しでも読んで頂けたら嬉しいです。
「おはよう、悪霊さん」
今日は土曜日。学校は休みで朝から由貴は洞窟に来ていた。
「今日はね、悪霊が騒いでいるからって言ってあるから長く居られるわ」
昨日帰った時にお婆様の松に悪霊が騒いでいるのでとちゃっかり悪霊のせいにして、朝早くから洞窟に篭ると言い、弁当を持参して洞窟来ていた。
『…人のせいにしないで欲しいわね』
「あら?今日は最初から喋ってくれるのね?」
『…無視してても、貴女ずっと喋り続けるじゃない』
「それもそうね」
由貴は笑った。普段は笑わないので巫女服の袖で口元を隠しクスクスと押し殺す笑いだった。
『それで?今日は何を話すのかしら?』
「何か要望ある?」
『…そうね。外の事を話してちょうだい。此処は殺風景だから』
「分かった。じゃあ先に祝詞を唱えちゃうわね」
由貴が台座に座り、数珠を握り、手を合わせて唱えようとすると悪霊から声がかかった。
『それ、私には効かないわ。時間の無駄よ』
唱えようと吸い込んだ息を吐き出し、数珠を置いて祝詞を唱えるのを辞めた。
「じゃあお話しましょうか」
『貴女…良く私の言った事、信じる気になるわね』
「だって貴女嘘ついてないでしょう?実際、私が始めてから何十年、邪気も何もかも弱まっていないしね」
由貴の言う通り、何十年と物心つく前から洞窟に足を運んで、祝詞を唱えたり、祭りを開いたりと様々な事を試したが悪霊の力はまるで衰えない。
由貴の力が弱いと言う事ではなく、寧ろ御子神家始まって以来の強い霊力の持ち主だった。
その由貴が無駄と判断して唱えるのを辞めた。
『…変わってるわね。貴女』
「あら?私を変わり者と思っていたら外の話を聞いたら何て言うのかしらね」
またも袖で口元を隠しクスクスと由貴は笑った。
悪霊の姿は見えないが何処か毒気が抜かれた感じがしていた。
『…はぁ。さっさと外の事を話しなさい』
「ええ、そうね。それじゃあ何から話そうかしらね」
それから由貴が知っている事を全て話した。
悪霊が封印されてから起きた戦争の話や、小さい事は信号や車や自転車などと悪霊は鉄の箱が空を飛ぶわけ無いとか、最初は信じていなかったが由貴に次の話と催促していった。
「あら?もうこんな時間。そろそろ帰るわね、悪霊さん」
話していると何時の間にか太陽が西へと傾き、薄暗くなってきていた。
由貴は台座から降り、洞窟の出口に向かおうとした時だった。悪霊から声がかかり足を止めた。
『…待ちなさい』
「ん?どうしたの?」
『…千都世…』
「千都世?それが何かしたの?」
『だから…私の名前…何時までも悪霊じゃあ気分が良くないわ。これからは私の事、そう呼びなさい』
由貴は悪霊と呼ばれている者から名を聞き驚いた。
彼女から名を、それも真名を言うなんて。
名前とはその人物を象徴するものであり、同時に縛るものでもある。
悪魔払い、通称エクソシストなんかはこれに当てはまる。悪魔から真名を聞き、真名を持って悪魔を縛り地獄に送り返すのが一般的だ。
つまり真名とはとても大事であり、悪魔や悪霊は名前を決して言いたがらない筈なのだが。
「良いの?私に真名を教えて?」
『貴女を含めて、私を成仏させる気なんてないのでしょう?それに貴女は蘆屋道満と違って私を使ってどうこうするとは思えないし。それに…これから長い付き合いになるのだから不便だわ』
重厚な扉の奥に何が居るのかは分からないが楽しげな雰囲気が感じられる。
かつて京の都を大混乱させた悪霊とは思えなかった。
「フフ、千都世。私の事変わってるって言ったけど貴女も大概よ」
『…五月蝿いね』
「じゃあ、改めて私の名前は 御子神 由貴 と言います。よろしくね、千都世」
『…よろしく由貴。また明日』
誰も予想すら付かない事態が起こった。それは今、此処で巫女と悪霊の奇妙な絆が出来た事だった。
しかしこれが後に由貴と千都世の運命を大きく変える事になる事はまだ誰も知らなかった。
♢
「ただいま」
屋敷の扉を開けると奥から女中の人が小走りで由貴に近づいて来た。
「由貴様、松様が客間でお待ちです。直ぐに向かって下さい」
女中の人はそれだけを言い残し、持ち場に戻っていった。
何か漠然とした事ではあるが、嫌な予感を感じつつ客間で待つお婆様の元へと向かった。
襖の前で正座し、声をかける。
「お婆様、由貴です」
「入りな」
襖を開けるとお婆様の他に両親と親戚、それと取巻きの老人達来ていて、皆んなが由貴に視線を向ける。
「御用との事、何かございましたか?」
由貴の言葉に松は眉間に皺を寄せ、近くにあった湯呑み茶碗を由貴の近くに放り投げた。
「何が御用だ!大馬鹿者めが!」
突然の松の怒りに少し驚いたが特に気にする事なく、由貴は背筋を伸ばしたままジッとしていた。
「お話が見えません。私が何か致しましたでしょうか?」
「フンッ!何も知らないと思っているのかい?お前、あの悪霊に魅入られたね?全く御子神家始まって以来の大恥だよ!」
「そうだとも!由貴ちゃん、オメェは御子神家の天命とも言える使命を引き継いだ女だ。それを、あろうかとか…ご先祖様の顔に泥を塗る行為だ!」
「「「そうだ、そうだ!」」」
実はここ数日、由貴の様子がおかしいと感じた松が由貴には劣るが力を持った霊能者に尾行をさせ、由貴の気付かない間に後を付けられていた。
霊能者が見たのは悪霊と仲睦まじく話す由貴の姿だった。それを松に報告し、今回に至った。
「全く、とんだ恥晒しだ。由貴。お前には暫く独房に入ってもらうよ」
「可哀想だが仕方あるめぇ。これも村と由貴ちゃんのためだ」
「…御言葉ですが、私が独房に入っている間は誰が封印の間に行かれるのですか?」
「そがいな事!お前が知らんでもええんじゃ!早う由貴を連れて行け!」
叫ぶ松の怒号に襖が開き、女中が三人が入って来て由貴を両腕を掴んで引き摺るように連れて行き、地下にある日も当たらぬ独房に入れられ、その日の夜は独房で過ごした。
♢
次の日、洞窟に複数の気配を感じ、悪霊こと千都世は目を覚ました。寝ていた訳では無いのだかよく意識を頭に響く怨嗟の声に傾けるとそれ以外は何も聞こえなくなり、何も考えずにいられるので、長い年月で千都世が編み出した歪な睡眠方法だった。
千都世は意識を扉の向こうに向けると何やら何時もと違っていた。
何も言わず待っていると複数の気配がお経を読み始めた。声からして男だろう。
由貴より圧倒的に力の弱い人間が幾ら集まろうと千都世には何一つ効かなかった。
だがどうしても千都世には気になることがあり、外の男に声をかける。
『…おい。由貴はどうした?』
男達はその声が聞こえるとお経を詠むのを辞め、数人は悲鳴の声を漏らしていた。
『何度も言わせるな。由貴はどうした?』
「皆の者!耳を貸すな!心を強く持って経を唱えよ!」
「「「オン アボキャー ベイロシャノー マカボダラ
マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン」」」
男達はさっきより更に大きな声でお経を読み始めた。
千都世には効果が何一つ無いのだが、千都世は由貴に対してかなり心を許していた。
だからこそ由貴の事が気になり、話を聞かない男達に苛立ちを募らせていた。
【由貴は何処だ】
千都世の声に念の力が入り、重厚な扉を軋ませ、その圧に数人の男が気絶する。
残った男達は経を唱えようとするが声が出なかった。
【由貴はどうした?言え】
「ば、化物め。由貴様は、い、今貴様のから受けた不浄な気を清める為に本家にて浄化中だ!」
「そうだ。由貴様の、じょ、浄化が済めば二度と貴様の言葉に耳を貸すことは、あ、あるまい」
不浄な気?千都世は由貴に向けて一度も敵意も怨念も差し向けてはいない。
どうせ人間共が私を怖がり勝手に行動しているだけだと男達の話を聞いて千都世は由貴が居ない理由を察した。
【由貴を連れて来い。さもなくばこの檻は明日にでも破れるであろう】
千都世が内側から怨念をぶつけると扉は軋み、洞窟内は地震が起きたかのように揺れ始めた。
「ひ、ひいいい!」
「た、大変だ!」
男達は千都世の念の力を恐れ、大慌てで山を降り松に事の顛末を全て話した。
松は致し方無いと由貴を独房から連れて来させた。
客間に連れてこられた由貴は身体中に青痣の痕があり、縄で縛られたまま松の前に放り投げられた。
「浄化の程はどうだ?」
「はい。数人がかりで経を唱え、神酒を飲ませ邪気を吐き出させました。更に、念には念を入れ警策で身体中を何度も叩いて祓い清めました」
そう言って説明した男が持つのは座禅で動いた時に肩を叩く棒、警策で由貴の身体中を痣まで出来る程叩いていた。
由貴の前身の痣はこの男が祓いと称し虐待の叩かれた後だった。
由貴は神酒を無理矢理飲まされ、何時間も警策で叩かれた為、意識が朦朧としていた。
「松様の前で無礼だろ!起こせ!」
取巻きの老人が叫ぶと男が由貴を髪を掴んで無理矢理、起こし、松に顔を向けさせる。
「ふん!随分と良い面になったね。由貴」
「…」
「返事をせんか!」
横に居た男が警策で由貴を叩き、由貴口から苦痛の声が漏れる。
由貴は焦点の合わぬ目で松を見て返事をした。
「お、お呼び…でずが?お婆様」
「山の悪霊が騒いでるらしい。直ぐに行って鎮めてきな。おい由貴を連れ行け」
ふらつく由貴を無理矢理立たせて山に向かう。
洞窟内の封印されていた扉の前に着くと由貴を台座に放り投げた。
『おい、由貴に何をした…人間?』
千都世は弱り切った由貴の気に気づき、連れてきた男達に圧を向ける。
「ふん、知れた事よ。我らが由貴様の浄化を行なったのだ。おい縄を解き祝詞を読ませろ」
縄を解かれ、台座に座らせると由貴は祝詞を唱えず黙っていた。
「由貴様。早く読んでください」
「…」
由貴は男の言葉を無視して黙って扉を見ていた。
「仕方あるまい。由貴様の浄化はまだ完全ではないそうだ」
男が由貴に近寄り警策を思い切り振り返って背中を叩いた。
「ぎゃあ!」
『止めろ!』
「ははは!貴様の様な悪霊が心を持つ振りをするのか?見え透いた同情はよすんだな。俺にはそんなもの効かん」
男は何度も何度も由貴を叩き続けた。千都世が扉の外から由貴の気がどんどん小さくなり焦っていた。
『よせ!このままでは死ぬぞ!』
「…気に食わんが悪霊の言う通りよな。ではもう一度チャンスをあげましょう。さぁ由貴様、祝詞を」
台座から男が離れ、血を流す由貴は祝詞を読もうとしなかった。
しかしこれ以上は放っておいたら由貴が死ぬ。千都世は由貴にしか聞こえないよう小さく声を掛けた。
『由貴。お願いだから祝詞を読むのよ。意地を張ると死んでしまうわ』
その言葉を聞いた由貴は涙を流し、震える声で祝詞を唱え始めた。
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拙い文章なので良ければ「こうしたら面白い」「こうしたらもっと良い」というアドバイスもお待ちしてますm(_ _)m
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